最上のの花の置手紙

指爪のの香

最上のの花の置き手紙

山上優作様、あなたの名前をみると、今もまだ心がときめいてしまう私がいます。あなたからのメッセージが来るまで不安で、期待して、返信がくると不安が安心にかわる日々を一年と少しばかり続けてきました。でも、そんな気持ちももう終わりにしようと思います。

要は、疲れてしまったのです。胸を躍らせるのも、悲しむのも、もう終わりにしたいのです。

ここから先は長くなります。飽きっぽいあなたなので、ここで読み終えても構いません。ここから先は、私のひとりごとです。


あなたに出会ったのは、私が大学4年の6月の末でした。大学生だった私たちは、ある授業で席が前後になったことで出会いましたね。あなたは、一つ下の大学三年生で、いわゆるイケメンではないけれど、高い背丈に、少し寝ぐせ交じりの髪形で、私の前に現れました。はじめて話した言葉は、、、ごめんなさい。覚えていませんが、あなたが現れたときに、景色がスローモーションになったことを覚えています。教室の話声、学生の足音、青くなった葉っぱたちも消えてしまい、あなただけがゆっくりと私のほうに歩いていくように感じました。

私はこっそりあなたの後ろに座って、あなたを見つめていました。計画的な運命を創出しました。

あなたは誰にでも微笑みかけるいわゆる「陽キャ」な男子で、私にもなぜか話しかけてくれました。私は緊張して、そこから先に何を話したか、どうしてあなたの連絡先をもらったのか覚えていません。きっと、私のひとめぼれだったのでしょう。ろくな恋愛をしたことのない私は、このときめきを絶対に大切にしようと、そのときひっそりと決意しました。

そこからその授業はあなたと隣同士で受けることが多くなりました。あなたはいつも甘ったるそうなカフェオレを飲んでいて、ブラックコーヒーしか飲まない私はこっそり同じカフェオレを買って、偶然を装ったり、いつでもあなたに誘われても大丈夫なようにわざと授業の後に予定もいれませんでした。バレバレなウソだったら恥ずかしいですね。

でもあなたがいつだかか、大学の近くの居酒屋に、私を誘ってくれました。私もお酒は弱くない方なので、一番種類の多い飲み放題を頼んで、並びのカウンター席に通され、胸の高鳴りをお酒でかき消しながらあなたとの初めての二人の時間を楽しみました。あなたは、一人で日本酒を飲むし、知らない間にウイスキーのストレートを飲むし、変わった人だと思いました。でもあなたと色々な話をして、安直だけど、ただすごく楽しかったのです。大学生の飲み会や、男女のいやらしい飲み会のようなものじゃなくて、片手にお酒を持ちながら、私の話を目を見ながら、笑いながら聞いてくれたあなたに、完全に落ちてしまいました。

あなたの家は、私の一駅先で、私を送った後に、さっきとは打って変わって、千鳥足で帰っていったあなたの後ろ姿もしっかりと覚えています。

「ゆうさくくん、またね」とこっそりと言いました。今思えば、私はその状況、空間にも酔っていました。


そこからお付き合いするまでは非常に短かったです。イオンの下のラーメン屋に二人でママチャリでいったこと。夏の夜の冷たい川に二人で入ってびしょびしょになりながら入ったこと。あなたの好きな競馬に半ば強引に連れていかれて夏バテしたこと。二人で私の家で豚だけの焼き肉をしたこと。

全部全部楽しかったね。

その瞬間はまるで、私たちを中心に世界は回っているようでした。そんなことをしていたら、いつの間にか付き合ってるの?と周囲から言われるようになり、いつのまにか付き合っている、と私たちの中でも自覚するようになりました。

きっと知っていると思うけど、私はいままでまともな恋愛をしたことがありません。誰かの好意を知っても逃げ、自分の好きを誰かに押し付け、でも寂しくて体だけの関係を複数人と続けるような女でした。そんな私を受け止め、真人間にしてくれたのは、間違えなくあなたです。


その年の冬、二人で卒業旅行に行きました。札幌にいきましたね。あなたは

「来年は海外に行きたいね。」と言いました。来年もあってよかった。と思いました。私は今年大学を卒業して社会人になり、あなたは最後の大学生生活です。来年はどうなっているのか不安だった私は、何も疑うことなくそういうあなたにどこか救われました。

3月になると私は大学を卒業し、あなたは花屋のお姉さんが作ってくれた、とピンクと赤のお花だらけの花束を私にくれました。女の子の好みも最近の流行りも何も知らないあなただから、ちょっと古風な花束だったけど、すごくうれしくて、私はその花束と写真を撮ってほしいと何度もせがみました。


春休みは過ぎ去り、私は社会人になりました。

朝の満員電車に、慣れない仕事内容、数字主義の風潮に私は疲れ果て、毎日毎日ぼろぼろになりながら、家で泣いていました。反対にあなたは、大学生活が楽しそうで、わかっていても当たってしまうことも多々ありました。そのときにあなたはいつも変なアドバイスをするのです。「自分を大事にしろ」と。

私はそのとき、あなたと私は違う人間であることをまざまざと見せつけられました。

思えばあなたはお父さんとお母さんの揃う家庭の一人息子で、大事に大事に育てられた一人息子です。自己肯定感も高く、愛されることに慣れている人です。私は、両親は離婚し、その後母親に育てられ、奨学金を借りて、ぎりぎり大学も行けたような人間です。両親の離婚を目の前で見た私は、愛を信じず、自分の存在意義を母親にして生きてきた人間です。母親の依存的な愛を受けて、どこか欠けた人間になってしまっていたのです。自分のための生き方を知らない私は、あなたの発するアドバイスの意味も分からず、あなたとの根本的な差に嫉妬し、私だけしかわからない嫌悪をあなたに持つようになってしまいました。


