第三話 お先真っ暗

「海賊だぁぁぁぁぁ!」


 甲板のほうで、船員たちの叫び声が響く。私たちは船倉で子供たちを確認し、ドアを閉める。椅子や酒樽をドアの前に置き、簡易なバリケードを築くも、気休めにしか見えない。あとはひたすら息を殺して身を潜める。

 程無く、すごい勢いでドンドンドンと、船室のドアが叩かれる。おばさんはバリケードを背にして、必死に侵入を阻止しようとする。


「マリア! 早く隠れて! 海賊だ!」


 ものすごい形相でおばさんが言う。

 次の瞬間、おばさんの体はバリケードと共に、ドーンと前に吹き飛んだ。

 え、ドア閉まってるのに何があったの……。


「おいおい、おばちゃんさぁ。海賊呼ばわりはひどいだろう」


 ドアから男が入ってくる。


「俺は冒険家だ。冒険資金を稼ぐために、ときどき他の船からお宝を頂戴するがな」

「それを海賊って言うんだよ! 馬鹿かい、あんたは!」


 おばさんは起き上がりながら男に言う。


「今度は馬鹿呼ばわりか、参ったね。俺は海賊みたいに人は襲わないよ。おとなしくさえしていればな」

「あなたやめなさい! これ以上おばさんにひどいことをしたら、許さないわよ!」


 無意識のうちに、私は箒を持ってその男に対峙していた。


「これは威勢のいいお嬢ちゃんだ。だが、抵抗するなら容赦はしないぞ」

「やめなさいマリア! こいつの耳と口をよく見な!」


 慌てて制するおばさんに言われるまま、その男をよく見る。被ったトリコーンから下がるボサボサの黒髪、顔立ちはくっきりとしているものの髭はお世辞にも手入れが行き届いているとは言えない。それに先のとがった耳に、牙の生えた口――あれ? 


「ほう、伊達に年は取ってないようだな。いかにも俺は吸血鬼。と、言いたいところなんだけど、残念ながらそれは見た目だけ。だから血も吸わない。安心したかい?」


 この男、自分で吸血鬼とか言ったよ……。


「あんた頭大丈夫? あんなおとぎ話を信じてるの? いい年して、かわいそうに……」


 あまりにおかしくて、私は男をあざける。


「おい小娘。あまり俺を怒らせないほうがいいぞ……」

「はぁ? あなたこそ、私を誰だと思ってるのよ? イスパニアのアルバ公女、マリアよ! 私にそんな口を聞いて、無敵艦隊が黙ってるとお思いなの?」


 高圧的な男に対し、私も少々声を荒らげる。


「ちょっとマリア! ……あぁ、この娘ちょっと頭がおかしい子なんで、すいませんねぇ」


 せっかく庇ったのに、おばさんは私を頭がおかしい呼ばわりして、この男に取り繕う。


「ほう、マリアよ。お前、アルバ公女だと言ったか?」


 そう言いながら、男は私に接近する。そして、首元の宝石が抜かれた私のネックレスを手に取る。


「な、何よ……」


 男はネックレスを手に持ったまま、私を見て薄ら笑いを浮かべる。


「なるほど――よお、おばちゃん。確かこの船は奴隷貿易船だったな。今、俺は非常に気分がいい。これをやる。港に着いたらそれを使って、そこの子供たちを解放してやるといい」


 そう言って男はおばさんに、ずっしりと銀貨の入った袋を渡した。


「こ……こんなに? ありがたいけど、船長や乗組員が許さないさ」

「なぁに、やつらは逆らえない。逆らえば、呪いが発動するからな」


 ドタドタと階段を下りる音が響く。


「そこまでだ! 貴様、そのまま動くな!」


 船員たちが入ってきた。


「おいおい忘れたのか? 俺に逆らうとどうなるか――」

「黙れ!」


 船員の一人が、男に向かって剣を振りかざす。

 次の瞬間その船員は、突風に包まれる。そして風が晴れると、その姿は跡形もなく消えていた。


「あぁあ、言わんこっちゃない。お前らも分かっただろう? このおばちゃんに金は渡した。お前らもそれを分け合え。十分な額なはずだ。そして子供たちにもそれを渡して、自由にさせろ」


 正直、目の前の光景がよく分からなかった。人が消えた? こいつ本当に吸血鬼なの? でもその言動からは、悪人のようには思えなかった。


「わ、分かった。そうすれば俺たちは無事なんだな?」

「最初からそう言ってるでしょ」


 船員たちは男の言うことをのんだようだ。


「よし、交渉成立だな。じゃあ、騒がせたな」


 男は船員たちとおばちゃんにそう言うと、私の手を掴んだ。


「ちょ、何よ?」

「決まってるでしょ。お前を連れていく」

「は、はぁ⁉」


 男の無茶苦茶な台詞に、私は混乱する。


「ここにずっといるつもりか? 家に帰りたくないのか?」

「――帰りたいに決まってるじゃない」

「じゃあ付いてこい。お前を家に帰してやる」


 この男、ちょっと強引で変なやつだけど、よく見ると顔立ちもいいし……って、リシャールと言う婚約者がいるのに、私なんてことを⁉

 私は自分をいましめる。

 家に帰してくれるという約束は本当みたいだし、あくまでその目的の為よ。

 ここにいても先はない。私はこの男についていくことにする。


「おばさん、この子たちをお願いね。今までありがとう。いっぱい叩かれたけど、不問に処すわ。何かあったら、いつでもイスパニアにいらっしゃい」


 なんだかんだ、いつも面倒見てくれたおばさんに感謝を伝える。


「マリア、あんたまさか本当にアルバ公の……」

「あら、最初からそう言ってたじゃない」

「――本当だったなんて……そうだ、あんたイスパニアに向かうなら、途中カサブランカに寄港するだろ?」


 おばさんは突然、思い出したかのように男に聞く。


「あぁ、その予定だ」


 男が答えると、おばさんは今度は私に向かって言う。


「マリア。カサブランカに着いたら、ルイザという祈祷師を探しな。ヨハンナの紹介だって言えばすぐ会えるさ」

「ヨハンナ?」

「あたしの名前だよ。忘れちまったのかい? ルイザはあたしの妹だ。あんたの力になってくれるはずさ。なぁに、損はさせないさ」

「――分かったわ。覚えておく」


 そういえばこの船に来たばかりの頃、おばさんにそう自己紹介されたっけ……。

 私は自分の記憶力に少々不安を覚えながら、幽霊船に乗り移る。




「お頭ぁ、お宝は?」

「あぁ諸君、紹介しよう。今日のお宝だ」


 幽霊船に乗り移ると、男はそこの船員たちに私を指してそう言った。


「な、何言ってるのよ? そりゃ私は気高いし華やかだし、お宝と言えばお宝だけど……」


 収穫が私だけと聞いて不満を言う船員たちを前に、私は憤慨して言葉を返そうとする。そのとき、真っ暗で見えなかった船員たちの顔をランタンが照らし出す。


「え? ちょ、ちょっと……なんなのよ、この船は――――」


 船員たちだと思っていたそいつらはみな、服を着た骸骨だった。

 そして私の視界は暗闇に包まれる。

 私は地獄に来てしまった。

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