第29話 陽香さんとプレイ その2
ゲームの腕前に自信満々な陽香さんは、実際超強かった。
「また私が一位ね」
ふふん、と得意気に鼻を鳴らす陽香さん。
コンピュータキャラを交えたレースバトルで、陽香さんは連戦連勝だった。
僕は中位グループを維持するので精一杯。力の差を見せつけられたかたちだ。
当初陽香さんが言っていたように、僕を直接ボコボコにする意図は特になかったらしく、相手を邪魔するアイテムを使う時でも、僕が操作するキャラは避けてくれていた。
なんて優しいのだろう……。
「いやぁ、陽香さんは強いですね」
「あなた、それでいいの? へらへらして。一度も一位になれてないじゃない。優勝してみたいとは思わないの?」
「いえ、僕は自分が一位を取るより、陽香さんに楽しんでくれればそれでいいと考えていたので。だから今日は大満足ですよ」
「……ふん、あなたがそれでいいならいいけど」
陽香さんはうつむき、特に操作する目的なく十字キーをカチカチ指で押す。
「なんだか河井くんといると、たまに私よりあなたの方が大人に思える時があって落ち込むわ」
「えっ、お、落ち込んじゃうんですか!?」
それはマズい。
陽香さんを暗い気分にさせてしまったら、抜きフレとしての役目を果たせていないことになってしまう。
「ど、どうすればいいですかね!? そうだ、今から赤ちゃんプレイをしてくれませんか!? 僕が赤ちゃん役をやって陽香さんのおっぱいに吸い付きますので!」
「あなたは何を言ってるの」
「だってそうすれば、陽香さんは疑いようなく大人ですから!」
「そこまでしないと大人になれないようなら、何もしてくれない方がずっとマシよ」
「そ、それもそうですね……すみません、暴走しちゃいました」
恥ずかしさで体中が熱くなってきた。背中が汗でじっとりしてきちゃったぞ。
今はこうして部屋に上げてくれているけれど、あんまり変なことを言い続けたら出禁を言い渡されてしまうかもしれない。それは困る。
「赤ちゃんプレイ……する?」
耳がバグったかと思った。
あの陽香さんが、僕の妄言に付き合ってくれるわけがないのだから。
「陽香さん、ごめんなさい。僕は耳がおかしくなってしまったみたいです。いえ、普段の妄想がすぎるあまり幻聴がしてしまったのかも」
「あなたがしたくないならそれでいいわ」
「えっ、マジで言ってたんですか?」
「やっぱやめる。何も言ってないから。忘れて」
「忘れません。僕は陽香さんの言葉なら一言一句違わず思い出すことができますから」
「気持ち悪いわねえ……」
ゴミムシを見るような視線を送ってきつつ、陽香さんはコントローラーをカーペットの上に置くと、一度座布団から立ち上がり、足を組み替えて正座をした。
「胸を触らせるわけにはいかないけれど、膝枕で甘えることくらいはさせてあげるわ」
「それって普通『私との勝負に勝ったらいいわよ』とか言って始まるタイプのドキドキソフトえっちイベントじゃないですか? 僕、連戦連敗ですよ?」
「これでも、あなたにはお世話になってるから。それとも、初めては私なんかよりも若い同級生の方がいいのかしら?」
「いいえ! そんなことはありません! 陽香さんこそ僕にとって極上のお膝の持ち主です!」
陽香さんの気が変わらないうちに!
僕は手にしていたコントローラーを投げ出してお膝にヘッドスライディングをする勢いで飛び込む。
「ああ、耳かき以来久しぶりの陽香さんの腿の感触……! あの時はこんな幸福もう二度と訪れないと思ってましたけど、夢って叶うんですね! 願い続ければ!」
「ずいぶん気味の悪い願掛けをしていたのね」
疲労を感じたみたいにため息をつく陽香さんだが、僕の頭を優しく撫でてくれる。
「陽香さん、おっぱいを触れないなら、僕はいったいどこを触って赤ちゃんになればいいんですか?」
「地獄みたいな質問ね。そうね……腰のところ?」
真面目に答えてくれる陽香さん。
腰……か。おっぱいの代わりとして触れてもいいということは、もしかして陽香さんの腰はふよんふよんしていて柔らかいってこと? パンツに腰回りのお肉がちょっと乗って男子的にはとってもグッと来る、あの感じになっているということだろうか?
