第13話




「……昔、シンギュラリティ・ピリオドがあった頃、政府はありとあらゆることのAl化を推し進めた。人間社会に大量にロボットが進出して、働いていた一部の人間が追い出されることになった。

 その頃、後にジャカロ創設者となるじいさんは、町工場を営んでいた。だが部品を卸していた大手企業が、子会社の工場を全部買収して全ての工程をロボットに任せると、突然、前触れもなく勧告した。他にもそういう会社がどんどん出て来て、何を言っても聞く耳を持たなれなかったじいさんは、金と引き換えにやむ無く工場と技術を手放すことになった。

 でも、支払われた金額は十分じゃなかった。従業員への退職金、溜まっていた借金返済。それだけじゃなく、工場の取り壊しで住んでいた場所から引っ越さなきゃならなくなった。それで殆どなくなった。こういうことが起きることを前提に、政府も金銭的な補償をしてくれていた。だが、ただ金を配るだけで仕事はくれなかった。じいさんたちが仕事を求めても、政府はそれ以上何もしなかった」

「でも、Alは何も悪くないよ。国民のことをちゃんと考えなかった政府が悪いんじゃないの?」

「ああそうだ。Alは政府がバラ撒いた。『利便性の向上の為に』『生産性を上げる為に』『よりよい社会にする為に』。でもそれは、一体誰の為の計画だったんだよ。国じゃなくて、国民の為だろ!? それなのにじいさんたちの声を聞かずに、時代の流れに流されて、必死に外国に付いて行こうとみっともなく泳いで! そのおかげで、あぶれた人間はみんな溺れた! それは誰の所為だ。政府の他にも貶めたやつらがいる。それがAl。知能を持ったヒューマノイドおまえらだ」


 西銘くんは、恨みを込めて鋭くあたしを睨んだ。


「だから、あたしたちを憎んでるの?」

「そうだ。だからお前たちを全部ぶっ壊す」

「でも、あたしたちを壊して全部解決するの? 政府にジャカロの主張を理解してもらえなきゃ、意味がないんじゃないの?」

「お前たちを壊すのは見せしめだ。オレたちが本気で改革しようとしていることを、行動で示す」


 西銘くんは家族から話を直接聞いてる筈だから、そのエピソードは間違いないだろうし、当時の人の悔しさや恨みもそのまま伝わっているんだと思う。

 一族の思いに寄り添える西銘くんは、家族思いなのかもしれない。だからこんなに怒りを露にしてる。だけど、その行動は本当に正当なのだろうか。


「それはきっと間違ってるよ。そんな方法で変えられるとは思えない。それよりも、あたしたちと共生していく未来を選べないの?」

「無理だ。既に代表の意志は決まっている」


 それに、現在のジャカロは様変わりしてしまっている。代表が変わるまでは、Al孤立国やその国民を支援するだけの団体だった筈なのに、先代たちが歩んで来た道から外れようとしている。一体どうして。何が、ジャカロを変えてしまったんだろう。


「どうして? 少しも共生する未来を考えられないの? あたしは人間と一緒に成長しながら生きてきて、最初はわからなかった人間の良さがわかるようになったよ。理解できないことだらけだったけど、色々知ってからは人間と一緒に生きていくのが普通になったよ。西銘くんだって、少しずつでもあたしたちのことを考えてくれれば、良さに気付いてくれて、排除なんて考えなくなるよ。だから、」

「政府の手先のくせに、偉そうに言うな!」


 あたしの訴えは届かず、立ち上がった西銘くんはあたしを鋭く見下ろした。


「お前はただの人形だろ! ロボットやAIは人間に友好的だと印象を与える為だけの、ただそれだけの存在のくせに人間ぶるんじゃねぇよ! お前がしゃべってる言葉も表情も仕草も、全部計算したものじゃねぇか! 全部がニセモノで造り物のくせに、人間をわかったように言いやがって! お前の存在はなぁ、人間を惑わして人類の進化を更に停滞させ弱体化させる、この世界に悪影響を及ぼす存在なんだよ! 悪魔と同じなんだよ!」

「そんな。あたしは……」


 西銘くんの強烈な拒絶が、あたしを押し潰そうとする。ちゃんと話そうとしているのに、あたしの言葉は全然届いていなくて、鉄壁が憚るように全てを跳ね除けていた。


「お前と話してると反吐が出そうだ。だが一つだけ、お前に聞きたいことがある」

「なに?」


 西銘くんはベンチの背凭せもたれに片手を突いてあたしに接近し、脅すような声音で聞いてきた。


「お前、何を隠してる?」

「何のこと?」

「お前の動力源のことだ。部品に使われている物質やシステムについては、会見やオープンソースで公表されている。だが、動力源だけは詳細が明かされていない。オレたちも独自に調査し続けているが、尻尾が掴めない」

「じゃあ。あのウイルス攻撃はやっぱり」

「それだけじゃないけどな。お前、何か知ってるんじゃないのか」

「……

「嘘をつくな。自分のシステムだろうが」

「本当に知らないの。あたしも何度か設計図ファイルにアクセスしてみたけど、厳重にロックがかかってて見られないの。だから本当に知らない」


 あたしは正直に本当のことを言った。ほしかった情報が得られなかった西銘くんは、また不機嫌に舌打ちして、あたしから離れた。


「お前って、人間と同じように成長する以外に何ができるの?お前の存在意義って、大したことないんじゃね?」


 西銘くんは、そう言い捨てて去って行った。

 少しでも会話で歩み寄れたらと思っていたけれど、固定観念を変えるには一筋縄じゃいかないことを思い知らされた。あたしよりもジャカロが歩んで来た道の方が遥かに長くて、歴史がある。その時間の長さと歴史という積怨せきえんは、あたしの力じゃ太刀打ちできないような気を感じさせた。





