緑・彩・火を巡る羽根 𓆃
鳥兎子
𓄲 火 𓄴
粗き遺骨に、緑青と
許して下さいと秋空へ祈る。
それでも私は、将軍家の鷹狩り場である武蔵国葛飾郡・東小松川村からの旅立ちに、抜羽の滑らかさを連れて行く。羽箒や羽筆として売れば、暫しは暮らしていけるはず。幸い、遺された貯えもある。東海道五十三次を突き進んだものの、己の心路に惑う内は羽休めすべきか。古巣に帰れば、元の道へ引き戻されてしまうのだから。
風光明媚な松並木に沿って、相模国鎌倉郡の宿場町・
「ごめんくださ……」
ひらりと落ちる賽の目柄を拾った私は、一歩を止める。
「手拭いを落とされましたよ。……ん? 私の顔に何かついてますか? 」
客の男は、呆然と頬を染めた。咳払いをした旅籠の下女に、男は我に返る。
「新しいお客人は、随分金払いが良いのですね。公事宿でも無いのに連泊は出来ませんよ」
「
彼女の
「
毒舌らしいが、軟弱者の私を案じてくれているのか。己の右耳下で結った
「駄目男ですけど、私は鳥が好きなんです。噂をご存知なら、
清き笑みに改めると、瞳に白花を映した彼女は瞬く。
「
火の無い所に煙は立たない、と私は思う。鷹場の餌鳥達を監視する
「
「余計なお世話です、
彼は番頭なのか。藍髪を撫で付けた精悍な顔立ちの永助を、檀弓が睨む理由は色慾を嫌うからか。客の男と檀弓には悶着があったのだろう。妖しき永助は引き気味の私の肩を抱くと、煙管片手に囁いた。
「檀弓はなぁ、貴人に見染められた事がある原石なんだ。だが、裏切りで幸を失った。さぁ顔見せだと貴人と江戸へ向かう道中に
「『可哀想』なんですね……」
永助の手に嫌悪を覚え、空笑いで返した。檀弓は深く溜息をつき、目を逸らす。
「蒿雀様には関係ありません」
「さぁ、どうだかな」
永助が煙管を咥え、火種が燻る。白煙が揺蕩えば、永助に手招かれていた。案内された部屋は一階で、肩を落としてしまう。
「二階は泊まれないのですか? 鳥見をする為に眺望したいのです」
「あぁ、ちょい片付けがいるな」
「清めて参ります」
丁度、竹箒を持つ檀弓とすれ違う。だが永助は奪い取り、嗤う去り際に竹箒を振った。背をひと睨みした檀弓は板戸を開く。
「全く……勤勉なのか、怠慢な番頭なのか。暖でもとって待ちましょう」
珍しく、囲炉裏のある旅籠だったのか。一部吹き抜け天井の窓が縄で開き、梁に括られた火棚から煤焦げた鉄瓶が威丈高に下がる。御座に座れば、炉縁に黒く溶けたような跡が点々と散っていた。灰に火が与えられ、望洋と手を伸ばす。
「裾に火花が飛ぶから、囲炉裏に寄り過ぎるなと怒られたものです。檀弓さんも、幼い頃に言われませんでした? 」
白真珠の指先で火箸を置き、檀弓は睫毛を伏せた。やはり、気品は隠せない。
「私は……火が恐ろしいものだと思いませんでした。手の内で、香と共に小さく嗜むものでしたから。
「熱き灰は神楽も踊る。巣立ちを見る事が出来れば、至極の幸でしょうね」
「火鳥が現世に孵る事はありません。己の死灰を清める為に、聞香炉の縁を
煌々と朱色を吸い込んだ飴色の瞳は、真っ直ぐに私を映す。鳥をも殺せぬ、なまくらの心臓を晒された気がした。踏み入るならば、巣を壊してしまう覚悟もすべきだ。
「緑の野で生かすべきなのは、分かっています。それでも私は知りたい。金朱の鷺は、巣の中の輪廻を本当に望んでいるのでしょうか? 留鳥では無く、四季に飛べる漂鳥になれるかもしれないのに。それに……現世へ羽ばたける
金子で羽ばたくのは、星に片目を瞑った私。小稼ぎの好機だと扇のように各種広げれば、檀弓は吹き出した。
「可笑しな人ですね。では、この
微笑みは、夢路に余韻を残す。二階で目が覚めた朝に、私は廊下を歩む。檀弓が高貴な出を偽るのは……安寧を望んでいるからか、誰かに捕らわれているからか?
予感に顔を上げれば、朝陽が差す。障子透ける虫籠窓は、両翼を丸く掲げた丸紋を朝陽で、彼女を逆光で浮かび上げた。漆喰職人技の賜物か。
「檀弓さ……」
朝陽の翼を背負う檀弓は、驚愕に振り向く。耳下で、櫛巻に纏めようとしていたのだろう。耽美を
「
清き
「色花咲く飯盛旅籠へのご案内が必要でしたら、何時でも」
「なななっ、決してそんなつもりでは!」
目を逸らすも、金朱の櫛ごと抑えた鼓動は止まない。寧ろ荒く波立つ。
「白木蓮のように麗しい蒿雀様の
「私が……白木蓮? 」
「ええ、初見では女と見紛いました。柔和な物腰で、色を売る方が向いているんじゃありません?」
檀弓は皮肉に言ったつもりだろうが、一縷の希望を視てしまう。無知で軟派な男を演じれば、私の望みは叶うだろうか?
「冗談でも、駄目なのです」
鳥は触れたくなってしまうから。逃げ出した私は、檀弓に金朱の櫛を返すことが出来なかった。
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