第12話


「ど、どうして、そんな格好…」

レイに指摘されてマイは気づいた。そういえば今日、マイは女装姿だった。ヒラヒラのスカートにバッチリのつけまつげがバサバサと揺れる。お互いの私服は見慣れるほど見ているが、ステージ以外での女装を晒したのは初めてだ。

「あの、ほら、メイクのマリアさんについてきて、マリアさんも女装だと思って、この格好で…」

「まってくれ、女装?マリアさんて、メイクの先生だよな。この方がマリアさん?タクヤはマリオさんだって…いや待て、女装?この方が?マイも、なんで、女装?」

「つーかお前!見たことあると思ったわ、レイの相方か!前より可愛くなってんじゃん」

マイの説明を聞いて、レイは余計にパニックになってしまったようだ。目を点にして『女装』を繰り返している。タクヤはマイをまじまじと覗き込んできたが、マリアに無理矢理椅子に座らされた。

「も~女装、女装って…これなら女装で来たほうが良かったわね。レイちゃん、アタシがまいまいにメイクをさせてもらってるマリアよ。タクヤね、アタシがこういう格好してるとマリオって呼ぶのよ。失礼しちゃうでしょ?」

「女装じゃないほうが違和感あんだって。レイ、マリオは俺のメイク担当。漢字で書くと『マリ男』な。副業で桃のお姫様のSPやってんだよ。な?」

「マリオゴリ押しすんな。まいまい、レイちゃん。マリオって呼んだら絶対やーよ?」

マリアは口をとがらせてマイとレイを見た。話しながらもマリアの手はタクヤの顔をマッサージしつつ美容液をなじませている。相変わらずの手際の良さにマイは感心した。他の男性がメイクしている場面を見たことがないので、見逃さないようにじっとタクヤを見つめる。レイはスマホを眺めて、小さく声を発した。

「レイちゃんがいて丁度良かったわ~タクヤが終わったら少しメイクをさせてもらっていいかしら?どうせ待ち時間長いんだし」

「あっ…は、はい…本当に、マリアさんですね…すごい、メイクとカツラで、こんなに」

レイは以前マイが送った写真を見たようだ。スマホとマリアを見比べて感動している。今タクヤをメイクしているイケメンが柔和な女性になってしまう。レイもタクヤのメイクを見るために体を起こして前のめりになった。

「レイちゃんも大変身させてあげる♡アンタも見たいでしょ?どんなのがいい?セクシー系か、可愛い系か…クール系はハマりすぎちゃいそうよねぇ」

「可愛い系一択だろ。セクシーもやれ。つか、なんで女装じゃねんだよ、今日。スタッフさん、ざわついてんじゃん」

「一択になってないわよ。それはね、まいまいに格好いいアタシを見てほしかったから」

鏡越しにマリアからウインクを送られて、マイは赤くなってしまった。


「へぇ~…よくこんなバリタチ様と一緒にいれんなぁ…マイちゃんのケツ穴大丈夫かよ。ステージこなせる体は残しといてやれよ?」

「やぁねぇ、余計なこと言わないでちょうだい。まいまいはとっても大切な子なの。無茶はしないわ」

「バリタチ?」

「…って、何だ?」

マイとレイは聞き慣れない言葉に顔を見合わせて首を傾げた。レイがスマホに指を添えると、タクヤは慌てて止めに入る。

「待て待て待て、レイ!今ググんな!後で教えてやっから、絶対調べんなよ!」

「…わかった」

レイはタクヤの大声に驚いてからスマホを伏せた。謎の言葉にモヤつきつつ、マイとレイは大人しくタクヤのメイクが終わるのを待った。


「レイちゃん、お肌すべっすべねぇ…パウダー叩く程度で十分ね。あらぁ、お口もプリプリ~赤みが強くてちょっといやらしいわ…ほらぁアンタも見なさいよぉ」

「うるっせぇな、さっさとやれよ!ベタベタ触んな!」

「触るわよ、メイクしてるんだから。アンタはメイク崩れるから大口開けないでちょうだい」

「誰のせいだよ、誰の」

マリアはタクヤと言い合いながら着実にレイのメイクを進めていく。タクヤの出番はまだ先のようだ。最後の手直しをして、レイのメイクはあっという間に終わった。

「…すごいわねぇ、アナタ。素材の良さが桁違いよ」

部屋にいた全員が息を呑んだ。メイクを終えたレイは美少女そのものだった。私服なのに、メンズの服を着た女の子にしか見えない。レイは何度も角度を変えて鏡を見た。

「すごい…のっぺりしてない」

「写真で見たけど、あなたファンデーションを厚塗りしすぎてたわね。パウダーだけで十分よ。リップとチークは普段よりも濃い目、まつげをビューラーでしっかり上げる」

「わかりました…写真、撮っていいですか?」

「もちろん。アタシも撮らせてもらうわ」

レイはマリアの話を復唱しながらスマホにしっかりメモしていく。二人共レイをカメラに収めていた。やはり、マリアのメイクでレイはより美しくなった。元々綺麗な顔立ちだが、とても同性とは思えない。見慣れているはずのレイに、マイは見惚れてしまった。

「タクヤさーん、そろそろ準備お願いしまーす」

「っ…は、はーい!」

スタッフに声をかけられ、タクヤは慌てて返事をしていた。今までずっと、タクヤは口を開けたままレイを見つめていた。レイはマリアに断って立ち上がり、タクヤについて部屋を出ようとしていた。

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