第6話 本物の白浪小僧!?

「寺子屋はどうだい? 美津」

「すっごく楽しいよ。行かせてくれてありがとう、おとっふぁん」

「そうかい。けど、食べながら話すのはやめなさい」

「ふぁーい」


 私は口の中に入っていたご飯を飲み込んだ。朝、一緒にご飯を食べられなかった分、夜はおとっつぁんの部屋で二人一緒に夕飯を食べている。家族団らんというやつだ。一人で慌てて食べるより、おとっつぁんと楽しく二人で食べた方がご飯は美味しい。それに、今日一日あったことをおとっつぁんに話すことが出来るのも嬉しい。小学生みたいだけど、まあ楽しいからいい。


「あのね、弥吉もすごくがんばってるんだよ。せっかく行かせてもらえてるんだからって、その分しっかり勉強しようって思ってるみたい」

「それはよかった」


 おとっつぁんは安心したように頷く。


「将来が楽しみだ」

「ね! きっといい商人になるよ」

「そうだね」


 うんうん、と今度は私もおとっつぁんと一緒に頷く。


「あとね、先生もすごくいい人でね。子どもたちにも優しいんだよ。私にもわかりやすく色々教えてくれるし」

「ああ、寺子屋を選ぶときにも優しそうな人がいいと思っていたからね。美津が通うようになっても心配がなさそうなところを選んだんだ」

「そうだったんだ……」


 そうえいば、おとっつぁんに寺子屋に行きたいと言ったとき、変なところではいけないと一生懸命いいところを探してくれた。私もおとっつぁんが選んでくれたところならと、今の寺子屋に行くことにしたのだ。


「おとっつぁんのお陰で、本当にいい先生に当たったよ」

「よかったよかった」


 おとっつぁんが嬉しそうに微笑む。


「それにね、寺子屋でも白浪小僧の噂で持ちきりだったんだよ」

「子どもたちの間でも噂になっているんだね。本当に江戸中が大騒ぎだものな」

「まあ、うちには入らないと思うけどね。いい店だから! 白浪小僧は悪人の店にしか入らないんだもんね」

「……美津」


 私の名前を呼ぶおとっつぁんの目が潤んでいる。


「ど、どうしたの? おとっつぁん」

「いや、美津がそんなことを言ってくれるのが嬉しくてな。前は店のことなんか全く興味が無かったのに……。うう」

「泣かないでよ、おとっつぁん。私、大黒屋もおとっつぁんも大好きだよ。興味が無いなんてことないよ!」

「美津ぅうううう」

「おとっつぁん! そんなに泣いたらご飯が食べれないよっ」


 前の私がどんなだったかは知らない。ただ本当のことを言っただけでこんなに喜んでもらえるなんて転生前の私、どんな子だったんだ。




◇ ◇ ◇




 店のみんなが寝静まった頃、私はむくりと起き上がった。草木も眠る丑三つ時、にはまだ早いと思うけど。ちなみに丑三つ時は午前二時から二時半くらいのことで結構真夜中だ。さすがにそんな遅くはないとは思うが、時計もスマホも無いから正直よくわからない。

 ただ、私は行かねばならない。

 いざ、夜の江戸の町へ。

 と、決心して私は音を立てないように静かに身支度する。じっと待ってなんかいられない。今のこの状況でじっとしていろという方が無理だ。

 襖をそっと開けて、廊下の様子をうかがう。さすがに誰もいない。

 私は部屋を抜け出した。別に厠に行ったりするときには夜でも廊下を歩いたりするから、うろついていてもおかしくはないはずだ。うん。

 ただ、きっちりと着物を着込んでいるので誰かに会ったらちょっとおかしいと思われてしまう可能性が高い。


「そーっと、そーっと」


 声に出さなくていいのだけれど、ひそひそと小声で言ってしまう。

 家の中を出て、裏口へと向かう。裏口には内側からかんぬきがかかっているだけなので、外に出るのは難しくない。さすがに裏口が開きっぱなしだとわかると危ないと思うので、きちんと閉まっているように見えるように、ぴったりと閉めておく。


