第10話
ジャカロのデモ行進は連日続き、ニュースでも毎日、朝から晩まで取り上げられた。一般人は今時ない前時代的なデモ行進に反応し、SNSでは日々「ジャカロデモ」や「古の行進」などがトレンドに上がり、反社会的だと叩く人も多かった。
けれど、誰もがジャカロを反社会的だとは思っておらず、政府の突然の発表に納得せず、疑念を抱く人も少なからずいたのも確かだった。
世間がジャカロに騒いでいる週末。あたしはミヤちゃんと柊さんに話があると言って、カラオケに誘った。京都にいるカナンちゃんにも声をかけて、ミヤちゃんのタブレット端末でオンラインで参加してもらった。二人に柊さんを会わせるのは、この日が初めてだった。
「で。その人が話に聞いてた、コウカちゃんの彼氏?」
「前に言ったでしょ。彼氏じゃないから。相変わらずだねカナンちゃんは」
相変わらずのカナンちゃんに、あたしは呆れて言った。
「えー。まだ彼氏じゃないの? 告られたんでしょ? デートもしたんでしょ? それもう付き合ってるじゃん!」
「あたしOKしてないから」
「カナンちゃん、やめときなよ。すみません、柊さん」
「いいえ。あはは……」
カナンちゃんが無理やりあたしと柊さんをくっ付けようとするのを、ミヤちゃんが代わりに謝った。柊さんは一笑したけど、上手く笑えていなかった。
「それで。今日は話があるんだよね。研究所に帰るの?」
「て言うか、なんでカラオケ?」
「帰る報告もあるんだけど、もっと大事なこと。ここを選んだのは、ドローンの追尾が心配ないから」
壁の巨大ディスプレイには、可愛い衣装で歌うアイドルグループのPVが流れていた。誰もその映像に目を向けたり選曲したりせず、真剣な表情のあたしに注目した。
「あたしの動力源のことで、みんなに話しておきたいことがあって。三人は信用できると思ってるから、正直に話すね」
普段より低い声音のあたしに注目する三人は、真剣に耳を傾けてくれた。あたしはこれから、親しい人たちに酷いことをするのかもしれない。そんな裏切りの覚悟と、半分の希望とを持って、話し始めた。
「みんな知ってると思うけど。あたしのプログラムや設計・研究データはできる限りオープンソースで公開していて、世界中の人が自由に見られるようになってる」
「秘密にしなかった理由は、マウント以外に、他国からデータ非公開のバッシングを避ける為?」
ミヤちゃんが聞いた。
「そうだろうね。いずれは、世界中で同タイプを活躍させる目的もあると思う。だけど一つだけ、ずっと非公開にされてるものがある」
「一つだけ非公開?」
「あ。それが、動力源」
知っていた柊さんは反応した。
「そう。あたしが生まれてから暫くは、世界中の研究者が推測していたけど、明言は避けられていた」
「避けていた? ……まぁ確かに、テスト段階だから教えられないと言っていたのは、テレビで観たことがあるけど……」
「動力源は、あたし自身にも教えられてない。何度か設計データにアクセスして探ろうとしたけど、核心に迫ろうとすると門前払いされた。だからあたしは自分なりに考えて、自分の動力源がなんなのかを推断した」
三人を信用していると言ったけれど、言うのをためらった。聞いた時の反応は大体わかる。そのあとに、三人のあたしへの信用がどうなるかだ。運命の分かれ道って、こういう状況を言うのだろうか。
「あたしの動力源は、多分……ガラス固化体だと思う」
「えっ……」
三人は同時に驚き、動揺で言葉を失くした。ミヤちゃんは、座る位置を数センチ移動した。
つい数日前に政府が、エネルギーとして再利用すると発表したばかりのものが既にあたしの身体の中にあるなんて聞けば、驚かない方がおかしい。しかも、19年も前から搭載していたと知れば、それ以外の感情だって抱くだろう。
「でも安心して。これまで一度も害のある量の放射能を放出したことはないし、危険はないから」
「……教えられてないのに、どうしてわかったの?」
隠しきれない動揺を抑えながら、柊さんが質問した。
「確信した訳じゃない。一番あり得そうな可能性に絞っただけ。
激しい運動ができなかったり、放出される熱を冷却しなきゃならなかったり、何度も改良したり、動力源の取り替えの時だけ扉が何重にもなってる地下の部屋だったり。そのいくつかの要素から考えて、あたしの動力源は危険なものじゃないかと考えた。