ことなくして私は「適応障害」になり、休職を余儀なくされました。

あなたは家から少し離れた病院を電話で予約してくれましたね。でも、私はどうしても行く気になれずに、病院をドタキャンしてしまいました。その時のあなたの怒った顔は忘れられません。私のために行ってくれる言葉が、すべて「お前のために予約してやったのにないがしろにしているのか」と聞こえてしまいました。あなたが起こるのが怖くて、なんとかその後病院に行きましたが、適応障害と診断され、私は今までの体や心の異変と答え合わせをするように、自分が精神障害者であると自覚し、ひどくふさぎ込んでしまいました。一日中家にいて、電気もつけず、ご飯も食べず、心臓だけ動いているような状態でした。あなたは一生懸命私の家に来てくれたけど、あなたの近況を聞くのも辛くて、幾度も自分の心の弱さを恨みました。もっと私が強かったら、あなたの友達との話も楽しく聞けるのに、もっと私が強かったら、私もあなたと同じようにどこに行ったとか、誰とあったとか話せるのになんて思いました。あなたに会うのはつらかったけれど、会えない方がつらくて、会えない夜はお酒に逃げました。500㎖の一番安い発泡酒を飲むときだけは、ふわふわとすべてから逃げられるような気持がしていました。

でも、こんな生活を続けている私を見て、あなたは外に連れ出そうとしてくれるようになりました。でも、どこかに行くたびに、社会から逃げた私が楽しんでいいのか、という罪悪感で押しつぶされて、泣いてしまって、何度もあなたを困らせましたね。ごめんなさい。何度も「私と一緒にいて楽しい?」と聞く私にはさぞかしうんざりしたでしょう。そこからか、あなたはだんだんと家に来てくれなくなりました。もちろん浮気を疑ったりもしましたが、ケータイを見る元気など当時の私にはありませんでした。


私は休職を一か月ほどした後に、大学生のときのバイト先のつてで、こっそりとアルバイトを始めました。体に染みついた業務をする中で、人に褒められ、人に求められ、少しずつ社会との距離を埋まっていくような気がして私はだんだんと昔の私にもどろうとしていました。

そうしていくと、あなたの存在がどこか小さくなっていきました。一人で夜を過ごす日も泣かずに眠れるようになりました。気心の知れた友達とは遊びに行けるようになりました。友達は暖かく、「ゆっくり赴くままに休んで」と声をかけてくれました。そこで私は、自分がいかに真面目すぎたのか、いままで不要な頑張りをしすぎていたのかを実感しました。そして、そんな私をみて、少しバツの悪そうなあなたに不信感を抱くようになりました。あなたはきっと私に正社員として早く社会に復帰してほしかったのでしょう。遠回しに転職サイトのアンケートに答えさせたり、私に合う仕事を探していたりしていましたね。酒浸りになっていた日々よりも、精神的な余裕ができていた私は、次の仕事をしてみよう、とは思っていましたが、まだ気持ちをそこまで持っていくことができませんでした。


あなたは先日「働いてほしい」と私に言いましたね。私は、あなたにその言葉をいわれてすごくショックでした。私を一番そばで見ていたあなたが、私に発した答えがそれなのか、と。

あなたは大学生で社会にも出ていない若造のくせに、私の何がわかるのか、と怒りにもなりました。でも、私はあなたを離すことが何よりも怖く、職探しを少しずつ始めました。完全な言いなりだったと思います。

あなたの愛を私にずっとそそいでほしくて、治りたての心に鞭を打って、転職サイトを眺めていました。そこで出てくるのは、依然と似通った仕事ばかりで、なかなか応募まで手が進みません。やりたいことも、やれることもない私が、一日8時間も仕事をするなんて到底無理なのです。でもなんとか働かなければと奮い立たせて、送った拙い履歴書は書類審査を通るわけもなく、私の心は地底の中に戻ってしまいました。


ここ数日あなたは、たまにメッセージをくれて、気が向いたら会いに来てくれます。

あなたの気まぐれでも私は嬉しくて、いまだに会えるとわかると、るんるんしてしまいます。

だからこそ、あなたから離れたいのです。このままあなたのそばにいたら、あなたが好きすぎて、あなたの思う通りの人生を、心を壊したとしても進んでしまう。私は、あなたの寄生虫になってしまいます。これがあなたの望む姿なのでしょうか。もしそうならば、あなたを一生懸命軽蔑します。

あなたのことが狂う惜しいほど好きだけれど、あなたを人として尊敬し、これからも愛してはいけないと思います。あなたを私を苦しめる悪魔にはしたくありません。

つまり、私は私自身を選んだのです。私の歩幅で、私の道を歩んでいきたいのです。


あなたがこれから見える景色に映ることや、友達との惚気話のタネになること、初めて歩くバージンロード、あなたによく似て少し鼻の高い赤ちゃんすべてをあきらめます。



「ののちゃんがつくったパスタおいしいね。」

「レトルトのソース混ぜただけだよ」

「ううん、ののちゃんが作ったからおいしいんだよ」




全部全部楽しかった。喧嘩もすべて楽しかった。

短かったけど、幸せな人生をあなたは与えてくれました。愛を教えてくれてありがとう。大好きだよ。

さようなら。


最上のの花 より




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