生粋のカードゲーマー、異世界だろうとデッキ片手に最強目指します!

フェイス

一章

第1話 無敗のチャンピオン

 響き渡る轟音。


 遺跡の最奥に座していた頑強な鋼人形ゴーレムが立ち上がり、私達を天井から見下ろしている。


 そして岩よりも巨大な手を握りしめ、そのまま彼目掛けて叩きつける。


「我、迷宮の番人なり。命惜しくば、くこの場から失せよ」


 さながら隕石の様に降り注いだ拳は地面を割り、抉り、その力をまざまざと見せつけられた。


 強いのは覚悟してきたつもりなのに、どうしても足が竦んでしまう。


「こ……こんなの、どうやって倒したら……」


 後退りする私を見ても、彼は一切引こうとしなかった。


「お前より、そこの娘の方が幾らかは力の差を弁えているようだ。我も背を向ける相手に拳を向ける気は無し。お前もく娘と共に――」


「今のパンチでお前のターンは終了か?」


 それどころか彼はその足を一歩踏み出し、鋼人形ゴーレムと真っ向から対峙する。


「なら、ここから先はだ」


 突如彼の腰に着いているポーチから謎の紙が飛び出し、手の中へと入っていく。


「――俺は『怨恨の小剣士』を召喚し、魔法マジックカード『看取り図』を発動!」


 彼がそう宣言すると、掲げた二枚の紙が眩い光に包まれて消滅する。


 それと同時に地中からは剣を持った子供が、空中からは目玉の付いた不気味な紙が現れた。


「……ほう、屍術師ネクロマンサーか。だが、その軟弱な手下共で我を倒せるとは思わないことだ」


「そ、そうよ! あのゴーレム相手じゃ……!」


「更に『ビビり弾』を召喚!」


 彼が再び謎の紙を掲げると、細長い鉄の塊に顔の生えた謎の生物が姿を現した。


「流石にこれだけではなかったか。だが幾ら手下を束ねようとも、我が渾身の一撃で葬ってくれよう!」


 そうして鋼人形ゴーレムは拳を振り上げる。


 こうなったら、私も魔法を使って少しでも――ッ!


「――いや、コイツはただの自爆要員だから」


「……え? 自爆?」


 何を言っているのか理解しようとした瞬間、ボカンという音と共に呼び出されたばかりの鉄の塊が目の前で爆発四散した。


「えぇーーーーーーッ!!??」


 ど、どうして自分で呼び出した眷属を!?


「よし、これで手筈は整ったな」


 私が今の出来事に戸惑う中、彼は事態を当然の様に受け入れていた。


「それじゃ、ここからループの説明に入ります」 


   * * *


 時は遡り、とあるイベント会場。


「——決まったぁ! 勝者は札塲ふだば徒玲どろう選手! 徒玲選手です!」


 スポットライトに照らされた舞台の上に立つ、二人の決闘者デュエリスト


 たった今決した二人の勝敗が、白熱した実況席によって告げられる。


 会場の熱気は最高潮に達しているのか、周囲の歓声は止むことを知らない。


 込み上げる熱気はそのまま大気と混ざり、人々の昂りを乗せて舞台上に立つ俺の元まで運ばれてきた。


「……ッシャァ!」


 この感覚だ。


 この感覚を味わう為に、俺は生きていると言っても過言ではない。


「準決勝第二試合の勝者である徒玲どろう選手には、この後行われる決勝戦へと進出していただくことになります! いやぁ、盛り上がってきましたね!」


「そうですね。長らく続くこのデュエルDサモナーズSチャンピオンCシップSでも、徒玲どろう選手には五度連続優勝という恐るべき実績がありますからね。正に無敗のチャンピオンと言ったところでしょうか。決勝戦にも十分、期待が持てるかと思います」


「今日の大会でデュエルサモナーズを始めて知ったという方の為に再度説明させていただきますと、デュエルサモナーズとは今世界中で人気を博しているトレーディングTカードCゲームGです。基本的なルールとしては妖怪スペクターと呼ばれるカードを場に召喚して相手を攻撃し、先に相手の体力を削り切った方の勝利となります」


