第14話 sideレイ

side レイ





あのドラマ撮影から数日経ち、レイはマリアの店へ向かっていた。タクヤの事務所の人に車を出してもらい、近くで降ろしてもらった。目的のビルを探していると、マイの姿が目に入った。そばにより、声をかける。

「マイ。今日は女装じゃないんだな」

「あ~ほら、今日メイクしてもらうし…つか、いじんなよぉ…」

マイは赤くなった顔を両手で隠した。なんだか仕草まで女性っぽさが増した気がする。女装アイドルにとっては良い兆候なのだろうが、マリアがバリタチの件もあり、レイは心配になった。

「あの…余計なお世話だとは思うんだが…お前とマリアさんは、どういう…」

「ん?」

「すみませ~ん、ツインズのレイさんですよね?ちょっとお話、いいですか?」

急に声をかけられて、レイは驚いて振り返った。記者と思われる人物が無遠慮にレイの写真を撮りだした。あまりの遠慮のなさに、レイは眉間にシワを寄せてしまった。よりにもよって

いつもこういう輩から守ってくれるタクヤの事務所の人間と別れたばかりだ。タイミングが悪すぎる。もしかしたら記者は狙っていたのかもしれない。記者は名刺を差し出しながら話しだした。

「どうなんですか?タクヤと付き合ってるんですか?どこまでやってます?タクヤさん、『お友達』としか言わないんで、みんな気になってるんですよ~」

ヘラヘラと笑う記者に、レイの心は氷のように冷めた。タクヤの名前が出たことと、話の内容の不躾さに、レイの頭は芯まで冷えていた。表情を変えたレイに、記者はぴくりと体を揺らした。

「…彼が『友達』だと言うのなら、そうなんだと思います」

レイは意味深に、薄っすらと微笑んで答えた。これがどういう結果になるかはわからない。答えるべきではないかもしれない。しかし、この記者がどう思おうがどう書こうが、構わない。なんなら勘違いしてとんでもない記事を書いてくれればいい。それが話題になってくれれば、より顔を売るきっかけになる。

(こんな下世話な記者のいる雑誌なら、利用してやろうじゃねぇか)

胸の中でタクヤのような口調で吐き捨てる。微笑むレイに、記者はゴクリと生唾を飲んだ。固まる記者に、レイは頭を下げて名刺を受け取る。

「念のため、彼の事務所を通してから記事にして下さいね?」

レイが問うと、記者は何度も頷いた。レイは記者に背中を向けた。


マイのあとについてビルに入る。エレベーターで二人きりになると、マイがようやく口を開いた。

「あ、あのさ、タクヤのこと、」

「本当は友達ですらないけどな。あのcolorSのセンターと、友達なわけない。なれるわけがない」

「いや、あの、彼…『彼』って、なんか…」

「なんだ?」

マイは真っ赤になっている。何が言いたいのかわからずマイの言葉を待ったが、マイの答えを聞く前に、エレベーターは到着してしまった。

「いらっしゃ~い♡」

「待ってたわよぉ♡」

ド派手な女装姿のマリアともう一人、ド派手で面白メイクのお姉さんに、レイは度肝を抜かれた。驚きのあまり、マイの事は頭からすっぽり抜けていってしまった。



レイはマリアにメイクを施され、メイクを落とさずにそのままタクヤの家に帰ってきた。マリアが『このメイク、タクヤが絶対に喜ぶわよ♡』と言ってメイクを落とさせてくれなかったからだ。今日は『柔らか猫目メイク』だそうだ。タクヤは猫好きなのだろうか。それにしてもマリアとのメイク談義は実に有意義なものだった。メイク道具の意外な使い道だったり、絶対使わないと思っていた色の使い方だったり。そしてマイが益々美しさに磨きがかかっていた。メイクをすると、普段の細マッチョで健康的な男子が嘘のように色っぽくなってしまう。女の子らしさからは程遠いのに、マイらしい美しさが際立ち魅力的だった。

(やっぱり、マリアさんに特別にしてもらっているんだろうか…)

バリタチ、という言葉が頭をかすめてレイは頭を振った。



夕飯の準備をしているとスマホがなった。タクヤから『今から帰るから飯よろ~』とメッセージが来ていた。適当なスタンプを押して帰りを待つ。早くメイクを落としたくて、タクヤの帰りを今か今かと待ちわびた。しばらくして、タクヤはリビングに姿を見せた。レイはタクヤの前に飛び出していった。

「おかえり」

「ただい…まっ?!」

「このメイク、どうだ?嬉しいか?」

思ったよりも至近距離になってしまったが、レイよりも少し背の高いタクヤを見上げる。タクヤはみるみる顔が赤くなっていった。

「はぁっ?お前、その顔…俺を、喜ばそうとしてんの?」

「嬉しくないのか?」

「う、嬉しい。すげぇ、可愛い」

「そうか。良かった」

これでメイクが落とせる。ホッとして、レイは風呂場の脱衣所へ向かった。マリアもマイも可愛い可愛いと褒めてくれたが所詮自分の、男の顔だ。自己流メイクよりも女装が映えるメイクはとてもありがたいが、かといってずっと顔面に何かをつけたままでいるのは居心地が悪い。マリアにタクヤが嬉しそうだったと送っておこう。そう思ったとき、レイはタクヤに腕を取られた。

「どこ行くんだよ」

「メイクを落としに」

「なんでだよ。もう少し、そのままでいろよ」

真剣な表情のタクヤに、レイはしょんぼりとうつむいて口を尖らせた。やっとメイクを落とせると思ったのに。タクヤは慌てて腕を開放してくれた。

「悪い、腕、痛かったか?」

「いや、全然」

「じゃあなんだよ、その顔…いちいち、可愛い顔すんなよ」

腕が痛いわけじゃなく、早くメイクを落としたいだけだ。そう伝えたかったが、タクヤは頭を掻いて早々に自室に消えていった。着替えるのだろう。女装をしても違和感がない顔面にしてもらった。落とすのはもったいないとおもいつつ、普段、ステージ以外でメイクをしないレイはメイクを落としたくて仕方なかった。もう少しの我慢だ、と、レイはため息をついて食事を食卓に並べていった。

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