第5話

ファンの慰めてくれる声と、後方から女性の怒鳴り声が聞こえた。

泣いちゃいけない。

ここに来ている人はファンである以前にお客さんだ。きちんとパフォーマンスを見せなくてはならない。しゃくりあげながら、レイは少しずつ曲に合わせて歌を歌う。座ったままだったが、合間に呼吸を整えながら立ち上がる。マイも泣きながら、レイに手を差し伸べた。

二人でズタボロのパフォーマンスを披露する。謹慎前、最後のステージが終わった。

社長がステージに上がり、無期限の謹慎を発表してファンサービスへと移行した。料金を払ってくれたファンとチェキを取り握手を交わす。今日は少し長めにファンと交流しようと時間を取ってもらっていた。

「マイちゃん女装公表したんだねぇみんな知ってたのに」

「え、みんな?嘘だろ?!」

「バレてないと思ってるのマイちゃんだけよ~もぉ、とんでもない茶番~」

マイは驚いている。ばれてないわけないだろう、とレイは思った。

他のファンも『知ってた』『気づいてた』『もう言わないんだと思ってた』とマイに教えていた。

また、他のファンからレイに質問が飛ぶ。

「でもさ、レイちゃんは女の子でしょ?」

「タクヤのこと否定するために男だって嘘ついてるんだよね?」

「いえ、男、です」

レイが鼻をすすりながら答えると、ファンから驚愕の声が上がった。『嘘だ』『女の子だと思ってた』『男の子ならそれはそれでより良い』『俺の中では女の子』などなど。

(え、バレてなかったのか?)

レイは驚いた。出すもん出したほうがいいのだろうかと考えていると、古参ファンの中でもリーダー格の男性が声を上げた。

「マイちゃん、レイちゃん、二人の帰りを待ってるから。謹慎が明けたら、絶対帰ってきてね!」

「待ってるよ!」

暖かい声援に、マイとレイは止まっていた涙がまた溢れた。マイが驚くほど、レイは声を上げて泣いてしまった。

またいつかツインズとして帰ってくる。マイとレイはファンに誓った。




帰り道、マンションのエントランスに人だかりができていた。一体何があったのか確認しようと思ったら、レイは腕を取られて車に引きずり込まれた。口を塞がれて、声が出せない。暴れることもできないまま、大きな車は発進してしまった。

「抵抗すんなよレイちゃん」

腕を解かれて振り返ると、そこにはタクヤがいた。

「今日のライブで女装ってバラしたんだって?ネットニュースになってるよ、タクヤの恋人は男だったっつって。困るよな~なんでうちの事務所に言ってくんないの?俺、男と付き合ってることになってんだけど」

「な、ん、何?」

レイは理解ができない。なぜここにタクヤがいるのか、レイはなぜ拉致されたのか。戻らなければ伯父も心配するだろう。

「お前の事務所にも伯父さんにも報告済みだから。お前は今日から俺の家で暮らすんだよ。よろしくね」

「は?」

一体どういうことなのか。何がどうなって一緒に暮らすことになったのか。まったくわからず、とりあえず警察に連絡しようとスマホを取り出そうとすると、運転席から声がかかった。

「タクヤさん、説明が足りませんよ。レイさん、安全確保のためにうちの事務所で預からせてもらうことになりました。タクヤの恋人が男だったと、ネットが炎上しています。レイさんの身元を特定しようとする人間が出てきて、家が特定されてました。さっきの人だかりがそれです。万が一、タクヤさんと妙な噂が立ってるレイさんに何かあると、うちとしても困ります」

保護と言えば言葉は良いが、これからレイはタクヤの事務所から監視されるようだ。アイドル活動は謹慎中だからいいとして、おそらく高校も通えないだろう。自主登校期間で学校に行かなくてもいいとはいえ、この『保護』がいつまで続くかわからない。

「別の部屋を用意してたんですか、タクヤさんがどうしても同じ部屋にしろって」

「だっておもしれぇじゃん。俺が男と付き合ってんだってさ。せっかくだから、乗っからしてもらおうと思って。ちなみにレイちゃん、恋愛対象が男だったりしないよな?」

「ない。でも、俺はもうファンを裏切るような真似は」

レイは断言した。恋愛対象は女性だ。今までお付き合いの経験はないけれど。

それよりも同棲なんてしたら、女装を公表して暗にタクヤとは何もなかったと示した意味がなくなってしまう。またファンを裏切ってしまうことになる。

「じゃあいいじゃん。ルームシェアしたところで間違いなんか起こんねーだろ?俺等はなんもしてない。でも世の中は勘違いしてくわけよ。あの二人は付き合ってるっつって」

タクヤは楽しそうに笑っている。言っていることはわかるが、レイは理解したくなかった。

タクヤの誘いに乗るということは、世の中を騙して裏切ることになる。

「お前さ、言ったよな?俺のいるところに来たいって。この業界、スキャンダルは利用する図太さがないと上に行けねぇのよ。女装アイドルってのは面白ぇけど、そこまでだ。俺ももっとメディアに出たい。利用しない手はねぇだろ、お互いに」

「…俺に、拒否権はないんだろ?」

レイはタクヤを見つめた。ここでレイが嫌がろうがどうしようが、これは決定事項なのだろう。バックミラーに映る運転手の顔は、先日の撮影でタクヤに声をかけていた男だ。彼はタクヤ専属のマネージャーなのだろう。事務所が絡んでいることは間違いない。

スキャンダルを逆手に取ってもっと上に行く。見知らぬ人間達の憶測を利用してより認知度を上げる。正直とても魅力的に思えた。レイの胸は高鳴った。レイは窓ガラスに映るタクヤを見る。スキャンダルを利用する。

ファンを裏切りたくない。でも今日のステージでわかった。本当のファンは信じてくれる。心からレイを応援してくれるファンならきっと、わかってくれる。

それに、見知らぬ人間が好きなように憶測を立てることも、その力の強さも身を持って思い知らされた。根も葉もない、身に覚えのない事象をまるで事実のように捉えらえられて拡散されていく。これを利用すれば、今まで以上に認知度は上がる。アンチは増えるが、同時にファンも増えるだろう。

(上等だ。俺もお前のことを利用してやる)

レイはタクヤから視線を外した。とりあえず一度伯父に連絡しよう。心配しているだろうし、迷惑もかけてしまっている。その時タクヤが「あっ」と声を上げた。

「そういやこの前、すぐ帰ったん?撮影の後」

「見てただろ。衣装のままタクシーで事務所に帰った」

「そりゃ良かった。まー男だから関係なかったとは思うけどな」

タクヤはケタケタ笑っている。

あの時タクヤは『狙われてるからさっさと帰れ』と耳打ちして、立ち去る前に司会を指さしていった。レイは疑問だった。

「なんで、わざわざあんなこと」

「あいつ、気に入った子すぐ食うって有名だから。男もイケるやつだったらやべぇじゃん」

レイは呆気に取られた。

(もしかしてこいつ、いい奴なのか?)

一瞬そう思ったが、レイはさっきのタクヤの態度を思い出して考えを改めた。

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