妖怪スペクターの他にも魔法マジック呪いカースと呼ばれる、戦いを有利に進める為のカードも存在します」


魔法マジックは発動に条件がない代わりに自分のターンにしか使用できません。一方で呪いカースは墓場と呼ばれる、破壊された妖怪スペクターや使用した魔法マジック呪いカースが置かれる場所があるのですが、この墓場にある妖怪を費用コストにすることで相手ターンでも使用できるという特徴を持っています。これらを如何に組み合わせて戦うかが勝利の鍵となりますね」


「その点で言えば、先程の徒玲どろう選手のプレイングは実に見事でしたね!」


「まさか手札補充として使われる『エターナル・ワーム』に防御貫通魔法を使って殴り倒すなんて、誰も予想していませんでしたからね。合わせて使用した『流体の心得』も見事にハマっていました」


「これは決勝戦にも期待が持てそうです! それではこの後、少し休憩を取らせていただきます。その後はいよいよ、始まりますよ!」


「えぇ、先に準決勝を通過した速瀬はやせまどか 選手との決勝戦ですね。私も今から楽しみになってきました」


「会場にいる方々は熱気を、配信をご覧の方はチャンネルをそのままでお待ちください!」


 実況席ではカメラが止まったのか、裏方のスタッフが現れて忙しなく動き始める。


徒玲どろう選手、これより決勝戦に向けて会場内のセッティングを行いますので、一度控室の方にお戻りください」


 舞台の袖からスタッフが声を掛けてくる。


 俺も決勝戦に向けて(※1)ので、誘導に従って控室へと戻る。


「いよいよ決勝か……」


 何度も経験しているとはいえ、この開始までの待ち時間中はどうしても心が騒めいてしまう。


 TCG全般に言える事だが、決闘デュエル中は高い集中力が必要になる。


 たった一枚のカードが勝敗を分けることもあれば、プレイヤーの手腕で全てが決まることもある。


 たった一つのミスも許されない。隙を見せれば、一瞬で相手の勢いに飲まれてしまうのだ。


 普通に決闘デュエルをするならともかく、全国大会の決勝という舞台で普段通りのコンディションを出すというのはやはり難しいものがある。


 ――だが、勝つのは俺だ!


 自分自身に叱咤激励し、俺は控室の扉を開く。


 朝の段階では俺の他に知り合いの大会上位勢プレイヤーが大勢いたのだが、全員負けるや否や会場限定販売の(※2)を買い漁る為に即行で荷物をまとめて出て行ってしまった。


 俺も買いに行きたかったが、こればかりは仕方ない。今は決勝戦に向けて調整しておこう。


「……って言っても、対戦相手の事全く知らねぇんだよなぁ」


 速瀬はやせまどか、だったか。


 少なくともここ最近の大会では聞いたことのない名前だ。全国ランキングにも載っていない。


 今日だって知り合いの試合を見に行ってたから見る暇なかったし、どんな戦術で戦ってくるのか全く分からない。


 だから今は対戦相手の分析をするよりも、プレイの精度を上げる方が優先だ。

 

「さっきは別に使わなくていいタイミングで魔法使って無駄撃ちしたからな……。リソースはなるべく確保して動かねぇと」


 大会用に持ってきたデッキと現環境最強のデッキを取り出し、(※3)を始める。


 今は「災厄邪神ザーガ」を主軸とした(※4)デッキが(※5)を席巻している。


 このデッキは墓場に数体スペクターを用意した状態で災厄邪神ザーガを二体揃えるだけで、あっという間に墓場を溜めてアドバンテージを稼ぐことが出来る。


 これが本当に凶悪で、これまで環境に蔓延っていたデッキを残らず蹴散らし、ものの一瞬で環境トップに君臨したのだ。


 このデッキは一度動き始めると二度と止められない一方、皆こぞってこのデッキに手を伸ばすというその人気こそが弱点となっている。


 俺はこの日の為にストレージで見つけたザーガループを完全に(※6)カードを搭載したオリジナルデッキを作り出し、ザーガループを使うプレイヤー全員に完全勝利してきた。

 

