もし貴方がこれを読んでいるなら、もう地球は手遅れです。

路肩のロカンタン

ガーガガピガ……ガガガ…ピガ…ガガガガ

 昔、旧帝テレビTOKIOで放送されてた伝説の深夜アニメ……

人造少女アンディー・ガールみどり〜地球あやうし! 怪獣トリステロンの脅威〜」

 って知ってる?


 知るわけないよね。

 地球ここの小さな島国でしか放送されなかった、極一部のマニアしか知らない作品だし。

 

 まあストーリーは単純なもんで、とある平凡な女子高生みどりが実は政府が開発した人造人間アンドロイドで、火星から次々と送られてくる銀色のタコみたいなクローン怪獣、トリステロン相手に無双するっていう、愚にもつかない駄作だよ。

 そん時ちょうど地球は戦時中で、一般人が視聴出来る媒体メディアはどこもかしこも、こんな感じで宣伝戦略プロパガってたからさ。


 でもこのアニメが伝説的だったのは……

 毎話登場する怪獣トリステロンの侵略方法に、そん時のX星軍が地球に送り込んでいた実際の模造人間シミュラントの諜報員や、地球こっちでの破壊活動や情報工作活動の全容を、陸軍スクールNAKANOのエージェントたちが突き止めて、国民に秘密裏に喧伝アナウンスしていたところなんだよ!

 トリステロンの身体はスライムのように変幻自在で、地球上の大体の有機生命体には擬態出来る設定だったからね。

 そんで当時、地球の当該島国ニッポンでは、娯楽チャンネルが4chひとつしかなくて、これはプライム・タイムに流れてた唯一の全年齢対象番組だったから。



 ……え?

 んな事より、お前誰だって?


 

 ごめんごめん。

 こうして皆の脳内に直接語りかけてんのは、訳あって今、大変な事になってるから。マジの緊急事態宣だからさ、うん。

 一応、駄目だった時のために多国籍自動手記装置マルチリンガル・オートライターはオンにしてるけど、古いやつだし、ちゃんと動くかは分かんない。私に使えるかどうかも……

 それにそっちの惑星に、文字を読む文化があるかすら分からない。でも一応、バックアップは取っとかないと。

 そのうちこの手紙は瓶に詰めて、宇宙の大海に流されることになると思う。



 ……え?

 んな事より、どうやって脳内に直接語り掛けてるんだって?



 そりゃもう、私は地球の神だから。

 イエスとでもヤハウェとでも何とでも呼んで。愛の法アガペーでも不変の教えトーラでも何とでもね。グノーシス派でもエッセネ派でも何でもいいわ。

 とにかく、地球人類が生まれてから約20万年の間、紫外線と放射線で馬鹿になった頭で必死になって捻り出した、全ての神と、神の教えや概念の総合体。

 それがあたし。

 オーケー?


 でもそんな神の神聖はもう、相当ヤバいとこまできてるみたい。てかもう本当に、「これ」が届いてるかどうかも怪しい。今現在、地球はX星軍の侵略を受けて息も絶え絶えな状態だから。

 それに私は基本的に人間に対しては、何もしてやれることはない。問いかけられても沈黙を保つだけ。神聖は個々の信じる者たち自身が紡ぎ出してゆくもの。

 それが聖なるヴェール。

 

 そのヴェールをX星軍が破って、この地球を凌辱し尽くしてしまうことは既に、有史以前から現在に至るまで全て記されていた。

 20世紀中盤、地中海沿岸のとある晴れた日の朝、ビーチに埋もれていたのを発見された、一冊の死海文書の中に。

 

 情報量が多い?

 とりあえず、話を「人造少女アンディー・ガールみどり」に戻すね。

 制作陣の座組はこんな感じ。


 ……ごめん、やっぱ省略すハショるわ。

 本気ガチで時間ない。


 まあ、とにかくそん時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった新人監督を筆頭に、スタッフは末端に至るまで業界で評価の高いクリエイターたちばかりが揃ってたの。

 そんで陸軍スクールNAKANOのエージェントの皆様がスタッフの方々を、およそこの歪な人間社会の中で考え得る全ての手法メソッドで以て交渉、もとい恫喝ないしは恐喝し、脚本および演出に「暗号」を取り入れさせた、珠玉の玉稿である初回放送の梗概シノプシスはこんな感じ。



人造少女アンディー・ガールみどり〜地球あやうし! 怪獣トリステロンの脅威〜】


【第壱話「トリステロン、襲来」】


 

 OP。

 朝寝坊したみどり、急いで家を飛び出て学校へと向かう。

 一方、親友のあかりちゃんが露出狂兼通り魔である、隣のB組クラスのイーロン君と、町の曲がり角で鉢合わせする。

 イーロン君は町一番のお金持ちで、資産家の息子。地域一体を占める権力者の一族で、物心が尽いた頃から手に入れられないものはなかった。

 そして今では、暗黒の力に支配されている。

 暗黒の力に支配されたイーロン君は、あかりちゃんを◯◯ERROR:666-自動検閲済み-しては✕✕ERROR:666-自動検閲済み-し、△△ERROR:666-自動検閲済み-したら最後には□□ERROR:666-自動検閲済み-してしまおうという、とても恐ろしい考えに取り憑かれていた。

