秘密の男の娘〜僕らは可愛いアイドルちゃん〜 (匂わせBL)【完結】
Oj
第1話
騙し騙され騙し合い
魑魅魍魎が跋扈するこの世界、一花咲かせてみせましょう
秘密の男の娘~僕らは可愛いアイドルちゃん~
ステージを終えて握手やチェキ。地下アイドル『ツインズ』のマイとレイは全てを終えて控室に戻った。
「…疲れた」
「足閉じろ」
マイは椅子に座ってぐったりと頭を落とした。隣に座るレイは大きく開いたマイの足を殴る。
「もうさ…限界じゃね?」
「…」
マイの問いに、レイから返事はない。レイは荷物を持って部屋から出て行った。トイレに着替えに行ったのだろう。
マイは足を閉じて俯いた。視界に入るのはフリフリの黄色いスカート。16歳から始めたアイドル活動はそろそろ2年が経つ。毎週土日にステージをこなす。昼間の高校と並行しての活動ももう慣れた。しかし、慣れたと思っていても疲労は蓄積されていく。アイドルは嘘をついてファンを騙してナンボの商売だ。わかっていても、ファンの顔を見ると罪悪感で押しつぶされそうになる。
「マイちゃんお疲れ~」
「…ユリナちゃん、お疲れ様」
マイが顔を上げると別のグループのユリナが立っていた。マイとレイのアイドルコンビ『ツインズ』とほぼ同時期にステージに立つようになったアイドルだ。別の事務所だが控室で一緒になって話をするようになった。マイはさっきまてレイが座っていた椅子を差し出す。可愛い女の子にマイの気分が少しだけ上向く。しかしユリナの一言で突き落とされてしまった。
「アタシさ、アイドル辞めることにしたんだ」
「えっ?!」
地下アイドルは入れ替えが激しい。知った顔があっという間にいなくなり、見知らぬ少女がステージに立っているなんてよくあることだった。事務所は違うが共に活動する時間の長かったユリナは、マイにとっての心強いアイドル仲間だった。いつかドームツアーをするという大きな目標を掲げていた彼女だ。そのユリナが辞めてしまうとは、何があったのか。
「実はね、妊娠したんだ」
「にっ、おぇえ!?」
予想を上回る理由に、マイは野太い声を上げた。
「相手はね、広告代理店の人で20歳も上なの。結婚してて、不倫てことになっちゃうのかな。大きな仕事を回してあげるって言われて、やっちゃったんだよね」
「それ、相手は妊娠してること、」
「知ってるよ。奥さんと離婚して一緒になるとか言ってるけど、本当かどうかわかんない。社長に話したらすっごい怒られちゃった」
ユリナの声が震えている。床に水滴が落ちた。ユリナは泣いていた。ユリナはマイと年が変わらないはずだ。そんな相手を妊娠させるなんて、相手の男は何を考えているのか。
「マイちゃんは、枕とか、しちゃ駄目だよ。ファンを、裏切っちゃうから…」
マイはティッシュをとってユリナに差し出す。
「辞めたくないな…辞めたくないよぉ」
マイは泣きじゃくるユリナの背中をさすった。入れ替えの激しいこの業界、まさかこんな形で仲間が去ってしまうとは思わなかった。
「ごめんねマイちゃん、こんな話して。マイ君がまだアイドル続けるなら、私の気持ちも持っていってほしくて…またね」
ユリナは最後、ぐちゃぐちゃな顔で笑って去っていった。取り残されたマイはぐっと唇を噛みしめる。
着替えを終えたレイが戻ってきた。
「コンビニで待ってる。早くしろよ」
荷物を持ってレイは出て行った。これから事務所に行って社長に今日の売上の報告をしなければならない。
マイは重たい気持ちを抱えたまま、着替えを持ってトイレに向かった。
「いいわね!まずまずの儲けね!」
社長はマイとレイに親指を立てて上機嫌だ。今日はグッズもいくつか売れたので、いつもより売上が良かった。
ここは弱小事務所でマネージャーなんかついてこない。物販も売上管理も自分たちでやらなければならない。