 プレイング次第では他の環境デッキの大半と互角以上の勝負が出来るので、我ながら素晴らしいデッキを作ったものだ。鼻が高い。


「――っし、このまま優勝も頂くぜ!」


 一通りデッキを回し終え、俺は椅子の背もたれに大きくもたれかかる。


 勢いが強すぎた為か、衝撃を受け止めきれなかった椅子の脚が浮き上がってコケそうになる。


 ——ガチャッ。


「おっとっと……ん?」 

 

 世界が反転し、天井から生えたドアが開く。


「控室、ここだったかな…………あっ!」


「お?」


 ドアの前に立つ誰かと目が合った。


 首からぶら下げているネームプレートに書かれた文字は「速瀬はやせまどか」。つまり――。


「お前が決勝の――」


「ど、どどど、徒玲どろうさん!!!???」


 決勝の相手か、と俺が発するよりも向こうの声の方が数倍早く、百倍大きかった。それはもう鼓膜が破けるばかりか、中の蝸牛菅が振動でぶっ壊れるかと思うくらいだ。


 俺はバランスを崩し、椅子ごと頭から地面に激突した。


「いっ……つつぅ…………」


「あぁっ、すみません! 急に大きな声を出してしまって……。大丈夫ですか?」


「あぁ……別に大丈夫だけど…………。どうしたんだよ、急に大声出して」


「私、徒玲どろうさんのファンなんです! 是非一度お会いしたと思ってました!」


 速瀬瞬は興奮した様子でまくし立てる様に話してくる。


「それは嬉しいけど……、俺ってただデュエルサモナーズしてるだけの学生だぞ? 別に何か特別な事が出来るって訳でもないんだけど」

 

「そんな事ないですよ!」

 

 謙遜というか、事実を述べたつもりだったのに強い否定が返ってきた。


「私、徒玲どろうさんが出てる大会の動画を何度も見させていただきました。誰も真似できないデッキ構築とそれを使いこなす技量、何よりその卓越した読みは正にデュエルサモナーズ界でトップと言っても過言ではありません!」


「い、いやぁ…………それ程でも?」


 照れ半分、恥ずかしさ半分で賛辞を受け止める。


 そうか、俺もこんなに熱心なファンが付くほどの決闘者デュエリストになったのか。


「――褒めてもらっておいて悪いが、決勝では手を抜くつもりはないからな」


 今のが仮に決勝で手加減してほしいという暗示なのであれば当然お断りだったのだが、彼女はその首を横に振った。


「いえ、寧ろ望むところです。憧れの人と決闘デュエル出来る千載一遇の機会ですから、私も全力でお相手させていただきます!」


 それなら安心だ。


 俺は椅子から立ち上がり、目の前の決闘者デュエリストへと手を伸ばす。


「いい決闘デュエルにしよう」


「…………! はい!」


 俺と速瀬はやせまどか、二人の対決はこの瞬間から既に始まっていた。




【注釈】


 ※以下は本作における各単語の意味を掲載するものです。


(※1)「デッキを回す」……デッキの調整や動き方の確認を行う為、実際にプレイして確かめる事。デッキのカードを大量に引き、大量に消費する事で回転率を上げる際にも用いられる。カードゲームにおいて、如何に多くカードを引けるかは非常に重要。人体でいう血液循環みたいなもの。止まると死ぬ。


(※2)「オリパ」……オリジナルパックの略。カードショップ等で販売されており、高額カードや強いカードが当たりとして入れられているくじの様な物。


(※3)「一人回し」……対戦相手の分のデッキも一人で操作してデッキ回しを行う事。やっていてほんのちょっぴり寂しくなる。


(※4)「ループ」……カードゲームにおけるデッキタイプの一つ。特定のカードを組み合わせてその効果を無限に発動する、大抵運営の想定していなかった事を仕出かす悪いデッキ。個人的には某マスターズの豆がトラウマ。


(※5)「環境」……カードゲームにおいて現在どのデッキが強いか、大会で大多数を占めているかを表したもの。


(※6)「メタる」……特定のカードやデッキを対策すること。



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