第17話 白浪小僧再び

「おお、どうした。美津。今日は食欲があるじゃないか」

「雪ちゃんの作ってくれたご飯美味しいから、ちゃんと食べないといけないと思って」

「うんうん、いいことだ」


 私の食べっぷりを見て、おとっつぁんが目を細めている。今日はちゃんとおとっつぁんと二人で夕飯を食べている。

 清太郎に言われて気付いたのだ。

 私が悩んでいても仕方がない。いや、全く悩まないというのは無理だけど。なにしろ、時代劇のヒーローが出たと思って喜んでいたら悪人だったとかショックを受けるに決っている。


「清太郎とはまた仲良くやっているようだが」

「うん」

「その、まさか恋仲というわけじゃないだろうね」

「ふぁっ」


 私は口の中に入っているご飯を吹き出しそうになった。


「違う違う! そんなわけないって! ただの幼なじみの友だちだよ。清太郎だって、そう思ってるし」


 あっはっはと、おとっつぁんの誤解を吹き飛ばすように私は笑う。


「そうだな。そうだよなぁ」


 おとっつぁんもほっとしたように笑う。


「美津も、もう年頃だろう? 清太郎と仲良くするのもいいが、そういう仲じゃないかと気になってしまってな」

「もー、おとっつぁんてばー」


 なにを言い出すかと思ったら、おとっつぁんはそんなことを心配していたようだ。心配性のおとっつぁんらしい。


「心配しなくても大丈夫だよー」

「そうかそうか」


 時代劇の世界にいるお陰で、ときめきはめちゃくちゃあるけれど今のところ恋と呼べるようなものは特にない。

 というか、時代劇の世界を満喫するのに忙しくてそれどころじゃない。そもそも自分が恋するとか現代にいたときでも考えたことがなかった。


「うんうん。美津はまだまだ子どもだからな」


 なんて、言いながらおとっつぁんは嬉しそうだ。

 おとっつぁんが言うとおり一応お年頃な娘の私としては、まだまだ子どもだとか言われると複雑なのだが。




◇ ◇ ◇




 しかし、眠れない。

 布団に入った私はなんだか目が冴えてしまって眠れていなかった。

 羊が一匹、羊が二匹。

 これで眠れる人は本当にいるのだろうか。私の場合、段々飽きてきて途中で止めてしまう。そして、結局眠れない。

 飽きないように私の好きなものに変えてみることにする。

 白馬に乗った上様が一人、白馬に乗って砂浜を駆ける上様が二人、白馬に乗ってなぜか川の中を駆け抜ける上様が三人……。


「だーーー! よけい眠れないっ!」


 羊よりもっと眠れない。

 白馬に乗った上様なんか想像していたら、覚醒してしまうに決まっている。


「あー、この世界の上様ってどんな人なんだろ。そういえば、まだ見たことないなぁ」


 当たり前に上様なんて江戸城にいるのが当たり前でおいそれと会えるものではないのだけど、時代劇の世界ではぽいぽいと気軽にそこら辺を歩いているものである。


「そのうち会えたりして~」


 私が悪漢にからまれて困っているところを颯爽と現れて助けてくれる。そして、素敵な笑顔で私に微笑みながら偽名を名乗るのだ。

 最高だ。最高すぎる。

 ここは時代劇の世界。そんなことが起こっても不思議ではない。


「ぐふふ」


妄想していたら、よけいに目が冴えてきた。


「アホか、私」


 私はむくりと布団から起き上がる。

 とはいっても、前のように抜け出すことは出来ない。白浪小僧が殺しをするようになってから、おとっつぁんに夜は絶対に外に出ないように強く言われているのだ。それに、用心のために奉公人の誰かが起きて店の中を見回っているらしい。

 別に私が抜け出すのを警戒しているのではなく、万が一白浪小僧が来たときのためのようだ。前に抜け出したことがバレていなくてよかった。もしバレていたら私の部屋の前にも誰かが張り付いているとか、ありそうだ。それはさすがに窮屈すぎる。

