第6話
それからあっという間に時間が過ぎ、夜シフトの人たちと交代して、加賀美さんと一緒に退勤してお店を出た。
するとお店のすぐ側で、市役所の仕事を終えた柊さんが街灯の下に立っていて、あたしを見つけると浅く会釈した。
「あら。もしかして、これからデート?」
「違いますよ。約束なんてしてないですし」
とデートを否定したのに、加賀美さんはにこにこしながら手を振って帰って行った。期待は勝手だけど、期待外れの展開になってもカナンちゃんみたいに文句は言わないでほしいと思う。
「ごめんね、また待ち伏せして。ストーカーみたいだよね」
「大丈夫ですよ。もう慣れたので。どうかしたんですか?」
「昼間に会った時に元気がないみたいだったから、やっぱり気になって」
「同僚にも同じことを言われたんですけど、そんなに顔に出てますか?」
指摘されたあたしは、また顔を触った。
「そういう訳じゃないんだけど。声の感じが少し違うなって」
「声?」
声の高さや声量も仕事用に設定した筈なのに、気付かれるくらい変化していたとは想定外だった。プログラムに間違いはない自信があるのに、どういうことだろうと不可解だった。適当じゃなくて明らかに心配されているし、まさか現況が影響しているとでも言うのだろうかと、一瞬推測した。
「あたし自身も気付いてなかったのに、よくわかりますね」
「毎日のように会ってるからかな。何かあったなら、話くらい聞くよ?」
嘘を言っているようでもない。柊さんは、だてにあたしの観察をしていなかったようだ。心配してくれたので、あたしはその好意に少し甘えることにした。
あたしたちは少し歩いて、噴水広場に場所を移した。周囲を常緑樹に囲まれた広場の中心で、色とりどりに変化する噴水の前でカップルたちが写真を撮っている。その仲睦まじい様子が視界に入り、あたしと柊さんも周りからそんな風に見えているのだろうかと、何気なく考えた。
「家出!?」
空いていたベンチに一緒に座って話すと、やっぱり柊さんも驚いた。
「ちょっと、母と喧嘩して」
「
「多分、あたしくらいだと思いますけど」
そして、現状に至った経緯を掻い摘んで話した。
「────研究所ばかりにいたら、あたしの可能性が潰される気がして。感情の理解は不可能だって言い聞かされて抑制されるのが、嫌になってしまったんです」
「そっか」
「友達に話を聞いてもらったら、母が怒ったのは“愛情”だって言われました。でも“愛情”なんてわからないし、母が本当にあたしを大切に思ってくれてるのかも不安で」
「なら、それこそちゃんと話した方がいいよ。折角、躑躅森さんは人間と対等に言葉を話せるんだし、身内の人と腹を割って話ができるじゃないか」
「わかってます。でも、戻ったら……」
今の自分のまま
あたしは俯いた。傍から見ればその姿は、あたしが抱いている感情が全て理解できるんだろう。柊さんは、優しい声音で聞いてきた。
「……躑躅森さんは、どうしてそんなに感情を知りたいと思うようになったの?」
「わかりません。昔から何に対しても興味を持つ性質で、探求心はありました。システムの影響ではありますけど、そのせいだと思います」
「そっか。躑躅森さんは、僕たちと同じように成長するんだもんね。そのオリジナルシステムが、探求心を芽生えさせたんだ」
プロジェクトは、人間と成長を同調させることで人間からAIへの理解を求めようとしていた。このオリジナルシステムがあたしをあたしにするものだけど、プロジェクト遂行の障害となりつつあるなんて、きっと誰も考えていなかった。
「柊さん。あたし、母の言う通りにした方がいいんでしょうか。これ以上の探求は、あたしの今後の働きに影響が出るんでしょうか」
倦ねるあたしは、柊さんの目を見て聞いた。
「でも、その探求心は抑えられる?」
「わかりません。システムを制御するか変えない限り、それはできないかもしれません。だけど、自分の役目を果たせないのも嫌です」
感情の理解と、自分の役目。未知への探求心と、周囲との親和性。取捨選択しろと言われてもどれも捨てられないから、何を最優先して解決すればいいのかもわからなくなっていた。寧ろ、最優先するものなんてない。どれも平等に大切にしたかった。
悩み続けるあたしに、柊さんはこう言った。
「僕は、そのままでもいいと思うな。今は躑躅森さんを苦しめてるけど、運用の本番が始まればその探求心は武器になる。きみは自分の役目の為に、人間を知ろうとしてるだけなんだ。相手の思考や本当の気持ちに気付く為に、きみの探求心は今まで育ってきたんだ。だから無理にやめる必要はないよ」
あたしへの好意を持っている所為もあるのか、探求心を肯定してくれた。だけど。
「だけど。人間と喧嘩したヒューマノイドが人間とAIの橋渡しなんて、説得力ないじゃないですか。信頼性も下がるし、あたしの話なんて聞いてもらえない。あたしが全うに役目を果たせなかったら、プロジェクトに関わった人たちにも迷惑をかける。チームのみんなをがっかりさせたくない」
「大丈夫だよ。その心の内を博士に言えば、どうすれば解決できるか一緒に考えてくれる筈だよ。だから、そんなに不安にならないで。そんな風に考えたら、それこそきみの役目を果たせなくなるよ?」
あたしの悩みに対して、柊さんは真摯にアドバイスをしてくれた。あたしを心配して、寄り添ってくれた。
その優しさは、本来なら嬉しいことの筈だった。だけどこの時はいつもと違って、その優しさはいらないと思ってしまい、あたしはらしくないことを言ってしまう。
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