Dランクの冒険者である僕、どこか遠い場所でのんびり暮らしたいとAランクの自惚れた幼なじみと絶縁して生まれ育った辺鄙な村を出たら、実は最強クラスの剣士でした。

鏡つかさ

1章


 僕、アク・リナンはここ――【果ての地】と呼ばれるへんぴな村で冒険者をやっていた。

 だが、そろそろそんな生活には飽きた。


 普通に暮らしたい。

 ただそれだけなのに。

 けどここにいるかぎり、僕の望みはけっして叶わないと思う。

 だから決めた。

 僕はこのへんぴな村を出て、どこか遠い場所へ行って、のんびり暮らす、というのを。

 しかしどうしても、僕の夢を邪魔する者がいた――


  ◇


「何言ってるんだあんたは?バカじゃないの?村を出てどうするんだよ」

「だから言ったじゃん。ここにいるかぎり僕が望んでいる理想的な生活を送れないっつの」

「で、あんたが生まれ育った故郷をゴミのように見捨てるってわけか」

 

 言われると、僕をいさめているような彼女の鋭い視線から目を逸らす。

 

「――そんなふうに言われると、さすがの僕でもひどいと思わせるが」

「いや、じゃっかんひどいけど?」


 僕の夢をあえて邪魔する者。

 ソイツは冒険者界隈で超有名な聖剣士として名をはせる者。

 名前はプリシラという。

 僕の幼なじみであり、Aランクの冒険者だ。


「ここにはもういたたまれないよ。どうしてそんなことがわからないの? 」

 言うと、溜め息をするプリシラはこめかみを揉みながら、

 

「――結局逃げるつもりか?」


 そう言われた瞬間、僕の中でなにか切られたように感じた。


「逃げてるんじゃねぇ」


 思わず声を荒らげる僕だが、プリシラはまったく動じることなく言い詰める。


「いや。逃げてるね」

「だからにげ――」

「うるさいわ」


 否定しようとするところで、啖呵を切るプリシラに言葉が遮られる。

 僕は目を大きく見開いて、プリシラに視線を投げると、プリシラは目を細めながら僕を見つめている。

 するとしばらく見つめていると、プリシラは何かに気づいたように見えた。

 嫌味のある笑みを浮かべながら彼女は言う。

 

「あ、なるほど。ようやくあんたが逃げてる理由、わかってきたかもしれない」

 

「………………」


 僕は何も言い返せない。

 すると僕の沈黙をいいことに、プリシラはこう続けたのだ。


「実はあんた、ヤキモチを妬いてるでしょ?」

 

 そんなことない!

 と、否定したいけど、できない。

 ある程度まで彼女の言うことが正しいからさ。


 実はプリシラが冒険者になる前に僕はもうすでに冒険者を数ヶ月もやっていた。

 しかし僕の努力とは裏腹に、Dランクから脱出することはできなかった。

 なのにプリシラはたった数ヶ月でランクをAまで上げた。

 言えば、プリシラより先に冒険者になった僕が先輩、後ほど冒険者になったプリシラが後輩といった関係だけど、僕よりプリシラのほうは圧倒的に強いのは明らかだった。

 授かった「ギフト」から遺伝した容姿まで、彼女は非常に恵まれていると言っても過言ではないだろう。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 そしてそのせいで彼女は不健全なほどに自惚れているのだ。

 

「何も言い返さないというのは、図星って意味かしら? ほんと子どもね。まあでも、そんな些細な理由だけで村を出るなんてどうかと思うけど。子どもみたに駄々をこねないでいい加減男になりなさいよあんた」


 キツイ言葉だ。

 しかし一理ある。

 やはりここにいるかぎり――コイツの影にいるかぎり、成長はできない。

 そんなことに、僕はようやく気づいた。

 そしてそんなことに気づいた僕は、


「やっぱ僕は……この村を出る」


 そう。

 結局僕は、このへんぴな村を出ることにした。

 出たら、なりたい自分になれるかもしれないと思うので。


 すると驚いた表情を浮かべるプリシラは、

 

「え? あたしの言葉、聞いてなかったか?」


 と、僕を軽蔑しているような口調で問うてくる。

 

「いや。聞いてた」

「じゃなんでそんな結論になるわけ? さっさと答えなさいよ」

「認めるのは悔しいけど、おまえが正しいから」

「ん? ちょっと意味がわからないけど」


 頭脳明晰なはずの彼女が頭上に疑問符を浮かべて言う。


 ん?

 何がわからないか?

