2章
僕、アク・リナンは、スローライフを求めて生まれ育ったへんぴな村――【果ての地】を出ることにした。
だが、幼なじみであるAランクの冒険者――人呼んで【最強の聖剣士】のプリシラに足を引き止められることになった。
幸い、なんとかプリシラを説得することに成功した。そしていよいよ、僕が望んでいたのんびりとした暮らしへの第一歩を踏み出すことができた。
――が、その先がいばらの道であることを、この時点ではまだ知らなかった。
◇
【果ての地】と呼ばれる、へんぴな村にほど近い森の中。
僕は木陰に座り込んで、空を見上げながら、今後の方針について考えていた。
「もちろん、あの村に戻る気は毛頭ない」
持ってきた地図を見ながら、僕は断言した。むしろできれば、どこか遠い場所で新しい生活を始めたい。
「そう考えると、やはりここが一番か」
今いるのは【奈落の森】と呼ばれる、僕が住んでいた【果ての地】と隣のグランシン領を隔てるように広がる大森林だ。この森には魔物だけでなく、野生の獣だっている。気をつけないと、食べられてしまうかもしれない。
幸いなことに、村を出る前に必要だと思うものをいろいろと持ってきていた。その中には【魔物除け】のポーションが数個含まれていた。
森の入口の手前で前もって【魔物除け】のポーションを体に振りかけていたので、こうして木陰に座っていても、魔物に気づかれずに平然としていられた。しかし、完全というわけではない。
ある程度の強さを持った魔物までは除けられるけどな。
地図を除いて他に持ってきたものといえば、硬貨がたくさん入っている銭袋をはじめ、服や食料、そして冒険者時代に使っていた剣だ。
僕は村を出る前、Dランクの冒険者として活動していた。与えられた〈ギフト〉は剣士で、プリシラほどではないが、そこそこ剣を使いこなしている自信がある。
もちろん、危険な魔物に遭遇すれば、あっという間に命を落とすだろうから、こんなに魔物がうろついている森に手ぶらで来るわけにはいかない。
だからこそ、剣を持ってきた。しかし、勘違いしないでほしい。僕はもう冒険者ではないのだ。
これはあくまで、身を守るために持っているだけだ。
それはさておき、ここを抜けて東に進めば王都に到着する。しかし、僕が目指すべき場所は恐らく、その先にある【アサチの村】という場所だ。【果ての地】からとても遠くて、ちょうど良い距離だろうと思っていた。
そう考えていたその時だ。
「だ、誰か助けてぇーーーーーーーーーーーー」
……森の中に響く女性の悲鳴。
こんな危険な森に訪れる者は冒険者でなければほとんどいない。しかし、今の声は明らかに冒険者ではないものだった。なぜそう思ったのかといえば、それが直感でわかったからだ。つまり、この森に初めて来た人だということだろう。
「…………」
そして気づけば、僕は走っていた。
あの女性が何に襲われているのか、僕には関係ない。しかし、助けを求める人を放っておけない。自分にできることなら、全力で助けるべきだと、師匠に教わったからだ。師匠が亡くなった今でも、その教えを守って生きている。
しばらく森を走っていると、
「……いた」
そこには、横転した馬車があり、血だらけの女騎士が剣を構え、目の前の何かに向かって険しい表情をしていた。
そしてもう一人、身なりの良い少女が青い顔をして震えている。
少女たちの周りを、ゴブリンの群れが取り囲んでいる。
それを見て、僕はふと思った。
――これはちょっとヤバいんじゃないか?
確かにゴブリンはDランクの魔物に過ぎない。つまり、それほど危険な魔物ではないが、こうやって群れを成すとその危険性が一気に増す。
だが、それはどうでもいい。
5匹のゴブリンは、少女たちを取り囲んで、今まさに飛びかかろうとしていた。しかし、その行動をさせる前に、僕は動き出した。
――させるもんか。
片手を鞘に、もう片手を剣の柄にかけて、僕は地を蹴ってゴブリンたちとの距離を縮める。
すると、刀身を鞘から抜き、そのまま円弧を描いて、先頭のゴブリンの首を、気づかれる前に取ることに成功した。
これが、僕の剣術だ。
「
そう呟いた瞬間、血しぶきをあげながら剣を鞘に戻し、首を斬られたゴブリンの死体はその場に横たわるだけだ。
立ち上がると、血だらけの女騎士と身なりの良い少女に一瞥を投げ、
「大丈夫か?」
と、怖がらせないように優しく声をかける。
「………………」
「………………」
もちろん、返事はなかったが、まあいい。後でじっくり話をしよう。
……そんなことより。
再びゴブリンたちに目を戻すと、残りの4匹は驚いたような表情を見せながらも、逃げる気配はない。
ここでアイツらをさっさと倒して、そろそろ行こう。
僕が目指している【アサチの村】は遠い。できるだけ早く着きたい。1週間以内には到着したいと考えている。
そう決意すると、やや前のめりになりながら手を剣の柄にかけ、深呼吸をする。
そして、躊躇うことなく再び動き出した。
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