それで、国家レベルの問題や課題となってる事象をピックアップした結果、ガラス固化体なんじゃないかと推断した」
「非公開としてるのは、国家機密だからじゃないかって噂はあったけど。まさか……」
口を閉じるミヤちゃんは、身体の前で両腕を触っていた。見て取れる動揺を理解しながらも、あたしは冷静に話を続けた。
「極め付きは、うちの研究員が政府から依頼されて、新しいエネルギーシステムの開発を手伝ってたこと。これは研究所内でも一部しか知られてないことで、あたしはイントラネットでその情報を知った」
「イントラネット?」
画面の中のカナンちゃんが聞いてきた。
「研究所内のみで使われてるネットワークのこと。本当は、深いところまで覗いちゃいけないんだけど、その開発に関わった人たちは毎週メディカルチェックをしていて、そのカルテを見たら毎回被爆検査を受けてた。
開発したそのエネルギーシステムは先月完成した。そして、完成からそんなに日が経っていないうちに、政府から今回の発表があった」
「そんな。信じられない……」
推断とその考えに至った要因を聞いた柊さんは、受け止める余白のある反応だった。でもミヤちゃんとカナンちゃんは、そんな余白はあまりなさそうな表情だった。世間で危険性を疑う声があるものが、目の前に存在していると言われているのだから当然だ。
だけど、頭ごなしに否定したり拒絶したりはしなかった。あたしの告白を整理しながら、何とか飲み込めるようにしようとしてくれていた。
「……本当に、コウカちゃんの中に、あるの?」
「多分ね」
「そうだっていう確率は?」
「90%以上かな」
あたしは、二人が怖がらないように深刻な表情にならないよう、いつも通りの振る舞いを心掛けた。
「確かに、国が早く片付けたい問題ではあるけど……」
「あのさ。さっき危険はないって言ったけど、もしも本当にガラス固化体だとしても、本当に危険じゃないの?」
心配そうにカナンちゃんが聞いた。
「大丈夫。ある程度は放射能が放出されてるけど、人間に影響がない量だから。お母さんたちが研究を重ねてくれたから、信用して。それに、動力源の秘密に気付き始めた時に、追加で複合材料製のマイクロマシンの投入をお願いして、こっそりオーバーパックしてある。自分の身に何があるかもわからなかったからね」
その頃はまだ、動力源がガラス固化体だと推断していなかった。ただ、あたしにすら秘密にするくらいだから、普通のエネルギーではないことは確信していた。
「……本当に、大丈夫なの?」
疑いと不安を隠しきれない表情を向けるミヤちゃんに、あたしは微笑む。
「絶対に大丈夫。何だったら、メンテナンスの時に放射線量のチェックもしてるから、記録したデータを見せられるよ。お母さんには秘密で」
安全性は確証していると説明してみたけれど、二人はそう容易に安心してはくれない。数値でしか証明できない、目には見えない危険物質の安全性を口で説明されても、一般人の不安を取り除けないのは仕方がない。
「急に聞いたんだから、簡単に信じられないのは当たり前だよね。だけど、安全だって信じてほしい。危険性があることがわかってたら、その時点であたしはみんなとの接触を避けてるし、動力源の変更をプロジェクトチームに掛け合ってると思う。
でも、あたしが今でもみんなと一緒にいるのは、危険性がないという自信があるから。ガラス固化体だって証拠はないけど、もしも本当にそうだったとしても、あたしはみんなを危険に晒さない。だから信じて」
流石に気持ちを操ることはできない。強要もできない。だから、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えた。友達を裏切りたくないから。
こんな大事なことを隠していて、「裏切りたくない」は勝手だと思う。強要できないと思いながら、誘導してる。だけど、ミヤちゃんとカナンちゃんが信じてくれたら、あたしは他に友達はいらない。
ふと、隣の柊さんがあたしの背中を擦ってくれた。言葉は何もなかったけど、あたしをホッとさせてくれる表情をしていた。
すると少し間を置いて、画面の向こうのカナンちゃんが口を開いた。
「……わかった。コウカちゃんを信じるよ」
「カナンちゃん」
「優しくて人に寄り添えるコウカちゃんが、嘘つく筈ないもん。あとで自分の印象が悪くなるようなこと、絶対しないもんね」
「……ありがとう」
「……私も、信じる」
カナンちゃんに続いて、ミヤちゃんが腕を解いて言った。
