海賊公女は七つの海を越えて
たなかし
プロローグ アトランティス
『アトランティスは、赤い海より前に存在した島で、それはヘラクレスの円環の人々によって築かれたと言われており、この島には多くの神話が含まれていると伝えられている』
「旦那様。またその本ですか? いくらなんでも、お嬢様にはまだ早すぎますよ」
広々とした寝室のベッドに腰かけながら本を読む身なりのいい青年に、使用人らしき黒人の女性が話しかける。
「もっとこう、楽しそうなお話でも聞かせてあげたらどうです?」
それはその青年が、ベッドに横になっている一歳ほどの年の娘に聞かせるのには、その本は相応しくないと言う皮肉を込めていた。
窓から差し込む優しい陽射しを受けながら、青年は少し口元を緩めながらそれに返す。
「まぁそう言うな、ヨハンナ。物心つけば、この子も聞いてくれなくなる。今のうちだけだ。マリアに母親のことを話せるのは」
「はぁ……旦那様のお気持ちは察しますが。奥様はもう……」
そこまで言ったところで、ヨハンナは諦めたような笑みを浮かべる。
「夕食の準備が出来ましたら、呼びに参りますので」
そう言葉を残して、テーブルの上のカップを持ってヨハンナは部屋をあとにした。
「あぁ、あ~ぁ」
「おぉ、マリア。今日はいつもよりおしゃべりするんだね。続きが気になるのか? よしよし、じゃあ続きを読んでいくよ」
『アトランティスは、膨大な富と資源を持っていた。その土地には金、銀、そして他に類を見ないほどの豊富な資源が広がっていた』
「そうそう、この世界で見たこともない程の輝きに満ちた「オレイカルコス」と言う金属があるんだ」
『アトランティスの社会は理想的で調和がとれており、市民たちは知恵と美徳を追求し、平和な共同体を築いていた』
「首都はアクロポリスといってな。科学と言うのか? それはそれは、すごく進んだ文明だったよ。おっと、まずい。そんなことを言ったら、ローマ教会に異端扱いされてしまうな。マリア、今のは内緒だぞ」
『しかし、アトランティスは過去の栄光を保てず、神聖な力が失われる中で島は沈んでいった。その失墜の原因は様々な災厄によるものだった』
途中途中、赤子のマリアに話しかけながら読んでいたが、そこまで読むと本をバタっと閉じて青年は目を瞑る。
「――災厄。そう、パンドラの箱だ。海賊どもめ……安心しろマリア。お父さん偉くなって、いつかイスパニアの海軍を引き連れてお母さんを連れ戻しに行くからな」
青年は決意に満ちた表情で言うも、当のマリアはすやすやと寝息を立てていた。
その寝顔を見た青年は優しく微笑むと、マリアの上に布団をもう一枚被せた。
そして読んでいた本を几帳面に棚に戻す。
【プラトン著 クリティアス】
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