「わかりました。触らせていただきますね!」
知的好奇心で満たされた僕は、陽香さん研究の第一人者としてのアカデミックな欲求を抑えきれず、腰のあたりにそっと手を添える。
ふよん、とした、優しさすら感じる肉の感触に感動を覚えてしまう。
「おお、これは……」
そっと摘んでくにくにしてみると、その柔らかさと連動して僕の心まで柔らかくほぐれていくような気がした。
癒やし効果がある、腰の肉。
いや、陽香さんそのものが僕にとって癒やしなのかもしれない。
「このままちぎって持ち帰ることができたら……」
「怖いこと言わないでくれる?」
「いやぁ、クセになってしまうくらいいい感触なので」
「……こんなもので喜ぶなんて、男ってもしかしてバカなのかしら?」
「僕が男性を代表してしまうのは申し訳ないですが、まあ、男なんて一皮むけば今の僕と大差ありませんよ」
「そ、そう。そういうものなのね……」
交際経験がないらしい陽香さんが僕の口車に乗ってしまう。
「でも、おかげでだんだん自分が立派な人間に思えてきたわ。少なくとも私は、あなたみたいに異性の腰のお肉に触れて喜ぶようなことはしないもの。どこからどう見ても、バカみたいじゃない」
「今はそう言っていられますけどね、好きな人ができたら陽香さんもバカになってしまうんですよ」
「なるわけないでしょうが」
「ひっ。そ、そうですよね……」
思わぬ陽香さんの迫力に尻込みしてしまう僕。余計なことを言わないようにしよう。この幸せな時間を強制終了させられてしまう。
僕はおっかなびっくりながら、新たなフェイズに入ろうとする。
目前にあるお腹に向けて、鼻先を押し付けるようにして顔をくっつけたのだ。
陽香さんは、やめろとは言わなかったし、身を捩って避けることもしない。
鼻先で感じる陽香さんのお腹は柔らかかった。
太っているわけではなく、ゴツゴツと硬い男性の体とは違うから余計に柔らかく感じるのだろう。
そしてこの暖かさ、落ち着く。
今日の陽香さんは薄着なだけに、より肌に近い感触がしてしまった。
「今度はどうしたの?」
「陽香さんのお腹の感触にやみつきになっています」
「もう気持ち悪いを言うのも疲れたからあれこれ言う気はないけれど、あまり耳を澄ませないでくれる? 仕事しながら夕食を済ませて間もないから……」
「そういえばこの前はお腹を鳴らせてしまいましたもんね」
「うるさい。あれは忘れなさい」
「恥ずかしがることないのに。陽香さんがちゃんと生きてる証拠なんですから」
「だからって人のお腹に鼻がめり込むくらい顔近づけなくていいでしょ」
「陽香さんのお腹って僕の胎内回帰願望を刺激してくるんですよね~」
「あなたを宿したことは一度たりともないし、産むつもりもないわ……」
陽香さんに呆れられてしまうのだが。
「でも、僕は陽香さんの推しのコウヘイくんに似てるんですよね? だったら、陽香さんから僕が産まれるのは、推しのコウヘイくんを陽香さんが産むということになりませんか?」
「……私が、コウヘイくんの……ママになる?」
横目でちらりと視線を向けると、陽香さんは頬を両手に当てて顔を真っ赤っ赤にしていた。
「そ、それって、産まれた瞬間からコウヘイくんの人生に寄り添えちゃうってこと!? スピンオフのコミカライズでコウヘイくんの中学時代のお話はあったけれど、赤ちゃん時代の話は公式のどこにも存在しないわ! お、推しと一生を添い遂げられるなんて、最強の幸福じゃないの!」
「重い母親になりそうですねえ……」
「ねえ、河井くん。よければ私のナカに……入ってきてくれないかしら?」
「結局陽香さんまでバカになっちゃったじゃないですか。あ~あ」
僕のせいとはいえ、陽香さんはすっかり自分の妄想にお熱だ。流石、大学時代に二次創作小説に熱中していただけある。
幸せそうな陽香さんは、デレデレしながら体をメトロノームみたいにゆらゆらしている。
陽香さんはリアル男子に恋愛していなくても、推しのコウヘイくんには大恋愛をしていて、ご覧の通りバカになってしまっている。
まあこれはこれで、幸せなことなのかもしれない。
無趣味な僕では、楽しそうな陽香さんを咎めることはできなかった。
しばらく陽香さんに好きに妄想させておくことにして、せっかくなのでお腹の感触を心ゆくまで味わい、こっそり指でつんつん突いていた。
やがて、陽香さんの腿やお腹の感触や体温や、ほのかに香る甘い体臭のせいですっかりリラックスモードになった僕は、そのまま微睡んでしまうのだった。
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