時代劇転生~時代劇オタクが時代劇の世界に転生したので満喫しようと思ったら悪徳商人の娘でした!?~

青樹空良

第1話 馬に蹴られて異世界転生

心菜ここな! こっち向いてー!」


 友達のかえでに名前を呼ばれて私はくるりと振り向いた。


「いいよーいいよー。最高にいいよー」


 私はしゃなりと着物にふさわしいポーズを取る。


「バッチリ! いい写真撮れたよー。よかったね。着物着れて」

「うん。よかった! って、違うのー! 私はこういう着物が着たかったんじゃないのー!」


 私はマンガのように足をじたばたさせて地面を踏み鳴らす。


「え、ちょっと。心菜さん。その格好で、はしたないですわよ」

「あ、そうだった。せっかく着物着てるんだからせめておしとやかに……ほほほ、って違うんだって! 私が本当に着たかったのはさ……。あ、ほら! ああいうの!」


 私の視線の先にいるのは、


「ぎゃー! すごい! 同心どうしんが歩いてるー! さすが大江戸おおえど八百八町はっぴゃくやちょうランド!」

「どーしん? なにそれ」

「今の警察みたいなもん? ほらー、よく時代劇に出てくるでしょ! 八丁堀はっちょうぼりの旦那とか呼ばれてる人たちのことだよ」

「いや、私、時代劇見ないから。だからなんなの、はっちょーぼり? とか、更にわかんないんだけど」

「あっ! あっちの人かみしも着てる! ちょっと見て見て! 子どもが忍びの格好しちゃってるよ! かーわーいー! ここが夢の国か!」

「夢の国、違う。それ、別の場所のことだよね?」

「いいの! 私にとってはここが夢の国なの!」

「はぁ、趣味って人それぞれだね」


 楓がやれやれと肩をすくめる。ちなみに、楓は普通に高校の制服を着ている。貴重な修学旅行のお小遣いを着物レンタルなんかに使いたくないらしい。着たら楽しいのに。

 そう、私たちは今、高校の修学旅行で京都にある大江戸八百八町ランドに来ている。

 言わずと知れた(楓は知らなかったけど)、時代劇好きの聖地だ。江戸の町並みが再現されているテーマパークで、もちろん実際の撮影にも使われている。最近はあんまり時代劇の放送がないから撮影が少ないんだけど、昔は目の前で撮影しているのを見ることが出来たとか。そんなの想像するだけで羨ましい。

 実際の撮影に使っていたという建物があるだけでも、もちろん嬉しいには嬉しい。今だって、時代劇に出てくる江戸にいるような気分だ。

 が、出来ることなら、ここにいる役者さんとか個人で来てキャッキャしてる人が着てるような、素敵な衣装が着たかった。

 だけど、修学旅行のお小遣いじゃ費用がちょっと足りなかった。こっそり多めに持ってきて着ようにも先生達に見つかったらまずいから無理だったのだ。で、この際せっかくだからちょっとでも気分を味わう為に、簡易の浴衣みたいな衣装だけでもいい! ということで貸し出しの着物を着ているわけだ。もちろんカツラも無しで地毛だ。こんなんで満足できるわけがない。


「はあ、せめて岡っ引きとかさー。もっと素敵な町娘の格好とか、してみたかった……」


 私はため息を吐く。


「岡っ引き? ってなに」

「さっき言ってた同心が捜査とか捕り物の為に私的に雇ってた人のことなんだけど、元々は軽犯罪者だったらしいんだよね。犯罪者ならその道にも通じてるってことで役立ってたみたいでさ。だから本当は差別的な呼び方らしいんだけど、時代劇では差別的な意味ではなく職業の名称として普通に使われててね。元犯罪者って設定でもなくて、普通に今の刑事さんみたいな感じで描かれてるんだよ。話によっては、都合よく元犯罪者ってこともあるんだけど。十手持ってて、これがまたかっこいいんだ。あ、時代劇では普通に持ってるんだけど、実際にはやたらと持ち歩いたりは出来なかったらしいんだよね。房なんかも付いてるんだけど、あれも実は同心とか与力よりきじゃないと本当は付いてなかったらしいし。でも、ビジュアル的にはあれがあった方がいいんだよねえ。そんでさ、あ、十手お土産で売ってるかな。買っちゃおうかなあ。でね……」