「そんであんた達、今日もバレてないわよね?」
「バレてないと思います。たぶん」
社長のいつもの確認を、いつもの返事でマイが答える。社長は満足気に頷いた。
「絶対バレないようにしてね?本当は男だってこと。バラす時は大々的にやるんだから」
社長はうっとりと何かを夢見ている。
浜中舞斗18歳、小田美怜17歳。
フリフリのフリルがたくさんついた衣装でステージに上がるツインズは本当は男だった。
事務所というか社長の方針で、二人は女装でアイドルをしていた。
『彼女作って全然オッケー。デートしてもホテル入っても、女の子同士ならスキャンダルにはならないでしょ?ただ彼女以外には男だってバレないように!あとファンには手を出すな』
これが社長からの命令だった。女の子にモテたいと軽い気持ちで事務所に入ったマイは、まさか女装でアイドルをやらされると思っていなかった。女の子とのお付き合いが可能なアイドル。それがまさか女装だとは。案の定ファンは男ばかりで女の子は数えるくらいしかいない。女装アイドルであることを隠すとなると、同じアイドルの女の子に手を出すのも難しい。女装なので普段の自分は普段通りなので彼女ができない。
なんのメリットもない社長命令だった。マイにとってはひたすらに、ファンを騙しているという罪悪感に蝕まれるクソ指令だ。
「今日はお疲れ様。今日の分のお給料はまた口座にいれておくから来週も」
「もうしんどいです」
社長の言葉を遮って、レイが突然切り出した。
「来月で俺も18になります。4月から大学生です。フリフリのお洋服で魔法少女で恋を歌うのはもう、きついです。マイも、限界だって…言ったよな?」
レイが珍しくたくさん喋っている。急に話を振られてマイは目をそらした。マイも限界だった。やり始めた16歳の時はまだフリルの似合う可愛さと幼さがあったと思う。他の男子よりは可愛い系男子だった。しかしすでに18歳を迎えた今、あの時よりも体は骨張って柔らかさを失い、フリルでは誤魔化しきれなくなっている。ハスキーボイス女子を謳い文句にしているが、どう聞いても男の裏声だ。線の細いレイはともかく、マイは未だにバレていないのが不思議なほどに男になってしまっている。なにより、あんなに応援してくれているファンに、女だと偽っている。
『私の気持ちも持っていってほしくて』
ぐちゃぐちゃの顔で笑ったユリナの顔が浮かぶ。さすがに妊娠で引退の子は初めてだが、今までも何人ものアイドル仲間が辞めていった。
『実は年齢を偽ってて』『だるいから』『ファンがキモい』
『マイは、アタシ達の分も頑張ってね』
呪いのようにマイの背中にのしかかっている。女の子のお願いが聞けない男になりたくなかった。マイが勝手に背負ってる物だが、手放したくなかった。
マイは顔を上げる。
「俺はまだ…辞めたくないです。レイ、ごめん。まだ辞めたくない」
マイはレイに向き合った。
「ファンを騙してるしスカートも裏声もしんどいんだけど…でももう少し、続けたい」
レイは眉をひそめてため息をついた。
「…わかった。じゃあ、もう少しだけ」
マイは笑ってレイの手を握った。
ツインズはふたりでひとつ。マイとレイのコンビ名ツインズのキャッチコピーだ。
レイは社長に顔を向けた。マイも社長の顔を伺う。
「辞めたいときはまた言って頂戴、ファンのためにお別れイベントを開催するから。バックレだけは駄目よ!」
社長は笑って、レイの話を不問にしてくれた。マイはレイに笑顔を向けた。
「…でも、確かにそろそろ限界よねぇ」
社長がポツリとこぼす。女装を公表したらツインズはもう終わりだろう。どのタイミングで公表するか。それはまた改めて考えようと、その日は各々家路についた。
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