 あかりちゃんに襲いかかるイーロン君。

 それに気付いたみどりは身を呈してあかりちゃんを庇い、イーロンを右ストレートでぶっ飛ばす。

 イーロン君は地面に倒れ込み、「てめー覚えてろ」という捨て台詞と共に、溶けてなくなる。

 地面に残る銀色の体液、よく見ると「3」と「7」の形になっている。

 昼休み、不審に思ったみどりは「3」と「7」の数字の並びについて、スマホで検索しまくる。

 それがルカの福音書(ローカルの民間伝承フォークロアの教義などを記した本みたいなやつ)の章節に対応した数字であると気付いたみどりは……

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 巨大な双頭の犬へと変形したイーロン君は、みどりへと襲いかかる。

 みどりは裏コード「37」を発動し、巨大化(何故か着ている服と共に)。

 イーロン君を再び右ストレートでぶちのめしてEDへ……



 ……どう?

 ……んで、どう?



 分かったでしょ、まんまだから。

 こんな感じで毎話、私はトリステロンに殺されそうになってた。

 神聖とは対極にある、暗黒の力を纏った外宇宙からの脅威。この世の全ての非合理的な存在が送り込んできた魔物に。

 非合理的な存在は無慈悲で、何の情動も持ち合わせていない。ただ、地球上の人間ひとりひとりに、非合理的な出来事を体験させるだけの存在。

 それは地球の人々の言葉でいうところの、悲劇となって当人に降り掛かる。

 

 私は早く、この事実を宇宙に広めてほしいの。

 暗黒の力に負けた、神の神聖を信じることを止めたが故に滅びそうになっている、このとある惑星のことを。

 

 そのためのステップに、まずはこのURLに飛んで登録して──

【https://mvpmjmjgtwkgk.jp/】


 

 ……

 ……

 ……

 ……


 

 宇宙世紀3737年3月7日、私は職員寮の部屋でひとり、机に向かってその手紙を読んでいた。

 今日はかつて母方の祖母が健在だった頃に定められた、「3」と「7」が並ぶ我が家に伝わる個人的な祭日だ。

 かつての故郷である惑星地球に古くから伝わる民間伝承フォークロアでは、それらは聖なる数字だったらしいのだ。詳しいことは知らないが、どうやら''宗教''と呼ばれる古来からの集団セラピーを記した文献に拠るものらしい。

 

 故郷にいた頃の記憶は殆どない。

 三歳の頃には既に、両親にこのコロニー型光速宇宙船「アニアーラ」に入植させられていたから。

 その数年後に地球は核戦争によって破裂パンクしてしまった。その原因も''宗教''にあるらしい。

 どうやらそれらの中には''邪宗''と呼ばれるものがあり、集団セラピーの共感作用エンパシー・エフェクトを悪用して、個々人をひたすらに破滅的な方向へと導いてしまうという、間違った用法が取られることもあったようだ。

 とりわけ顕著なのは、このように終末思想を煽るタイプのものだ。


 これは外宇宙へ向けて発信された手紙ではない。当時国内で遍く流通していた、ただのつまらない怪文書だ。

 果てなき宇宙の片隅を漂う、取るに足らない我楽多ガラクタの山に眠っていた──

 曖昧模糊とした表現の羅列で、読み手を煙に巻くような代物。

 陰謀を餌に、猜疑心を植え付ける。

 これで一人前の勘繰り野郎パラノイアが出来上がる。


 しかしきっと、いい値段は付くだろう。きっと火星のアルバシティーに住んでいる富裕層などには……近頃の彼等の興味は、失われた文明への哀悼に注がれているのだ。


「お? どうした? それはこないだの蚤の市フリマでの掘り出し物か? 確か英語ってやつだろそれ」


 気付くと背後に同僚の''45856-BR''が立っていた。

 私は手袋をはめた手で、慎重にそれをケースにしまいながら返答した。


「この前、お前んとこの婆さんたち連れて地球周りの残骸ツアー行ったろ? あん時見つかったんだよ」


「故郷だか何だか知らねえねど、地球マニアも程々にな。呪われちまうぞ。あんな星なんかに夢中になってっと」


 そう言うと''45856-BR''は自分の部屋へと戻っていった。

 

 私はぼうっとしながら、窓の外を流れる黒い海を眺めていた。

 人々の識閾下に流れる集合的無意識に、語りかけられる神聖などといった存在は、この無限の虚空が広がる宇宙空間には存在しない。

 

 何処までも広くて──

 何処までも空っぽな空間があるだけだ。


 その人が何らかの困難や悲劇を乗り越えるには、神聖の声が向こうから届くのを待つのではなく、まず最初に、自ら神聖に問いかけなければならないのだ。たとえその返答がなかったとしても。

 あるいは、罵詈雑言を浴びせるだけでもいい──

 たった一言──

くそったれFUCK YOU」と。


 それが少しでも分かっていたなら、あの星の寿命ももう少しは伸びていただろうか。

 

 私は寝支度を済ませてベッドに潜り込み、欠伸を噛み殺しながら消灯した。

 明日はエウロパでの水質資源調査の仕事がある。

 

 面倒くさい。

 ただただ、面倒くさかった。



ガーガガピガ……ガガガ…ピガ…ガガガガ

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