 おまえの言う通りヤキモチを妬いてた。

 ずっとおまえの影にいるの嫌なんだ。

 だから村を出て、新しい自分になると言っているのだが?

 そこまで言わなければわからないのかな。

 

「よく考えれば、僕はおまえにずっと負けている」

「当たり前でしょ。あたしはあんたとちがって天才だから。それがとうしたと言うんだ?」

「つまりさ、おまえが言う通り僕はヤキモチを焼いていた。ずっとおまえの影にいるのが嫌なんだ。だから新しい自分になるために――おまえの影から脱出できるために、僕はこの村を出る。結局また、おまえに負けたんだ」


 と、作っているであろう苦虫を噛み潰したような表情で、僕は正直に言う。

 

「………………」

「………………」


 すると少しの間沈黙が続いたら……


「……ふっ」


 ふ?


「ふははははははは――」


 急に笑い出すプリシラ。

 ――何?

 僕なんか変なことでも言ったか?

 そんなあきれた僕をよそに、


「はははは……バカじゃないの?ふふふ」


 プリシラは腹をかかえて笑いながら言う。


「もう、いつ転職したんだ、コメディアンにね?ふふふ」


 やっば嫌なんだなぁ、こいつは。

 けれどプリシラは当然僕の思っていることを知るようもなく、続けた。


「いいか、アク。よく聞きなさい。あんたは金輪際、あたしほどの天才にならないわよ。新しい自分になるって超ウケるんだけどwww。でも……そうだな。あたしたち幼なじみだからあんたにいい提案をくれてやる。あたしのもとで下僕として働かせてあげる。そうすれば《アジナンさま》に誓ってあんたを護るよ。どう?いい提案でしょ?」

 

 なにそれ?

 いい提案だと?

 ふざけんな。


 自惚れたヤツだともう知っていてもさ、さすがにそれは言い過ぎだ。

 もちろん、そんなふざけた提案を受け入れるつもりは毛頭ない。


「いや、結構だ」


 言うと、プリシラは大きく目を見開いて、驚いたような表情を浮かべる。

 いや、そもそもなんでそんなに驚くんだ?

 まさか、そんなふざけた提案を受け入れるとでも思っていたか?

 もしかして、キチガイかなにか?


「結構ってなに?あたしの下僕にならないってこと?」

「当たり前だろうが」

「ちょっと。誰に向かってものを言ってると思うんだ?その口の利き方に気をつけなさいよ。そうしないと……もうわかってるでしょ?」


 こっちを睨みつけながら言うプリシラ。

 しかし僕はもうこの怒っているプリシラには慣れているからまったく動じてない。

 

「へぇ。ちなみにおまえの脅かしなんぞ僕には効かないんだぜ」

「あんたね――」

「いや。もういい。これ以上話し合っても埒が明かない」


 話し合いっていうより口喧嘩なんだが、これは。


「ちょっと何様だと思ってるの? そんなに死にたいのならば普通に言えばいいのに」


 そう。

 プリシラはこういうヤツだった。

 ワガママで物事が自分が思うようにままならないときはすぐにキレる、とんだキチガイだ。

 まるで、子どもだ――


「いいか。プリシラ」


 僕はなるべく冷静な口調で、目の前で癇癪を起こしているプリシラに言う。


「何?命乞いか?」

「違う。ちょっと耳を貸してくれないか?」


 ふん。


 と、鼻を鳴らすプリシラだが、幸いなことに何も言い返すことは無かった。

 正直に言ってこんな素直なプリシラを久しぶりに会ってあっけに取られたが、いい機会だ。

 ちゃんと僕の言うことを聞いてくれるかどうかはまあ、まったく別の話なんだが、せっかくいい機会が与えられたので、見逃すわけにはいかない。

 深呼吸をして、僕はプリシラにこう言う。


「プリシラ。僕はこの村を出る。ただそれだけなんだ。おまえは信じていないのかもしれないが、僕の気持ち――おまえの影からいつか脱出したいという僕のこの気持ちはほんとのものだ。そして僕を引き止められる人は、誰もいない。戻るつもりもない。おまえがこの村にいるからいたたまれないのだ。しかしそれがおまえが嫌いというわけではなくて、僕はおまえにヤキモチを妬いてるので、成長はできないと感じているから。それを言ってそれでも理解してくれないのならば、じゃおまえはそもそも最初から、僕の幼なじみじゃなかった」


 そう言うと、僕は最終にプリシラを一瞥してから、椅子から立ち上がり、僕たちがいた部屋から出る。

 もちろん、振り返ることもせずに。

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