第3話 sideマイ
side マイ
マイとレイはネット番組の撮影でスタジオに来ていた。
何組かの地下アイドルと今人気の男性アイドルで、アイドル事情について比較するという企画だった。彼らと地下アイドルと、待遇の違いについて面白おかしく話し合う。
マイは司会の芸人コンビのファンということもあり、社長から話をもらった時から気合が入っていた。レイは相変わらず冷静で、静かに椅子に座っている。
当の男性アイドルが不祥事を起こしたことで番組は中止になるかと思ったが、所属事務所がかわりのアイドルを呼ぶということで継続された。
「誰が来るんだろうなー」
「さぁ。スケジュール空いてる誰かが、ねじ込まれるんだろうな」
マイの問いに、レイが静かに答える。弱小事務所にはない苦労が、大きな事務所ではあるのだろう。
地下アイドル達は前に5人組のアイドルグループ、後ろには4人組のアイドルグループとその隣にツインズが座っている。ひな壇の後ろだった。司会の芸人に話を振ってほしいとワクワクしていると、スタッフから声がかかった。
「撮影入ります!スケジュール詰まってる方なんで巻いていきます、タクヤさんに絶対失礼のないようにお願いします!」
他の女子たちがザワついた。司会がタイトルを読み上げる。大きな拍手とともに番組は始まった。
「早速ですが、今日のビッグゲストをお呼びします~なんと今日のゲストはcolorSのセンター、タクヤ君で」
スタジオ中が動物の鳴き声のような悲鳴に包まれた。マイは心臓が止まるかと思った。周りのアイドル達が立ち上がって気が狂ったように騒いでいる。マイも慌てて立ち上がってワーっと声を上げて手を叩く。隣のレイは立ち上がらず座ったままだった。クールビューティーが売りのレイだが、さすがにここは空気を読んで周りに合わせたほうが良いだろう。しかし、俯いたレイは青ざめている。具合が悪いのだろうか。
騒ぐ女子たちに司会は当然ながら、スタッフからもお叱りの声が飛ぶ。いくらなんでもこのままでは進行ができない。
「はいはい、みんな落ち着いて、落ち着け!ごめんねタクヤ君、動物園みたいで」
「よくこんな番組出てくれたねぇ!」
「いえいえ~今日はすいません、先輩の代わりが俺で」
タクヤがひな壇に手を振るとまた絶叫が上がる。
タクヤはcolorSという中堅事務所の売出し中アイドルのセンターだ。確かに彼が出るような規模の番組ではない。出演予定のアイドルが彼の先輩であることと、事情が事情なだけに事務所としてもどうにか時間が空いていてなおかつ花のある人間を無理矢理代役に立てて穴埋めしているようだった。
「静かにせぇ!地下アイドルさん、自己紹介お願いします~!」
司会が怒鳴りつけてやっと番組が進行し始めた。周りの女子が興奮したまま各々グループ名と自分の名前を発表していく。いよいよ我らツインズの番だ。
「はい、最後に二人組のアイドル、ツインズさん~」
「はいっ!双子の魔法少女がコンセプトのツインズですっ!ツインズの元気っ子、マイでっす!!」
「元気!ほんでゴッッツイな自分!」
「はいっ!元気が取り柄でっす!」
マイは挙手をして精一杯の自己紹介をした。スタッフはともかく司会の二人も手を叩いて笑っている。ほっとしたマイが隣を見ると、相変わらずレイは顔色を悪くしていた。
「あの…レイ、です」
「んん?レイちゃん、かな?緊張してんの?」
レイは俯いたまま頷いた。
「かーわいっ!レイちゃんな。可愛らしいわぁ、こん中でも別格やね~」
「おま、やめろやお前。他の子可哀想やわぁ」
司会の二人とスタッフの笑い声が響く。女子たちの空気が凍った。マイはすかさず手を上げて叫ぶ。
「自分も可愛いっす!」
「お前はゴッツイねんて!」
スタジオが笑いに包まれる。流れでマイとレイは椅子に腰かけた。レイは相変わらず俯いているせっかくの顔を売るチャンスなのに、顔を見せないのはもったいない。
それぞれの苦労を比較して番組が進んでいく。しかし売出し中の人気アイドルだからか、ほぼタクヤの話がメインだった。今回の出演者の変更で台本も書き換えられているのだろう。
「ほんほん。やっぱタクヤ君大変やんな~レイちゃんは?好きなロケ弁何?」
「今ロケ弁関係ないやん。レイちゃん好きなのある?」
「え、あの…」
「デイリー◯ザキが好きでっす!」
「またお前やん!マイに聞いてへんて、ほんでロケ弁ちゃう!」
そんな中でも司会はことあるごとにレイに話題を振った。マイの返しを気に入ってくれてもいるようだが、話題を振るというよりレイをいじって楽しんでいる。いつもならクールに返して一笑い起こすレイが、今日はまったく身が入っていない。さすがにタクヤに緊張しているのだろうかと思って気づいた。さっきから視線を感じてはいたが、タクヤはずっとレイを見ていた。
他のアイドルが話をしている間もタクヤはレイから目を離さない。さすがにレイの態度とレイばかり構う司会に腹が立っているのだろうか。
スタッフから司会に『締めて』とカンペが出された。予定よりかなり早いが、タクヤのスケジュールがあるのだろう。
「それでは、またあいましょ~」
司会の挨拶で番組が終わった。マイが手応えを感じていると、レイが立ち上がった。やはりトイレを我慢していたのだろうか。他のアイドル達がタクヤの見送りのためにその場に留まって動かない中、レイだけが立ち去ろうとしていた。
「レイ、大丈…」
「レイちゃーん、なんでそんな格好してんのー?」
マイが声をかけようとすると、誰かがレイの名前を呼んだ。一瞬スタジオが静かになる。声の主はタクヤだった。レイが青い顔で振り返る。
「この前と雰囲気違うよねぇ?なんで男子トイ…」
レイが駆け出した。と思ったらタクヤの口を両手で塞いだ。スタジオの空気が一気に冷える。
「いっ、言うなっ…」
「お前、どっちなん?」
焦るレイに、タクヤはレイの両手を掴んで口から外して尋ねた。手を掴まれたレイは逃げられず、タクヤが距離を詰める。二人は至近距離で見つめ合っている。と思ったら、タクヤはレイの耳元で何か話しかけた。
スタジオが悲鳴に包まれた。
「ちょ、なにしてんですか!次、行きますよ!」
タクヤのマネージャーらしき男とスタッフが二人を引き離した。レイのそばにはマイとレイの事務所の社長がいた。
「マイ!このまま帰るわよ!」
混乱するスタジオを抜けて、マイとレイは衣装のままタクシーで事務所に向かった。
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