そんなこんなで、前よりも警戒が厳しくなっているのだ。

 が、外には出られないとしても、目が冴えているときに部屋の中でじっとしているのも辛い。


「眠れないなら店の中くらいぶらぶらしててもいいよね」


 私は立ち上がった。

 なにしろ、一応江戸時代だから当たり前にスマホとかSNSなんかなくて、眠れないときに時間を潰せるものが無い。もちろん、大好きな時代劇の録画なんかを夜更かしして見ることも出来ない。その時代劇の世界にいるのだから、なんというか幸運ではあるのだが。

 それでも、なにも無い夜というのも困るものなのだ。

 ちょっと歩いたら、眠れるということもある。

 部屋の外に出ても、とても静かだった。今夜はまだ白浪小僧を追う声も聞こえてこない。

 私は庭の方へと向かう。月でも見て、ぼんやりしよう。そういう夜もきっといい。

 庭が見える廊下に着いた私は縁側に腰掛けた。夜空を見上げると月が綺麗だった。

 こうしていると思い出す。ここで弥吉をみつけたこともあった。色々あったけど、弥吉も今ではうちの奉公人になって幸せそうに暮らせていてよかった。

 うんうん、と私は一人で頷く。

 みんな幸せが一番だ。

 やっぱり、白浪小僧もなにか理由があって殺しをしていたりするのだろうか。実は瓦版が間違っていて、とういうか白浪小僧が入っているのは誰も気付いていないような悪党の店で、成敗をしていたりするのだろうか。

 だったら、時代劇的には許せるところではある。

 勧善懲悪が時代劇の醍醐味なのだから。

 それなら、めちゃくちゃ善人のおとっつぁんがやっているうちの店は絶対に白浪小僧が入るわけはない。こうして安心して縁側でぼんやりもしていられる。

 こういう静かな江戸の夜もなかなか悪くない。

 なんて思っていたら、目の端でなにかが動いた気がした。見回りの誰かかもしれない。 誰か、は庭にいるようだ。こんな時間に大変だ。政七さんか誰かだろうか。

こういうときはこっそり隠れたりしたら逆に後でどこに行こうとしていたのかと、怒られる可能性がある。

 それなら、


「誰ー?」


 先に声を掛けるに限る。

 うちの店の奉公人だったら、暗くても声だけで私だと絶対にわかってくれる。なにしろ、いつも挨拶したり声を掛けたりしまくっているから。だから、すぐに『お嬢様!』とかいう声が返ってくると思ったのだけど、そこにいる誰かから返事は無い。

 聞こえていないのだろうか。


「誰かいる? 見回りだよね。私だよ。美津だよー」


 こんな夜中にいきなり声を掛けたから驚いているのかもしれない。と、思って今度は名乗ってみる。声を掛けながら、誰かがいる方へ近付いてみる。

 と、もう一度目の前で誰かが動いた。


「え?」


 私は声を上げる。

 その姿は、どう見ても白浪小僧だった。全身黒装束で頭巾を被って、目だけが見えるようになっている。


「白浪、小僧……さん?」


 私は名前を呼ぶ(絶対本名ではないと思うけど)。

 そして、


「やったー。もう一度会えるとは思ってなかったです。よかったぁ」


 白浪小僧の元へと歩み寄る。

 もう一度会えたら聞こうと思っていた。


「最近、前と変わっちゃったみたいですけど、きっとなにか訳があるんですよね? 噂みたいに酷いことしてるわけじゃないですよね?」


 白浪小僧は答えない。

 そして、私の方へも近寄ってこない。むしろ、じりじりと後ずさっているように見える。


「あ、そうだ。怪我は大丈夫でしたか?」


 もしかして、あの時に会ったことを覚えていないかもしれない。なにしろあの時も今も暗いからわかりにくい。白浪小僧は特徴的な格好をしているから間違えようがないけれど、普通の町娘な私のことなんてきっと一度会っただけではわからないに違いない。


「私ですよー。ほら、前に白浪小僧さんが逃げてるときに一緒に隠れてた。というか、どつき倒した……?」


 てへ、と私は笑う。

 自分でやっておいて酷いことをしたと思うのだけれど、逆にインパクトが強すぎてきっと思い出してくれることだろう。

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