scene(4,Ⅰ). getFilesByName("13号");
クロエはヘレンを連れ、階下へと非常階段を下っていた。非常階段はボスと一緒に昇ってきたエレベータとは反対の位置に設置されており、各階層の通路からは離れている。クロエが拳銃片手に慎重に様子を覗いてから、ヘレンを引いて一階層下る。その繰り返しだ。
マジで柄でもないことをしている、クロエは自分の行動に苦笑していた。もし今、ノフィアが物陰から出てきても勝てる気がしない。それでも守らなければ。自分が命を拾って、傍に居ると約束したのだから。
もう何階層を下って来たのか正確には覚えていないが、今足元に表示されている階層が「4」だった。三階に辿り着いたら廊下に戻って、外へ出られる場所……デッキかバルコニーか知らないが、それを探さなければ。
「っ!」
クロエは異変に気付いて、慌てて後ろのヘレンを止めた。自分たちが居る階の下から足音が聞こえる。音が鳴りにくいスニーカを履いていて良かった。何人いるか分からない。音は複数聞こえる。
「……ここまで忍び込む必要あんのか?」
「バカ、例の女を殺すって言われてンだろ」
会話する声も聞こえた。この頭悪い話し方からしてノフィア構成員だろう。まだこちらに気づかれてはいないらしい。
「『自殺病』の女一人、追いかけ回してどうすんだかなぁ。どうせ、自分から死ぬってーのによ」
「軍部のほうでやってたヤバイ実験のことを知ってっから、口封じしたいらしいぜ」
「はぁ~。御上には逆らわねぇのが一番だな」
聞き耳を立てていると、思わぬ情報を拾うことができた。そういえばボスも、先ほど別れる直前に『実験』と口走っていた。
(SARP、生殖障害症候群、出生率の減少と、『自殺病』と……実験……)
ボスから聞いた話を頭で整理し、繋がりを紐解こうとしたが、何も思いつかない。これまでエアライナーに専心してきたことを、密かに後悔した。
横目でちらりとヘレンの様子を眺める。やはり、特に反応を見せてはいない。廃墟層で見た苛烈な人格は鳴りを潜め、静かに佇んでいる。あの性格を知ってしまった後だと物足りないような、何とも言えない心地になってしまう。
そのとき階下から、ガン、という金属音が鳴った。ノフィア達が非常階段を登ってくる音だ。
(やべ、登ってこられるとマズいな……)
このままいれば鉢合わせになるが、かといって階段を登れば音で気付かれる。クロエは周辺を見渡すが、目に入ったのは共用部への扉だけだ。
「行くしかねぇか!」
クロエはヘレンを連れ、全力で走り出した。すぐさま、ノフィア達が気付いて追いかけてくる。共用部への扉へぶつかるようにして開く。ヘレンの手を引っ張りながら廊下に出ると、真反対、エレベータの設置されている方向へと走る。
共用部を繋ぐ通路で、行き当たりに窓硝子が張られているのが目に入った。とっさに銃弾を何発か打ち込んだがビクともしない。背中のブーツに命令を出して、ブーツだけ飛ばして突進させてもみたが、これも弾かれる。強化防弾硝子だ。硝子を割ることができればそのままブーツで空へ逃げられたが、そうもいかないようだ。
「あ~~イッてぇクソこの! 畜生!」
クロエは女性種体
長い廊下を走り切って曲がると、目の前にエレベータの扉が見えた。エレベータ内へ飛び込み、別の階層へと移動できれば、ひとまずこの場は切り抜けられる、そう考えていた。
しかし運は味方しなかった。エレベータの前にはまた別のノフィア構成員が二人、待ち構えていたのだ。ノフィアはクロエ達に気付いて、すぐに銃を向けてきた。
その瞬間、ノフィア達が立っていた位置、すぐ横の壁が轟音とともに弾け飛んだ。建物を覆う鉄筋の壁が崩れて、瞬時に瓦礫となった。眼前のノフィア達は衝撃をまともに受けて、悲鳴とともに吹き飛んだ。
何が起きたか分からなかった。クロエとヘレンは衝突は免れたが、破壊された壁の土埃を吸って咽せる。
土煙の中から、緑の双眸がこちらをじっと捉えていた。現れたのは、緑の長髪と緑の瞳をした──子供だった。
「てめ……!」
クロエが銃を構えるよりずっと速く、少年は接近してきた。やられる、と思ったのも束の間、後方から切断音と悲鳴がした。驚いて振り向くと、ノフィアの構成員たちが苦しんで倒れていた。少年はクロエ達には触れず、背後に迫っていたノフィアを斬り伏せていたのだ。左手に剣が握られている。少年の立振る舞いは、歴戦の剣士が振るっているかのようにさまになっていた。
「おっ前……何だよ! 敵か⁉ 何モンだ!」
クロエはヘレンを庇うように前に立ち、銃を向けたまま少年に問いかけた。褐色肌に緑髪、緑瞳。能面のような感情の起伏が見えない顔つき。剣の血を振り払うと、横一文字だった口がぱかりと開いた。
「私は13号。主人であるヴァンテの命で、クロエ様の護衛に参りました」
少年はまさに人形というほかない、心が欠落した声を発した。
「13……号? 人間なのか?」
「はい。
「はあ……。とにかくヴァンテが送ってきたということは、味方か?」
「はい」
言っている意味はまったく分からなかったが、何とかコミュニケーションは成立した。クロエはぼりぼりと頭を搔き、少年の身の上が色々と気になってしまう所だが、諦めて雑念を払う。
「どうしてここに居るって分かったんだ」
「クロエ様がさきほど硝子にブーツをぶつけられましたので。私が搭載している計算機能によって、音、力の発生箇所やエルドリウム量等から換装身体の型番、使用者の癖、また硝子の損傷具合等を推測し、総合してクロエ様のものと暫定しました」
「なんだよその技術! それに、さっき壁を破壊したのは……」
「私です」
そう言うと、13号は証明するようにして、厚い瓦礫を剣でスパン、と一刀両断した。野菜でも切ったかのような手軽さで行われたことに、クロエは目を見開き、たじろいだ。
人間離れしているとかそういう次元じゃない。本当に兵器だ。どうしたって勝ち目がなさそうと悟り、向け続けていた銃口を下げた。
「心強いこって……ま、とにかく助かったぜ。壁を壊してくれたおかげで、ここから飛べそうだ」
クロエはブーツを装着しながら、さきほど反動を受けた右手をブラブラと振っている。13号はこくり、と頷いて応じた。
だがその時、階段側からバタバタと駆け上がる音が聞こえてきた。ノフィア達の加勢だろうか。さっそく階段側から銃声がして銃弾が撃ち込まれる。三人は慌てて廊下から見て影になるように、エレベータ側に引っ込んだ。
「
クロエはエアブーツで浮き上がりながら叫ぶ。
「クロエ様、私を置いて早く」
13号はなんと銃弾を見切って剣で斬り伏せ、クロエ達の身を守っていた。本人は残って追手を食い止めるつもりらしく、ノフィア達が向かってくる非常階段側を向いたまま言った。
「お断りだね!」
クロエの言葉に、サティは驚いたように振り返ろうとする。その瞬間には、エアブーツの噴射で飛び出したクロエが眼前に居た。身体の小さいサティはクロエの左腕に抱えこまれ、右肩にはヘレンも抱えられている。三人は先ほど破壊されて穴が開いた箇所から飛び上がり、空へと浮上した。
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