恋はホコタテ ~誰もが恋する彼女は、誰にでも恋した彼の素っ気ない態度に振り回される⁉~

たなかし

第1話 生きる都市伝説

「ごめんなさい――――ふぅ、よかった」

「あ、そ、そうだよね? やっぱり、俺なんかじゃ……ん?」


 冷たい西風が吹き付ける、昼下がり。とある中学校の屋上。そこには愛の告白をする男子生徒と、それを断る女子生徒の姿があった。

 自分がフラれたことが分かると、その男子はうつむきながら精一杯に言葉を発した。


(あ、あれ? 今「よかった」って言った? それってどういう……)


「やったね、優希奈ゆきな。これで高梨君に告れば、絶対にうまくいくって!」


 物陰からその様子を一部始終見ていた別の女子が、男子をふったばかりの優希奈に駆け寄って言った。


「由美、ありがとう。みんなうまくいってるんだもんね。なんとかクリスマスに間に合いそうでよかったよぉ」

「うんうん。何と言っても、このあたしが生き証人だからね」


 由美は優希奈に答えると、今度は男子のほうに向かって笑顔で手を振りながら言う。


「やっほぉ、久しぶり。キュウちゃん元気?」


(今しがた、目の前で恋に破れた俺が元気に見えるか? ってか、なんで中村がここにいるんだよ……)


「いやぁ、親友の優希奈がずっと恋に悩んでてさ。来年受験だってのに、勉強も手につかないって。もう見てらんなくてさ、教えてあげたの。キュウちゃんのこと」


(……そう言えば、俺が最初に告ったのがこの中村だったな。そしてそのあと、こいつは先輩と付き合って……なるほど、そういうことかよ)


 由美は武士の幼馴染と言ってもいい存在であり、初恋の相手だった。

 そしてこの女子二人のやり取りを聞いて、彼は全てを察したのだ。例の都市伝説というものが、どうやら本当に実在したのだと。


 【都市伝説】


 この学校には、女子たちの間で密かにトレンドとなっている都市伝説がある。

 それは、とある男子生徒の告白を断ると彼をふった女子生徒の恋愛が成就する。と、いうものだった。

 そしてその「男子生徒」というのは他でもない。今ここで見事に散った彼、「九里武士くりたけし」のことだったのである。


(都市伝説……。噂には聞いたことあったけど、まさかその男子生徒ってのがこの俺のことだったのかよ……)


「キュウちゃんのおかげで、あたしも石田先輩とうまく付き合えたし。いやぁ、恋のキューピットだね、キュウちゃんは。これでも本当に感謝して――」


(やってられるか!)


「あ、キュウちゃん?」


 キュウちゃ……武士は由美の言葉を無視するように、足早に階段を下りていく。


(そりゃ自分でもなんかおかしいとは思ってたよ。最近、妙に女子たちが俺に気のあるような素振りを見せるからさ。でも俺だって男だ。これがモテ期だと思って、何が悪い)


 教室に戻ると、すぐにカバンを持ってそのまま玄関に向かう。


(モテるタイプじゃないってのは自分でも分かってる。けど、下手な鉄砲って言うじゃないか)


 彼は決して不細工と言う訳ではない。が、自覚しているようにモテるような容姿でもない。至って普通の、特徴がないのが特徴と言うような。目立たない、モブのような存在だ。

 それならそれで、平穏に過ごしていればよかったのだが、彼には一つだけ特徴があった。


(あれ? 校門のとこにいるあの子、かわいいな。ちょっとタイプかもしれない……ええい、やめろやめろ。何を考えてるんだ俺は! 今さっきフラれたばかりじゃないか!)


 武士は超が付くほど、惚れやすい男だったのだ。

 そうして気に入った女子に手あたり次第告白するうちに、その数はいよいよ三桁に突入しようとしていた。結果はもちろん、全滅である。

 逆に言うと、彼をふった女子はその数だけいるということである。そうなると、その女子たちの間でも彼の話題があがるもの。そんな会話の中で、その告白を蹴ったあと、意中の相手と付き合えたという報告がいくつも出た。

 それにどんどん尾ひれがついて、今では「恋愛の神様」「キューピットさん」などと言って、密かに校内の女生徒たちの間で、都市伝説となり始めていたのだ。


(はぁ。俺を知るものが誰もいない場所に行きたい……)




   *****


 翌々年の春。通勤通学ラッシュで混雑する電車から、一人の男子学生がホームに降りた。

 その端整な顔は凛としながらも、どこか哀愁を感じさせられる。その様子は一言で言えば――。


「ねぇ、あの人。なんかよくない?」「うんうん、すごいクールだよね」


(くだらん。勉学にいそしむべきこの大事な時期に、男を色目で見る女など相手にするだけ時間の無駄だ)


 そう、彼はとてもクールだ。自分に見惚みとれる同年代の女子たちをました顔でやり過ごす。

 恋愛など、彼にとっては修学をさまたげる邪念以外の何物でもなかった。


 彼はこの一年間血の滲むような猛勉強に耐え、見事に特待生として名門私立高校「早慶院学園高等科」に首席で合格した。

 ただ一つ、注釈しておくべき箇所がある。血の滲むとは、勉強が辛かった訳ではない。彼は、恋愛を止めたのだ。それは彼にとってまさに発狂しそうなほど、過酷な毎日であった。

 だが彼はそれを成し遂げた。煩悩を捨て、全てを勉学に費やした。

 そう、彼こそ生まれ変わったあの、九里武士である。


(今日から俺の新しい人生が始まるんだ。俺のことを、あの都市伝説を知るもののいない、この場所で)


 この一年の間に、彼は大きく変わった。

 容姿的な特徴で言うと、勉強ばかりしていたその顔は、極度の寝不足によって二重瞼ふたえまぶたの釣り目になる。そして疲れた様子は、哀愁を漂わせていた。

 成長期だった彼の背もだいぶ伸びた。

 そして一番は、聖人君子のように彼は恋愛に興味を示さなくなったのだ。


 そんな彼が、今この場に立っているのは、本当に些細ささいな奇跡の巡り合わせと言っていいだろう。


 それは一昨年の、あの屋上でフラれた日の夜までさかのぼる――――。




 


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