「これでよし」


 確認してから、私は夜の町へと歩き出した。

 なんというか、人っ子一人歩いていない。時代劇でよく見る、閑散とした夜の町だ。昼間とは全く違う。なぜか謎ライトでライトアップされている夜の町。しかも、なぜか人の気配が全くしない。昼間はあんなに人が通っているのに、並んでいる家にも誰も住んでいないような。まさに、時代劇の夜の光景だ。

 クライマックスの前に、ヒーローが悪人を倒しに行くために夜道を歩いている場面がどうしても頭に浮かぶ。あんな感じだ。

 と、いうことは、何かがきっと起こるはず。

 私はヒーローになりきって道の真ん中を颯爽と歩いてしまう。って、こそこそと出てきたんだから隠れて歩いた方がよかったんだった。店の誰かが気付いた様子は無いけれど、こんな夜中に私みたいな小娘が一人で歩いていたら補導(?)されてしまうに違いない。


「いけないいけない」


 さっと私が道の端によけたところだった。


「そっちへ行ったぞー!」

「追え追えー!」


 急にどこかから叫び声が聞こえてきた。

 私はとっさに物陰にしゃがみ込む。

 どむっと後ろになにかぶつかった気がしたけれど、桶かなにかだろう。あとで見てみよう。

 それよりも、まさか、これは……、


「白浪小僧のヤツ、どこへ逃げた!?」

「あっちじゃないのか!?」

「よし!」


 絶対に白浪小僧を追っている捕り方たちだ。


「行くぞ!」

「おうっ!」


 声が遠ざかっていく。


「ぷはっ」


 声が完全に聞こえなくなってから、私は息を吐いた。どうやら静かにしようとして無意識に息を止めていたらしい。窒息するところだった。

 それにしても、だ。

 なんとなく、出てきたら会えるんじゃないかと思っていた。それでも、白浪小僧は毎日出るわけではない。

 それなのに、これは運命か。


「よしっ!」


 まだ会えてもいないのに私はガッツポーズをする。

 捕り方たちが名指しで追っていたということは、絶対に白浪小僧だ。白浪小僧がこの近くにいる。

 私は立ち上がる。

 きょろきょろと左右を確認しても誰もいない。動いても大丈夫そうだ。

 すっと物陰から出ようとしたとき、なにか物音がしたような気がした。


「ん?」


 私は後ろを振り返る。

 暗がりに誰かがいる。

 そういえば、さっき背中(というかお尻?)になにかぶつかった。あれは人だったのか。こんな夜中に、他に人がいるとは思わなかった。あのときの衝撃のせいなのか、その人はうずくまっている。


「ご、ごめんなさい。……って、え?」


 私がぶつかってしまったと思われる人は、ほっかむりをしていて口まで覆っているので、全く顔はわからない。そして、夜闇にまぎれる黒装束。足下にあるのは千両箱。

 その姿は……、


「ええと、白浪小僧、さん?」


 相手は当たり前というか、なんというか答えてくれない。

 というか、これ、私が白浪小僧の持っていた千両箱を押してしまって、それが脇腹に当たったとか……。というか、まさか小指が千両箱の当たったのか。もしそうなら、むちゃくちゃ痛いはずだ。


「ごごごごご、ごめんなさい。大丈夫ですか!?」


 私が普通の声で話してしまうと、白浪小僧(らしき人)は痛そうにしながらも私の方へよじよじと近付いてきた。


「あ」


 私は自分の口に手を当てる。

 そうだ。白浪小僧だったら、追われている真っ最中なのだった。白浪小僧の他にこんな格好をして夜にうろついている人もいないだろうから確定だと思う。しかも、見つかりたくない様子だし。

 なんて、思っていたら、


「ひゃっ」


 突然白浪小僧がけが人と思えない俊敏な動きで私を後ろから抱きかかえた。


「え、え?」


 突然のことに、なにがなんだかなにが起こったのか全くわからない。

 みんなの憧れ白浪小僧に会うことが出来たのは目論見通りだからいい。ただ、さすがの私でも本当に一回で会えるとは思ってはいなかった。

 ただ、出会い方はちょっと微妙だ。屋根の上を颯爽と走っているところとかを遠目で眺められればそれでいいとか思っていた。

 だというのに、一体この状況はなんなんだろう。


「あ、あの?」


 私がちらりと白浪小僧の方へと振り向こうとすると、急に口を塞がれた。

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