scene(6,Ⅰ). getFilesByName("反撃の狼煙");

 翌朝、陽が昇り始めて下層階では人出が落ち着きはじめた頃合い。下層階の地の底から爆発音が響いた。併せて、衝撃で【塔】全体が揺れた。突然の事態に住民たちは混乱し、下層階内にも警報音が鳴り響く。

『火災発生 地下エリア西にて火災発生 住民の皆様は、ロストラ地域に避難してください 住民の皆様は——』

 無機質な女性の声で避難警報が知らされる。ただでさえ人口の多い下層階の中で、ロストラだけに住人が集中してごった返すことになった。


 部下からの通信を取る。ベルヌーイは変わらず、ロストラエリア南端部のタワー屋上に居た。

『少佐、住民たちが邪魔でロストラは身動きが……くそっ!』

『仕方ねえ、スラムエリアに退避するぞ。北西側な』

『承知しました!』

 通信機器を切ってから「ボスのやつ、謀ったな?」と笑った。住人を巻き込まないようにロストラへ逃がして、戦闘をスラム側で行うための爆発だろう。ベルヌーイは咥えていた煙草を吐いて捨て、のんびりと歩き出した。



 そのころ、【塔】外周部分。

 本来であればデッキ部分の展望台程度でしか、【塔】の外に出る機会はない。メンテナンスは管理ロボットが自動で行うが、万が一に備えた緊急用階段は存在する。冷たい風が吹きつける中、クロエ達は緊急用階段を足が棒のようになりながら登っていた。

「ねえ、さっき廃墟層の爆発があったでしょ? もう飛んでいいんじゃない?」

「ヘレン、お前分かってて言ってるだろ。下層階のヤツが本チャンだからま~だ!」

「耐えてください、ヘレン様」

 言い伏せられたヘレンが特大の舌打ちを鳴らしながらも、懸命に足を進める。クロエとサティに挟まれている事もあり、文句は言っても立ち止まりはしない。一層につき八〇〇〇段あまり。早朝から昇り始めて、今は下層階の天井付近だった。


 クロエは階段を登りながら、昨夜のうちにヴァンテ達と交わしたやり取りを思い返す。


 ——上層階に軟禁されている、ヴァンテの研究仲間は八人。

 彼らがいるのは、上層階の三分の一を占める軍部支配地域、〈フォロ・ディ・スクラノ〉の中だ。軍施設、生活施設、武器保管庫、訓練所などのほか、研究機関や商業・教育機関などを包括した巨大基地。〈フォロ・ディ・スクラノ〉から出る事を許されずに、日夜兵器開発に勤しんでいるのだという。


「ハッキリ言って無謀じゃないの? いくらクロエが一般人だからって、I№がスキャンされたらバレるでしょ」

 ヘレンは腕を組みしな、ヴァンテを睨んだ。

「そうだね。クロエ君には〈フォロ・ディ・スクラノ〉に入る前に、別の換装身体を準備してもらうつもりだ。I№偽造用のチップを渡しておくから、それとともに換装身してもらう」

「換装身体の準備ってどうやって……」

「あ~、ヘレン。そっちは大丈夫、うん」

 詰め寄るヘレンを、引き攣った笑顔を浮かべてクロエが止めた。全く納得がいっていない様子のヘレンだったが、ひとまず矛を収める。

「上層階には、クロエ君と13号、ヘレン君で先行する。偽造I№で〈フォロ・ディ・スクラノ〉に潜り込み、研究所に向かう。仲間の中には『自殺病』や人体強制睡眠保管クリオスリープを発明した人間もいてね。助け出せれば、ヘレン君の症状の対処法が見つかるかもしれない」

「へぇ……それは何て人なの?」

「リザ、という名だ。変人で通ってるけどね」

 ヴァンテは苦笑いする。

「彼らにもクロエ君と同じように、偽造I№の換装身体に着替えてもらってくれ。逃げる手筈が整ったら合図を送ってもらい、僕も動き出す」——


「はぁ、アンタいつも走ると息が上がってるくせに、何で今日は平気なのよ……」

 作戦について振り返っていたところで、後ろのヘレンから不満そうな声が投げつけられた。

「んー、階段はペース守ってれば持つぜ。お前は換装身体だから、体力ないんじゃねえ?」

「誰が、不正換装身体よ! この見栄っ張り野郎!」

「待て、殴るな殴るな! こんなとこで体力使うなって!」

 ヘレンが激怒して、後ろからクロエに殴りかかろうとした時。

 下層階の中から爆発。衝撃で【塔】全体がビリビリと振動し、またも揺れ動いた。吹き飛ばされそうになりつつも、三人は階段にしがみ付いた。少しずつ揺れが収まっていく。


「始まったようですね。飛べますか? クロエ様」

「ああ、もちろん。いつでもいけるぜ」

 サティが聞くと、クロエはブーツを背中から外してブラブラと振ってみせた。そのまま空中に放ってエアブーツを起動させる。先日とは違ってサティが背中におぶさり、ヘレンを横抱きに抱えるようにして、浮上した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る