第54話 魂の支配者

 頼みを聞き入れてくれたアウレリアにより、法王領への入国は順調に進んだ。以前来た時と違って鉄条網が張り巡らされ、敵兵の侵入を防ぐ為と思われる、背の高い阻塞物が並んでいた。その姿だけでも、戦いが始まってしまったという現実を感じさせた。

 アウレリアたちは、先日案内された巡礼の為の順路ではなく、一般には立ち入りが禁止されている区画へと、カイン達を誘った。


「公式にユリアス様とお会いいただくのは難しいですので、裏道にします。こちらへどうぞ」

 アウレリアはそう言って、カイン達を連れて行く。ラ・ネージュ法王領は、国土の半分を立ち入り禁止区画としているのも特異な点ではある。そちらへ連れられるのは相当珍しいことだろう。


 区画の中ですれ違う人々は、奇妙だった。何故か皆が死人のように青い顔をしているし、ゆらゆらと歩いている人々の顔と眼だけが、こちらを凝視しているように感じる。アウレリアという人物のことは勿論信用しているが、カイン達は徐々に不信感を募らせ始めていた。


(様子がおかしい。この国は、元々このような状況なのか? いや、そんなはずはない。)

(アウレリアはすぐに話を通してくれたが、戦時での面通しが本当に可能なのか)


 カインは、コルヴァと出会った際に言われた言葉を思い出した。


 ──『それは事実ですよ。ただ、ロウというが行ったことでは無い、でしょうけどね。』──


 ロウがマキナを殺した、という内容についてそう口にしていたが、どういう意味だったのか。思案するうち、ある可能性に行き着く。カインは重々しく口を開いた。


「……アウレリア。君は以前、ユリアスの事を『猊下』と呼んでいなかったか? なぜ、『ユリアス様』と?」

 そう聞いた途端、前を歩いていたアウレリアがぴたり、と歩みを止めた。クリスティも何かに気付いた様子で、弓を後ろ手に持ち出した。するとアウレリアは、ゆっくりと振り向き、見覚えのある笑い顔を見せた。



「お待ちしておりましたよ。カイン殿、クリスティ殿。くくく……」



 カインは、まさか、と考えていた可能性が正しいと直感した。その瞬間、クリスティに目配せした。これまで来た道を戻るべく、背を向けて駆け出そうとした。しかし、叶わなかった。知らぬ間に、これまですれ違っていた生気のない住人達が控えており、周りを埋め尽くされてしまった。彼らはおよそ観劇場の客席のように、隙間なく周囲を包囲していた。


「お前は……、なのか」


 逃げ場を失って、カインが背後に立つアウレリアに向かって問うと、アウレリアは堪えるようにして嗤った。


「勘が鋭いですね。ご推察の通り、。まずは、武器を棄てていただきますよ」

 アウレリアの身体をしたユリアスが命じると、包囲している住人達が武器を一斉に構えた。死人のような見た目に反して、軍隊のような機敏さだった。カインは逡巡したが、武器を地面に落とす。クリスティも黙って従う。すぐにふたりは住人達により手首を拘束され、その場に座るように強制された。


「せっかくここまでいらっしゃったのに、残念でしたね」

「アウレリアはどうなった? お前はどうやって彼女を乗っ取ったんだ?」

 食い下がるように聞くと、ユリアスは再びにやりと笑った。


「……〝ユリアス〟っていうのは、常に子孫を多く生み出す必要がありまして。何故なら私は、法王領内に限りますが、どこかで、その人間の精神を乗っ取り支配する事が出来ます。これは非常に便利でね、本人は知らず知らずの内に私の意のままに動く、人形になるわけです。だから何人もの女性に子を産ませて、出来るだけ多くの子孫を生み出している。一〇〇〇年の間に法王領ラ・ネージュの人口は、私の子孫でほとんどを占めるまでになった」

 余りに信じがたく、狂気的な内容だった。この男は、人々を意のままに操るために、自らの子孫ばかりで国を創ったというのだ。ふたりは絶句したが、どうにか呑み込んでからカインは口を開いた。


「その乗っ取りは〝リウ〟の力でやっているのか?」

 カインがそう言った時、ユリアスはほんの少しだけ動揺の色を見せた。思案を巡らせ、合点が言ったように、ああ、と呟いた。


「コルヴァが何かしていたのはそれか。全く、機械人間サイボグは度し難い……」

 美しい顔を老人の様に醜く歪め、舌打ちをするユリアス。だが、一瞬で元の顔に戻って、話を続ける。


「ノアを見てきたのですね。その通り、リウの力によるものです。私、ユリアスはこの地へ来る前、自らの魂を高密度のリウの集合体のようにしていました。そして、子孫が生まれるごとに極少量のリウをその魂に潜り込ませ、それを通して思想を支配する。本人の気づかぬままに性格を変えたり、身体を動かす事が可能です。このようにね」


 ユリアスは今まさに支配している、アウレリアの顔を指さした。

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