第27話 苦手な体育

 体育館での、体育の時間。

 体育は、二クラス合同で、二時間ぶち抜きで行われる。


 正直言って、体育は苦手だ。

 柔道を経験していたから、決して運動が苦手なわけではないのだけれど、球技みたいな敏捷性やセンスが必要なスポーツは不得意なのだ。


 そんな体育の授業がきっかけで、良いことがあった。

 体育の悪しき伝統である二人一組の儀で強制的にペアを組まされたことで、なんと僕に話し相手ができてしまった。


「今日はバスケだってよ。やってられねーよなぁ」


 困った顔で話しかけてくる彼。

 三吉みつよしは、合同の体育でだけ一緒になる男子だ。

 ちょっと世を拗ねたような印象があるが、話してみると嫌な感じはなく、接しやすい男だった。


「バスケってさ、コートにいる人数少ねえだろ? サボったらすぐわかっちまうんだよ~」


 僕と同じくクラスではぼっちらしいのだが、文化系の部活に入っているから、他クラスにちゃんと友達がいて、仲良くしている先輩までいるのが僕とは違うところだ。


「そうだね。人数が多いスポーツだったら、隅っこにいれば時間が過ぎるまでやりすごせるしね」


 話すのは体育の時間限定だけれど、校内で雑談ができる相手は貴重だったから、僕も積極的に話すようにしていた。


 これが隣のクラス同士なら、休み時間中も話しに行けるのだけれど、あいにく合同で体育をするクラスは隣のクラス同士とは限らず、僕らは西と東で別々の校舎に教室がある者同士だった。


 準備運動のストレッチをしながら、僕は三吉との会話を続ける。


「そういえば河井、スイッチ買ったんだって?」


「うん。今までバイト代は貯めるだけだったから。何か遊べそうなものでも買おうと思って」


「ソフトは何買った?」


「なんか、レースするやつ」


「すまん。お前のことだから、てっきり一人でプレイできるゲーム買ったのかと思った」


「いや、合ってるよ。一人でするつもりだから。人気作らしいから買っただけで、誰かとやりたくて選んだわけじゃないんだ」


 三吉を友達としてカウントしていないかのような冷たい言い方だけど、三吉は放課後を過ごす相手には不自由していないのだ。僕のゲームライフには付き合ってくれないだろう。


 それでも構ってくれる三吉に、僕はウソをついてしまっていた。

 僕がそのソフトを選んだのは、二人でプレイできるからなのだから。


 すまない、三吉……。

 そんな時だ。


 体育館の重たい扉がガラリと開いて、一人のスーパー美人が入ってくる。

 艷やかな黒髪に、ぴしっと着こなしたスーツに、所作は優雅で歩き方にも品がある。


 陽香さんだ。


 うちの学校の体育館は、東校舎と西校舎の中継地点みたいな位置にあるから、特に用事がなくてもここを通らないといけない。


 きっとこれから、東校舎で現国の授業をしに行くのだろう。


 すると、一部の男子が湧いた。

 他クラスの陽キャたちだ。


 陽香さんの女帝っぷりを知らないから、ただの美人にしか見えず、無邪気にはしゃいでいるのだろう。「うちの学校の美人教師」ということで、陽キャたちの雑談の中では何度も話題に上がり、中には卑猥で下劣な妄想や欲望を恥ずかしげもなく開陳する連中までいた。


 許しがたいゲスな連中に鉄拳制裁を下したい気持ちはあったけれど、僕と陽香さんの事情を勘ぐられることを恐れて、実行に移すことはできなかった。


 別に僕だって年頃だから、陽香さんで邪な妄想をすることはあるけどさ、それを他のみんなに公開する気はなかった。その辺が僕と連中の違いである。


氷屋間ひやま先生、美人だよなぁ」


「おい、三吉までそれを言うのか……」


「なんだよ、裏切り者みたいな目で見るなよな。俺だって美人教師にはちゃんと興味あるって。連中みたいに氷屋間先生であれしたいこれしたいとは言わねえけどさ。ああでも、なんかすごい怖い先生なんだっけ? お前、前に言ってたよな?」


「そうだよ。怖いんだよ。だからあまり変なこと言うなよ」


「河井、氷屋間先生のことになると熱くなるよなぁ」


「別に普通だけど?」


「案外お前も、氷屋間先生のこと好きだったり?」


「くそっ、誰それが好きとか嫌いとか、陽キャみたいなこと言って!」


「好みの女の話なんて、陰陽関係なくするって」


「…………えっ? するの?」


 なんかもう反論できなかった。

 これが、教室という社会でコミュニケーションを取れずに断絶しているぼっちの末路か……。


「ああ。部室でよく議論になる」


「なにやってるんだよ。ちゃんと部活しろ」


「なんだよ、部員同士のコミュニケーションだって部活の一環だろうが。まあ、その時も話題になるんだけど、確かにお前の言う通り、氷屋間先生ってツンとしてて怖そうだよな。でも、誰も寄せ付けない孤高の女ってところに魅力に感じるヤツもいるみたいだぜ」


「怖くないよ、むしろ可愛いところの方が多いんだから」


 言ってから、しまった、と思う。

 これじゃ、僕が陽香さんとプライベートで交流があることを匂わせているようなものじゃないか。


河井かわい


 三吉の生暖かい視線が刺さる。


「わかるぞ。近寄りがたい憧れの美人教師にも親しみやすいところがある。そう思いたいよな」


 どうやら僕がぼっち過ぎるせいで、陽香さんと付き合いがあるイメージが湧かないらしい。


 高嶺の花に都合のいい設定を付け足しているイタいやつと思われちゃったみたい。

 まあ、陽香さんとのシークレットな関係がバレずに済んだのは助かったといえばそうなのだけど、なんだか複雑だ……。

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