scene(10,Ⅰ). getFilesByName("決戦");
演習場に降り、クロエ達は総督と対峙していた。〈フォロ・ディ・スクラノ〉での地上階まで降りてきたため、隣接している統合参謀本部内での戦闘の様子も窺える。巨大な演習場の中心からは、二勢力の人々が豆粒大に小さくなって見えた。
総督スクラトフは、着地した体勢のまま、頭の中で思念通話を行っている。
『総督殿! すぐにそちらへ兵を向かわせます!』
『要らん。ネズミ三匹程度、私の手に余るとでも? お前達は人工魂型人造生命体を優先しろ』
『りょ……了解しました!』
エルドリウムを受け取らせた幹部たちに指示し終えると、不敵な笑みを浮かべた。
過去、地上に存在した王族から【塔】の治世を任された総督スクラトフ——王朝が滅びると、以後二五〇年が思いのままになった。延命処理によりすでに六〇〇年生きて、さらに身体を機械化することで驚異的な身体能力を手にしたのだ。
「……私に逆らう者と聞いて期待したが、ガキ共とはな。人工魂型人造生命体はともかく、元軍人に、キャンベルの飼い犬。笑わせる」
スクラトフは尊大に笑った。さきほどヘレンが殴った左頬は青くなっているが、それ以外は傷になっていない。
ヘレンは無駄話に付き合う気は無い、と言わんばかりに、果敢に殴りかかっていった。彼女に合わせるようにして、サティも斬りかかる。
スクラトフは笑ったまま、片腕でヘレンの腕を、もう一方でサティの剣を受け止める。二人の身体を掴むと、勢いよく振りぬいて放り投げた。サティは壁に向かったがうまく跳ねるようにして衝撃を逃がし、ヘレンはくるりと身体を回転させて着地する。
「ほう? 弛みきった現役兵よりいくらかマシか。では、その気で臨ませてもらうとしよう」
スクラトフは首を回すとごきり、と鳴らしてから、地を蹴って瞬時に接近してきた。狙われたのはサティで、砲弾のような速さのスクラトフの拳を、ぎりぎりの所で避けた。外れた拳は地面に突き刺さり、四方八方にヒビが割れて広がった。
「あんのびっくりジジイがよ!」
クロエは空中で悪態をつきながら拳銃を構える。エアブーツで宙に浮き、急所を狙うために身体を上下反転させながら狙った。撃ち出された弾丸はスクラトフの後頭部に当たったが、カン、と鳴って弾かれる。この部分も機械か。反動で腕が痺れる。
するとスクラトフが後ろを振り向き、地面に刺さっていた腕を引き抜きがてら、人体を凌駕する脚力で目の前まで飛びあがってきた。クロエはブーツ噴射が間に合わないと察して、とっさに
間髪入れず、サティがスクラトフの背後まで飛び、剣を構えた。空中ということもあり流石に避け切れなかったのか、上方から撃ち落すように振るわれた剣が直撃して、スクラトフの身体が落ちる。着地地点に先回りしたヘレンが狙いをつけ、先ほど使った自動小銃を全力で振って殴りつけた。とても人間を殴ったとは思えない、硬質な音が轟いた。
スクラトフは土埃を立てて、演習場の土の上を滑った。だが余裕綽々の様子で、ゆったりと身体を起こしている。自動小銃はべこりと凹んだが、当人にはあまり効いていないようだ。
ヘレンは隙を見せないようにしながら、視界の端でサティとクロエの様子を探る。サティは総督を撃ち落してすぐ、倒れたままのクロエの元に駆け付けた。ヘレンに向かって大きく頷いている。命に別状はないようだ。
凹んでしまった自動小銃を棄て、ヘレンは腰を少し落とし、ゆっくりと両拳を構える。自動小銃より換装身体の方が硬い。奇しくも自身が望んでいた通りの、殴り合いになった。
一方、管理司令部付近を飛んでいた輸送機の中では、ヴァンテが驚きの声を上げていた。
「いったん離れるってどうして!」
「危険です、下がって!」
珍しく感情的になっているヴァンテは、護衛のひとりに輸送機の奥へ引き摺りこまれる。ボスは車椅子の上から見下ろして、苦々しそうにしていた。
「ここは腐っても軍事施設の中枢なんだ、これ以上居たら撃ち落とされちまう」
「じゃあみんなは! クロエ達は見捨てるのか?」
「あいつらだって、そう簡単には死なねえ。覚悟決めるっつってたろ」
「……」
ヴァンテは口を噤むが、不安でたまらない、という表情を浮かべている。こいつ、こんなに人間らしかったか? ボスの脳裏に、初めて出会った時のヴァンテの姿が過る。疲れ切って心が欠け落ちた男の顔は、影も形もなかった。
「……信じてやりな。友人だと思ってんならな!」
輸送機は〈フォロ・ディ・スクラノ〉の上空から離れていく。
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