「心菜さーん。ストップストップ。聞いた私がバカだったけど、その説明いつまで続くの?」

「あ、ごめん。あははー。ついつい語り出すと熱くなっちゃって」

「でさあ。心菜……、よく知らないんだけど、イメージ的にその岡っ引きって男じゃない? その格好したいの?」

「だってさー。時代劇で見てると素敵すぎて。どうしてもその格好してみたくなっちゃうんだよ。というか私、町娘の格好もいいなって言ったよね?」

「言ってたけど、もう今、着てるやつなんじゃないの?」

「全然違う! 私が言ってるのはちゃんとカツラもしっかり被ってこんな現代人みたいな着物姿じゃなくて、どっからどう見ても江戸の人みたいになりたいってことだよ!」

「そ、そうか。へー」


 楓が引いてる。さすがに喋りすぎたみたいだ。ちょっと反省。

 が、私の情熱は止まらない。聖地に来て興奮しないとか無理だ。


「大学生になったらバイトでお金を貯めて自分の力でもう一回来て、今度は思う存分好きな衣装を着てやる!」


 ぐっと、拳を握りしめる私であった。


「だけど、せっかく修学旅行で来れたんだからさ、せめて目一杯楽しんだら? ずっと来たかったんでしょ?」


 楓はそんな私をスルーしてクールに話し掛けてくれる。だけど、確かにその申し出は当たってる。


「そうだね! ありがとう!」

「うんうん。ちゃんと付き合うからさ。自由時間も限られてることだし」

「ああっ! そうだった! ぼんやりしてる場合じゃない! もっとがつがつ見ないと!」


 私は鼻息を荒くする。


「さっきからがつがつしまくってる気がするけど……」


 ため息を吐いて呆れながら、楓はしっかりと付き合ってくれる。持つべき者は優しい友だ。そんなことを思っていたら、


「ん? あの人だかり、なんだろ」


 楓が指を指す。視線を向けると私たちが行く先になんだか人が集っている。


「なんだろう? 行ってみよう!」

「ちょ、心菜! 着物で走ると危ないって!」


 そういえば、辻チャンバラもあるとか入り口に書いてあった気がする。そういうイベントかもしれない。生でチャンバラが見られるのなら見逃すわけにはいかない。

 慌てて向かった先でやっていたのは、


「……!?」


 時代劇の撮影だ。

 大声で叫びそうになってしまったのを根性で飲み込む。

 撮影中に声なんか出したら撮り直しになってしまう。私のせいでそんなことになったら困る。


「どうしたの? 何やってるの?」

「しっ!」


 追いついてきた楓も、ひょこひょこと人垣の向こうをのぞいている。


「え、撮影中?」

「そうみたい」


 私たちはひそひそと声をひそめながら話す。

 一体何の番組の撮影をしているのかまでははわからないが、何かの時代劇の撮影みたいだ。カメラが廻っている。

 今やっている時代劇なんてマジで少ないから、こんな場面に出くわすなんて幸運すぎる。

 どうやら悪者に女性が乱暴されそうになっている場面らしい。ということは、時代劇のお約束ならこの後ヒーロー登場だ。期待が高まる。

 期待通り、向こうの方から音が聞こえてくる。私は音のする方へと目線を向ける。

 すらりとした白い馬に乗って誰かがやってくる。

 白馬の上に乗っているのは、もちろん王子さまなんかじゃなく。


「う、上様!」


 上様だった。

 私の小さい頃からの憧れのヒーロー。

 私は思わずよろよろと近付いていってしまう。だってだって、私が小さい頃から再放送で見まくって憧れていたヒーローが目の前にいるんだから。まさか、本当に本物が見られるなんて思ってもいなかった。

 あの番組が復活するなんて情報は出ていなかったはずだ。何かの特番かCMかなんかで使ったりする映像を撮っているのだろうか。

 だとすれば、その現場に遭遇できるなんて奇跡だ。

 今、奇跡が目の前に。

 私は夢見心地だった。


「き、君、それ以上入ったら……」


 だから、他の人の声なんて雑音程度にしか聞こえていなかった。


「心菜! 危ない!」


 楓がなにか叫んでいる。


「ん?」


 気付いたら、いつの間にか目の前に上様がいた。すごく驚いた顔をしている。というか、上様が乗ってる馬の足が目の前に……。

 上様が目の前にいることが嬉しすぎて、ふらふらとあまりに前まで出てきてしまったみたいだ。自分が怖い。


「危ないっ!」


 誰かが叫ぶ。

 逃げなきゃまずい! と、思ったんだけど、普段着慣れていない着物の裾をふんずけてバランスを崩した。そんでもって、タイミング悪く馬の足がこっちに向かって振り上げられて……。

 パッカーン!

 気付けば私は宙を舞っていた。

 それはそれは、綺麗に舞っていた。

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