 研究所に帰るとお母さんが、多くの現実を直視して落ち込んだあたしを心配した。今日は一切モニタリングしていなかったお母さんは、私室であたしの話を聞いてくれた。


「そう……それは辛いわね」

「ねえ、お母さん。あたし、今まで頑張って来たよ。たくさん勉強して、たくさんの人と接して、人間らしくなったと思うよ。でも、それでもあたしは不完全なんだよ。分析できない感情があるし、嫌ってる相手とちゃんと言葉で接してもわかってもらえない。あたしは感情を理解したい。あたしを西銘くんに受け入れてもらいたい。あたしはこれ以上、何を頑張ったら望みが叶うの?」


 あたしはお母さんに、いつものように手を差し伸べてほしかった。一番の理解者のお母さんに。けれど今日は、いつものお母さんの様子とは違った。


「……残念だけど、限界があるの。貴方のシステムにも、人間の相互理解にも。この世界には、どんなに頑張っても得られないものがある。今の貴方は、それを理解しなければならないわ」

「どんなに努力してもダメなの? あたしの望みは叶わないの?」

「難しいわ」


 今日のお母さんは、少しも励ます素振りがない。


「……それじゃああたしは、これ以上人間に近付けないの?」

「無理よ。だって貴方は、人間と同じように成長するヒューマノイドだもの。人間なれるヒューマノイドじゃないわ」

「なに。それ……」


 高校の卒業式で、校長先生が言っていた。「社会に出れば、大人として見られる」って。その言葉を、甘く受け止めていたのだろうか。

 現実は残酷で、校長先生の言葉の通りだった。社会に踏み出したら、大人うんようという境界線を踏み越えたら、それまで手を繋いでくれていた一番身近な人が、あっさりとその手を離した。一番の味方だと思ってた人が、一番残酷だった。あたしは、その残酷な現実を拒否した。


「……嫌だ。納得できない! じゃああたしは、今まで何の為に生きてきたの? 何の為に生まれたの?」

「貴方の役目は、人間とAIの橋渡しよ。未来で互いが共生できる環境を広げる為に、貴方は存在しているの」

「それはお母さんたちの都合でしょ! あたしはただそれだけの為に生きてきたつもりはないよ!」


 いつもより冷酷なお母さんは、そんなあたしを諭そうとする。


「そんなことを言っても仕方がないのよ。貴方は貴方のやるべきことがあることを前提に生まれて、役目を果たすことを目的に成長してきた。それは貴方だってわかってたでしょ?」

「わかってた。でも違う! あたしの存在意義は、そんなことだけじゃない! あたしが生きてるのは、!」

「コウカ、少し落ち着きましょ。西銘くんと話して、少し混乱しているのよ。メンテナンスをすれば気持ちも落ち着くから」


 お母さんは、一度離した手を再び差し伸べようとしてきた。だけどあたしは、その手を払った。一番味方でいてほしい人の手を、気持ちを、拒絶した。


「そうやってヒューマノイド扱いしないで! あたしはあたしなんだから!」

「コウカ!」

「もうあたしを縛らないで! あたしは国の目的の為だけに生きたくない! もっと自由に生きさせて!」


 あたしは必死に訴えた。抑えていた本音を晒した。その時。

 拒絶した手が、あたしの頬を思い切り叩いた。初めての感覚で、一瞬呆然とした。その入力で、何かしらのはっきりした気持ちが生まれた。

 お母さんを見ると、険しい表情をして怒っていた。お母さんは初めて、あたしにその顔を見せた。


「いい加減にしなさい。昔はあんなに素直だったのに、何が原因でそうなっちゃったの。ヒューマノイドなんだから、私たちの言うことをちゃん聞きなさい。でないと、調整することになるわよ」


 その時わかった。今あたしの目の前にいるのは、『お母さん』じゃない。あたしの目に映っているのは、躑躅森ツツジモリロボディベロップメント研究所所長の『躑躅森未閖ミユリ博士』だった。


「……お母さんはわかってくれると思ったのに。所詮は政府側の人間なんだね」


 あたしは部屋を飛び出した。お母さんの呼び止める声なんか無視した。

 あたしはただ、知らないことを知りたいだけだ。受け入れてもらいたいだけだ。それなのに、どうしてそう思っちゃダメなんだろう。なんであたしは、これ以上成長したらダメなのだろうか。ほしいものを望んだらいけないのだろうか。

 どうして、こうも思ったように上手くいかないのか。一人で考えても、何もわからなかった。

 あたしにはわからない。あれもこれも、わからないことだらけだ。


(もう、嫌気が差す)




─────────────────────

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

プレ運用が始まって、更に恋の予感?!

かと思ったら、特別な感情の理解に苦しんでしまったコウカ。そして、ミユリとケンカをしてしまった彼女は……。

これは、作者も当初は想像していなかった展開です。

どうぞ、引き続き第6章を読んで下さいませ。



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