scene(3,Ⅰ). getFilesByName("ロストラの首魁");

『おはよう、二人とも。早速だが、いったん下層階に戻ってもらいたい。我が家にもすぐ調査が入るだろうからね』

「うおお!」

 翌朝の目覚め早々、クロエは叫んだ。目を開けた瞬間にヴァンテの三次視像が笑いかけてきて、盛大にベッドから転げ落ちた。心臓に悪すぎる。

「どうやって戻る?」

『僕の車で遷移エレベーターまでお連れしよう。本来は換装身体内のI№をスキャンされるが、僕の方でシステムに手を入れてスキャンを止める』

 心臓を落ち着かせている最中のクロエを差し置いて、すでに支度を整えたヘレンが、ヴァンテ三次視像と話を進めている。

「そんなことまでできるの? あなた何者?」

『ただの雇われ科学者だよ』

 澄ました台詞を返されたものの、ヘレンは疑念をぬぐえないという顔のままだ。

「……まあいいわ。あと、私は上に戻ったら、やっぱりあの『自殺病』状態になるのよね?」

『なるね。クロエ君がどの程度顔が利くか分からないが、どこかに匿ってもらう方がいい。出来れば、情報を遮断できる空間で』

「わかったわ」

 ヘレンが頷いたタイミングで、クロエがひょっこりと横に並んだ。


「ヴァンテ、あんたに聞きてぇことはまだ山ほどあるんだ。アノンのことも。ほとぼりが冷めたら、またここへ来ればいいか?」

『ああ、そうだね。それなら……』

 ヴァンテが視線を投げた方角から、腰くらいまでの大きさのロボットが歩いてきた。家事支援ロボットだ。ロボットの差し出した両手には、赤い首飾りが乗せられている。

『廃墟層へ降りる際には、これを付けていてくれ。赤い宝石内に内臓された測位システムが、高度に応じて僕の方に通知を……いや、いい。君達が来るのに合わせてシステムを動かす仕組みだ』

「付けとけばいいんだな? 貰っとくぜ」

 クロエは首飾りを無造作に掴み取ると、そのままヘレンの頭の上からくぐらせ、首元に掛けた。

「うん、いいね。瞳と同じ色だからすげえ似合うな」

 首と胸の間にちょうど宝石が垂れさがるように調整し終わると、クロエは満足げに笑った。換装身体の身長規格の関係で、クロエがヘレンを見上げる形になっている。ヘレンの方は僅かに片眉に皺を寄せたが、諦めたように頷いた。



 遷移エレベータに乗って下層階へと上昇していく。下層階から上層階への遷移エレベータは使用した経験があったが、まさか廃墟層から繋がるエレベータが存在するとは、クロエにも予想外だった。一体、どこへ出るのだろうか。

「……頭がぼうっとしてきたわ。阿呆になる前に頼みがあるんだけど」

 隣に立っているヘレンが、少しだけ不安そうに喋った。

「なに?」

「追手の目をくらますために、アンタは換装身体を換えたりすることもあるでしょうけど、私はやめて」

「あー、そうだよな。分かった」

 クロエはすんなりと頼みを聞き入れると、再び窓の外の景色へと目線を戻した。

「……一応聞くけど、身の危険があるってのに何で? って聞かないのね」

「あぁ、まあ理由は何となく分かるしな。姉ちゃんとの繋がり、大事にしたいだろ?」

 そう言ってクロエは、悪巧みをするように笑いかける。ヘレンは呆れたように小さなため息をつく。

「……じゃあ、頼んだわ」

 言うやいなや、ヘレンは目を閉じる。すると、ふらりと身体が傾いた。

「おっと!」

 クロエは慌てて彼女の身体を掴んで支えてやる。そこには、虚ろで意思のない表情が戻ってきていた。

「あ……おかえり、お嬢。ま、オレが付いてるから安心しろよ」

 クロエはヘレンを支えたまま、エスコートをはじめるように片脚を軽く下げ、上半身を前方に傾ける。ヘレンは表情が変わらないまま、クロエが垂れた頭を見ていた。





 ふたりの間で交わされる言葉はなく、エレベータの立てる稼働音だけが響いている。やがて上昇速度が徐々に緩くなり、到着が近いことを知らせている。

「……」

 この扉が開く先に、一体何があるのか予想がつかない。クロエはごくりと唾を飲み込む。エレベーターがゆっくりと停まる。目の前を覆い続けていた鉄のコートが、鈍い音とともに開いた。

 ドアが開ききった途端、クロエ達に向かって数多の銃口が突き付けられた。

「っ!」

 クロエは息を呑んだ。あまりよくない方向に予想が当たってしまったため、どうやって逃げるかに考えを巡らせる。が、広がった視界のなかに見知った顔があり、その思考は中断された。

「……ボスじゃん!」

「『じゃん』じゃねェよ! ……ハァ~お前ェってバカは……」

 銃を向ける兵士達。その奥に鎮座しているのは、車椅子に乗り眼帯をした、金髪金眼の女性。動揺している兵士達にかまわず、彼女は呆れを強くにじませて盛大に溜息を付いた。

「お前ら、コイツはアタシの飼い犬だ。銃を降ろしていい」

 見た目より幾分かしわがれた声が言うと、エレベーター手前に詰め寄せていた兵士達が銃を降ろし、下がっていく。

 金髪金眼の女性には足がなく、片目は眼帯で塞がれている。それ以外は肌艶もあり不健康そうには見えなかった。一方、乗っている車椅子はやけに重装甲で、まるで戦車のようだ。女性の身体を乗せている車椅子が前に進み、クロエ達からほんの数歩の距離まで迫る。片方だけの金の瞳が、クロエをぎょろりと睨み上げた。

「説明しろ、何でその娘をお前が連れてンだ。それに乗ってるってェことは……見たな?」

「はい。見ました」

 控えている兵士たちですら気圧されるほど、〝ボス〟には威圧感があった。クロエは恐れる素振りはなく、しっかりと頷いた。ボスは鋭い眼光を向けたまま、車椅子をくるりと旋回させ戻っていく。付いて来い、という意味だった。クロエはヘレンの手を引き、ボスに従ってその後を付いて歩いた。

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