「正直に言うと最初は怖かったけど、コウカちゃんの言うことなら信用できる。コウカちゃんが嘘をつくなんて、考えられない」
「ミヤちゃん……ありがとう」
事の重要さもあって、二人の答えを聞いたあたしは酷く安堵した。推断ではあるけれど、受け入れ難くて、ミヤちゃんが言ったように恐怖感もあった筈。まだ完全に飲み込めた訳ではないと思うけれど、それでも関係性を絶たない選択をしてくれた二人は、あたしの一生の友達だ。
(打ち明けられてよかった)
「そう言えば。ジャカロは今、政府のガラス固化体のエネルギー再利用を反対して、デモをしてるよね。あれは、きみの動力源に関しても主張してるのかな」
「それはわかりません。でも、ウイルス攻撃の際に何かしら仕掛けていたなら、遅かれ早かれ知られてしまう」
「あれって、ジャカロだったの?」
画面の向こうのカナンちゃんが食い気味になり、顔がどアップになった。
「本当はね。あたしの運用を中止しろとか、脅迫メールも何通か来てる」
「そうだったの?」
「なんで言ってくれなかったのよ!」
「ごめんね。二人に心配させたくなくて、言わなかったんだ」
「友達なんだから、心配くらいさせてよー」
カナンちゃんは悔しがって口を尖らせた。
黙っていたのは、二人を危険に晒したくなかったのもある。あたしの周囲が危険になることも、あの頃は確率を低く見積もっていた。今話そうと思ったのは、あとで秘密が暴かれるより、推断でも先に全て打ち明けておかなければと思ったからだ。大事な友達は巻き込みたくないけど、大事だからこそあとで失望させたくなかった。
「それじゃあ。研究所に帰るのは、ジャカロのデモが始まったから?」
「それもあるけど、いい加減、お母さんとちゃんと話そうと思って」
「そっか」
「だから、事態が落ち着くまで研究所から出ないと思う。バイト先にも暫く休むことを言った」
接客を覚えて、加賀美さんたちとも仲良くなって、せっかく楽しく仕事ができていたのに、とても残念だった。あのままつつがなく日々が過ぎて、新たな自分へのスタートが切れたらいいのにと思った。
だけどやっぱり、物事は自分の思い通りに運ばない。まるで、足元が悪い山を歩いているようだ。
あたしは気持ちを沈ませた。
「……なんでこんなに、思った通りにいかないんだろう。今は立ち止まる時だけど、気持ちを制御したいのに、気持ちがひとりでに動き出そうとしてる。普通のヒューマノイドみたいに合理的な判断ができれば、こんな気持ちにはならないのに」
あたしは、ドーニアタイプとして生まれてきてよかったと思ってる。他のヒューマノイドと同じだったら絶対に感じられないことや、体験できないことをできて、たくさん得をしてると思う。
だけど今だけは、他のヒューマノイドが羨ましくて堪らない。あたしは今の自分でいられて嬉しいのに、たった一人のあたしだから、この辛さを他の仲間と共有できない。一人で抱えなきゃならない。
あたしが辛い心の内を零すと、柊さんがあたしの手を握った。
「大丈夫だよ。時間が止まる訳じゃない。今は、活躍する前の休息時間なんだ。この冬が終われば、本格運用が始まるんでしょ? 仕事で忙しくなるから、大切な人と過ごす時間が与えられたんだよ」
「柊さん……」
柊さんの優しさは嬉しいけど、やっぱり辛くなる。だけど、それだけじゃないような気がした。その正体はいくら分析してもわからないけど、お母さんやミヤちゃんやカナンちゃんと同じような励ましとは何だか違った。
「やっぱり二人、もうカップルだよ! コウカちゃんも認めちゃいなよ!」
またカナンちゃんは恋愛に持っていこうとする。恋バナ大好きなのは十分知ってるけど、頭の中のストックはそれしかないのかって、お笑い芸人みたいにツッコミたくなる。
「認めるって何を」
「柊さんを好きだってこと。顔に出てるよ!」
表情を指摘されたあたしは、また顔を触った。
「違うって言ってるじゃん。面白がって適当なこと言わないでよ」
最近は本当に、よく表情のことを言われるようになった。その時の状況によってちゃんと使い分けているのに、見た人からはあたしが表現したい表情とは違って見えているらしい。
なんでそんなことが起こっているのかは未だに不明だけど、プログラムにバグでもあるのだろうか。
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