真綿で包んだ「私」と「僕」

結花紡樹-From.nanacya-

屋上の回想劇

ー真綿で首を絞めても、痛くなかったんだよー


やっぱり死にたい。

とにかく生きるのがだるい。

別に、何かあったわけじゃない。

障害でいじめられたりとか、暴力されたとかでもない。


ただただ、死にたい。虚無感と、さよならしたい。




学校ではそこまで何も起きない。みんなが思う「普通」を過ごしている。


家でも、ゲームしてご飯食べてお風呂入って。みんなと似たようなルーティーンを過ごしている。





なのに、なんだか「死にたい」と思うようになってしまった。







もう虚無感に耐えられない。死にたい辛い怖い。

そんな思いから、あるビルの屋上に来た。

階段を上り、扉を開ける。



虚しい位の星雲が広がる。そういや今日は皆既月食だっけ。日本も気候がおかしくなったから、オーロラも出るようになった。もうこの国も終わりだな。



少し歩幅を早めて歩き、フェンスに辿り着く。


そこには、これまた容姿端麗な黒髪の先客がいた。

暗くてよく見えないが、髪はミディアムほどで、首に傷がついている。



「…こんばんは。あなたも死ににきたんですか?」

話しかけられたが、困ってしまって答えられなかった。

「こんなこと聞くなんて可笑しいですよね」


そうゆっくりとした口調で喋った先客は、独り言のように話し始めた。



「…私ね、親に嫌われてるんですよ。何やっても認められないし、何やっても怒られる。その癖、勉強はずっとしろとか、ご飯は大盛り食べろとか。全部監視されてる気分です。スマホを買ってもらえたと思ったら、子供ケータイのような使い方しかできない制限付き。ネットアクセスしようとしてもブロックされるし。」



そんなふうに何度も何度も繰り返し、同じことを言っていた。

自分は一生満たされない。

幸せになる権利がない。

怖いも辛いもない。

自由は与えられないし、欲しがることもできない。



ただただ、無機物のように生きているようだった。




彼女の話を聞くことで、自分がちっぽけに感じてしまう。

それに安堵感や安心感を覚えつつ、不安や恐怖などのなんとも言えない感情に襲われる。


(こんな軽い悩みを持ったやつが死のうとしていいのか?でも、辛いのは確かだし…語源化できない辛さは死んじゃダメなのか?)


一生頭がぐるぐるしている。考えても考えても、思考が一向に進まない。




「そしてね、しんどくなって。そのあと、学校はずっと行かないといけないじゃない?そんな時、綿を使った授業があったの。」



それを聞いてから、なんだか嫌な予感がした。

もしかして家庭科で、針で首を刺したのではないか。

布を縄のようにして首吊りしようとしたのではないか。

そうすると、合点がいく。その首の傷も、不自然な呼吸方法も。




その予想は外れた。





「綿で、首を絞めたんだよ」





自殺願望、希死念慮があった。自殺したかった。実践してみた。

ここまでの予想は合っている。

でも、綿で首を絞めたなんて。てっきりぬいぐるみでも作る授業で、針とか凶器でやったのではないかと思った。


でも、そんな予想はすぐに裏切られてしまった。

真綿で首を絞めるなんて聞いたことがない。どうやったらその発想が思い浮かぶのか。

よく考えてみたら、綿も力を込めれば硬くなったような気がする。

それをぐるぐる巻きにして縛れば、できないこともない。

盲点があって、俺は見落としていたのだ。

別に凶器だけで死ねるわけじゃない。他の要素も絡みあわせるともっと楽に死ねるのだ。


「その綿を切るために、誰かがハサミで首をシャってしたんだよ。

その時に、傷がついちゃったわけ。…おかしいよね。綿で首を締めるなんて」


彼女は、悲しそうに首の傷を刺しながら泣きそうな顔で言った。

自分のことを、見下しているようにしているのか。




ーそうか、彼女は自分が嫌いなんだ。




俺は元々勘がいい方で、少しだけ霊力があるらしい。前に占いで教えてもらった。難しい話だったけど、勘がいいのは守護霊がついているからだそうだ。その守護霊の名は…。駄目だ、カタカナか漢字だったけど、どうにも思い出せない。



「どうしたの?そんなに考え込んで」

彼女が問いかけてきた。俺はハッとして

「何もない」

とそっけなく答えてしまった。

「そ、そっか…。」












「じゃあ、私は死ににいくから。」












彼女がフェンスを乗り越えようとする。俺は思わず駆け出して彼女の腕を引く。



彼女はこっちに落ちてきた。

そして、こういった。


「なんで、死なせてくれないの?」


泣きそうになりながら、こう言った。声は少し低くなっていて、でも笑顔で言っている。



「僕を、殺してよ____!」



そう言ったか否か、折りたたみ式のナイフを俺の首にあてがう。



「殺させて、君には関係ないでしょ?」





そう言って、彼女はナイフを手に持ったままフェンスを乗り越えた。






俺は、ただ呆然と見てる他なかった。

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真綿で包んだ「私」と「僕」 結花紡樹-From.nanacya- @nanacya_tumugi

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