従者少女、今日も狼な主様にお仕えします!
無月兄
第1話 神の力という名の呪いを宿す私の主様
私、咲夜の通う高校には、いつもは使われていない、空き教室というのがある。
普段授業を行う教室から離れていることもあって、寄り付く人は滅多にいない。
けどだからこそ、今あの人はここにいるだろう。そう私は確信し、教室のドアを開ける。
「士狼様、やっぱりこちらにいましたか」
そこには人の背丈程の大きさのある、銀色の狼がいた。
何も知らない人がこれを見たら、きっと悲鳴をあげるか腰を抜かすだろう。
こんなものが学校の中にいるなんて、どう考えても異常な光景だ。
だけど、異常はそれだけでは終わらない。
「咲夜か。ここに来るところ、誰にも見られていないだろうな」
その狼は、人語を話し、私に問いかける。
「はい、もちろんです。それより士狼様、お体の調子はどうですか? もう、人の姿に戻れそうですか?」
「ああ、なんとかな。まったく、厄介な力──いや、呪いだな」
そのとたん、狼の、いや士狼様の体が光に包まれる。そして光の中で、徐々に姿を変えていく。
そうして狼だったものは、一人の人間へと姿を変えた。これが、士狼様のもうひとつのお姿だ。
だけどこれはこれで、先程までの狼の姿とは別の意味で、現実離れしている気がする。
かっこいい。イケメン。そんな言葉すら陳腐に思えるほどの美しさ。まるで、神が作った芸術品だ。
ううん。ある意味神様そのものと言っていいかもしれない。
士狼様の家は、狼の姿をした神の血を引いた、退魔師の家系だった。その力を使って、代々人を苦しめる妖怪や亡霊、魑魅魍魎と戦ってきた。
そして私は、代々それに仕える従者の家の娘。士狼様の側に立ちサポートをする。それが、生まれながらの役目だ。
こんなことを人に話したら、いったいどう思われるだろう。
神様の血を引くとか、妖怪と戦うとか、従者とか、まるっきりファンタジーな話だ。頭がおかしいと笑われるかもしれない。
だけど、先程までの士狼様のお姿を目の当たりにしたら、きっと笑っていられなくなる。
人が狼へ、狼が人へと姿を変える。この現実の前には、常識なんて何の役にも立たない。
これも、士狼様の持つ、神の血のなせる技。
だけど士狼様は、この力を決して良く思ってはいなかった。苦しんでいると言っていい。
「くそっ。いつもいつも、俺の意思とは無関係に変身しやがる。こんな姿、誰にも見せたくないのに」
美しい顔を歪めながら、自らの体を隠すようにうずくまる士狼様。それを見て、キュッと胸が締め付けられる。
士狼様は、一族の中の誰よりも強い力を持っていた。そして強すぎる故に、その力を制御することができなかった。
その結果、今回みたいに、なんの前触れもなく変身してしまうことがある。
士狼様は、それを人に知られるのを、誰かに見られるのを、極端に恐れていた。見られたら、みんなが自分を見る目が変わってしまうというのがわかっていたから。
だから今回も、変身してしまうとわかったとたん、一目散にこの場所へと逃げ込んだ。
ここなら誰もいないから。今の自分の姿を、人に見せずにすむから。
私は、そんな士狼様の心を、なんとか癒してあげたかった。それは、私が従者だからじゃない。私自身が、士狼様の苦しむところを見たくなかったから。
「士狼様。私は、何があっても士狼様の味方です。たとえどんな姿を見ても、絶対に変わりません」
「咲夜……」
少しだけ顔を上げた士狼様を私は真っ直ぐに見つめた。今の言葉に、決して嘘偽りは無いのだと示すように、一切目線をそらすことなく、真っ直ぐにだ。
そんな私を見て、士狼様が叫んだ。
「見なくていい! 見なくていいから、さっさと服をよこせーっ!」
火が出るくらい顔を真っ赤にしながら叫ぶ士狼様は、一糸まとわぬ生まれたままの姿だった。
「はっ、はい。ただいま!」
当たり前だけど、人間の服ってのは狼が着るようには作られてない。士狼様が狼に変身したその瞬間、骨格の違いから、それまで着ていた服はぐちゃぐちゃになり、強制的にずり落ちる。
それを全部拾って逃げるだけの余裕があったらいいけど、そうでない場合は、服をその場において逃げ出すしかない。人間の姿に戻った後、何も着るものがないとわかっていたとしてもだ。
そして士狼様が走り去った後、そこにはぐちゃぐちゃになった衣服だけが残される。
「狼になるのは百歩譲ってまだいい! けど神の力なんてファンタジーなもので変身するなら、服だってパッと出たり消えたりするくらいしろよな!」
「まあまあ。そういう時のために、私がいるんじゃないですか」
神の力に文句を言いながら、私の持ってきた服をいそいそと着る士狼様。
従者である私の務めは、士狼様が変身しかかっているとわかった瞬間、周りの人の目を他の方へとそらすこと。
そして、ぐちゃぐちゃに脱ぎ散らかされた士狼様の服を素早く回収し、こうしてお届けすることだ。
「服、ちゃんと畳んでおきましたよ」
「別にぐちゃぐちゃのままでもいい! 脱ぎたての下着なんて畳まれたら、いたたまれなくなるだろ! 特に、その……ズボンの中に入ってたアレとか」
さらに恥ずかしがる士狼様。
ズボンの中に入ってるって、それってパ……いえ、士狼様がわざわざぼかしたのです。ハッキリ言わなくてもいいでしょう。
ですが私がそれを畳むのにも、ちゃんとした理由があるのです。
「だって、ちゃんとあるかどうか確かめないと。もしも脱いだ瞬間何かの弾みでズボンからこぼれ落ちてたらどうするのですか?」
「それは、確かに……」
「それより早く着替えないと。万が一誰かが来たらどうするんですか。特に女子なら、大変なことになりますよ」
「そ、そうだな」
いそいそと着替え始める士狼様。
本当に、こんなお姿、女子が見たら大変です。
なにしろ士狼様は、この世のものとは思えないくらいの麗しきお方。当然女子からの人気も凄まじく、我こそがお近づきになるのだと、裏では日々熾烈な争いが繰り広げられています。もっとも、私が全員返り討ちにしていますけど。
そんな士狼様のあられもない姿など、女子が見たらきっと鼻血を吹き出して倒れるか、彼女たちの方が狼になってしまいます。
あっ。ちなみに私は、他の女子達とは違いますよ。士狼様のどんなお姿を見ても動じないように、普段からあーんな姿やこーんな姿を、妄想して、妄想して、妄想しまくって鍛えてますから。
もちろん、生でお着替えする士狼様の魅力には敵いませんけど。
こんなのを間近で見られるなんて、役得です! 従者の家に生まれたことに感謝です!
「士狼様、ご安心ください。何があっても、あなたの身はこの咲夜がお守りしますから!」
「いいからこっち向くな! まだ着替え中だーっ!」
神の力を受け継ぐ、麗しき我が主様。彼をお守りするため、従者の奮闘は続きます。
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