第2話 女帝の教室
その後。
本格的に高校生活が始まり、同年代のみんなが思い思いの青春を過ごす中、僕のクラスは氷屋間先生にすっかり調教されてしまった。
その様子はこんな感じである。
朝。
涼しい顔で教室に現れた氷屋間先生は、僕たちを起立させた。
「復唱なさい」
手にした教鞭を鞭のようにしならせて、教卓をべしっと叩いた先生は、鋭い口調で、こう口にする。
「一つ、教室の最高指導者である氷屋間陽香の言葉は絶対であり、生徒はこれを遵守することに命を懸ける」
「「一つ、教室の最高指導者である氷屋間陽香の言葉は絶対であり、生徒はこれを遵守することに命を懸ける!」」
先生に続いて、気合の入った大合唱をする僕ら。
もちろん、好きで口にしているわけじゃない。
少しでも口ごもったり、声が小さかったりすると、粛清、とつぶやきながら放課後特別教室へ呼ばれ、口にするのも恐ろしい指導を受けることになるらしいから必死なのだ。らしい、というのは、僕は未だそこで何が行われているか知らないからである。
「二つ、氷屋間陽香が指導するこの教室では、暴力、争い、妬みや嫉み、その他諸々の悪しき感情は徹底して排するべきであり、これらを表にする者が現れれば、最高指導者氷屋間を含めた生徒総出で粛清に当たらなければいけない」
で、またも復唱する僕ら。
他にも物騒な文言を復唱させられる。
その間、先生は後ろで手を組んで、僕らを一人ひとり監視しながら教室中を回った。
これは、先生が考えたらしい『氷屋間教室鉄の掟五箇条』だ。まだ他に3つもあるんだよね。うんざりするだろうからこれ以上は言わないけど。
充実した学校生活を送るために生徒の胸に刻んでおいてほしい言葉だから、という名目で毎朝復唱させられるのだが、正直なところ悪質な洗脳にしか思えない。
僕は疲弊していた。
毎日こんなことやらせられるのかよ~、って。
でも、直接抗議することなんてできやしない。
僕以外のクラスメイトも同じ気持ちだったようで、死んだ目をして抵抗を諦めていた。
けれど、ストレスフルな環境になればなるほど反発する力を増す人はいるようだ。
圧政を敷く支配者に反抗しようというクラスメイトが現れた。
教師とはいえ、相手は女性。そして、腕っぷしが強そうには見えない。
そんな、パッと見の印象だけで勝機を見出したのだろう。
「先生! オレもう耐えられねえよ! こんなこと毎日やらされて、何の意味があるんだ!」
とある男子が、席を立ち上がって叫んだ。
確かサッカー部の部員で、体育会系らしく活発そうな見た目が特徴的だった。
きっと、氷屋間先生のクラスじゃなかったら、スクールカースト最上位の存在として、誰に邪魔されることなくまっとうな青春を謳歌していたはずだ。
「不満でもあるのかしら?」
腕っぷしの強そうな男子がいきり立つのを前にしても、先生は一切動じていない。
視線は一直線で男子生徒へ向かっていて、一切そらす気配はない。
据わった瞳は、たとえ反社会的バイオレンスな組の方が相手だろうと裸足で逃げ出しそうなくらい迫力があった。
「いや、オレは……」
あっという間に気圧される男子。
気持ちはわかる。
遠巻きに見ているだけの僕ですら、ちょっと脚が震えてしまっているくらいなのだから。
「私の指導に、文句でもあるの?」
そのまま先生は、男子生徒のもとへ距離を詰めていく。
「うう……」
こうなったらいくら腕っぷしが強かろうと、蛇に睨まれたカエルである。
先生は長身だけれど、あくまで女子の中での長身なので、ガタイのいい男子生徒と向かい合えば身長差がある。
それでも男子生徒は気合負けし、まるで失神するようにその場に崩れ落ちてしまった。
「情けない。それでもうちのクラスの生徒かしら。……誰か、この愚か者を保健室に放り込んでおきなさい」
男子生徒の友達であろう男子がおっかなびっくり寄ってきて、彼に肩を貸す。
僕は黙って見ていた。
ふと、先生と視線が合ったような気がして、慌てて目をそらす。
善良で気弱な僕は、女帝に対抗できるような力なんて何一つ持っていないのだ。
僕にヒーローや主人公役はまったくもって似つかわしくないのである。
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