第10話
その後も柊さんは、宣言通りに何度もあたしに告白してきた。お店で食事をした時とか、偶然を装って仕事帰りに一緒に帰ったり、積極的にアプローチしてきた。デートにも誘われたけどそれも断り続けて、完全に諦めてくれる日が来るまで堪えるしかなかった。
そして、十五回目の告白と、十二回目のデートの誘いを受けたその日。柊さんが諦める前に、あたしが折れた。まさかの結末だった。
勘違いしてほしくないのは、決して告白を受け入れた訳じゃない。一度だけデートに行くだけだ。知りたいことを分析し続けてきたけど、もしかしたら自分一人では限界があるんじゃないかと思い至った。二度目に断った時に、柊さんの気持ちを弄ぶとか何とか色々理由にして断ったけど、結局は人間の助けが必要だったと気付いたのだ。ヒューマノイドとしてのプライドがあったのかもしれない。
それを知った周囲の人は喜んだ。デートの申し込みを受け入れたのはお店だったから加賀美さんたちは騒いで、お母さんにも一応報告したらまた大興奮されて、カナンちゃんも興奮状態で、ミヤちゃんだけが普通に喜んでいた。
デートに行くなら服を新調しなきゃならないらしくて、お母さんが張り切ろうとしていたけどセンスを疑ったあたしは即刻断って、ミヤちゃんに買い物に付き添ってもらうことにした。
「恋愛は無理だって言ってたコウカちゃんが、まさかデートする日が来るなんて思わなかったよ」
「あたしも。なんでOKしたのか自分でも驚いてる」
「でも、良い人なんでしょ? コウカちゃんがヒューマノイドだって言っても拒絶しなかったんだから、信用できる人だね」
「まぁ……そうだね」
そして、約束の日曜日。ミヤちゃんが選んでくれたニットとスカート姿で、待ち合わせ場所の噴水広場で柊さんを待った。約束の時間の十分前に、ジャケットを羽織った私服の柊さんが来た。合流した柊さんは少し照れながら、服が似合ってるとあたしを褒めてくれた。あたしもお返しにお似合いですと褒めたら、柊さんは更に照れた。
お昼の少し前に遊園地に到着すると、園内は大勢の人々の賑やかな声と、アトラクションの音で満ちていた。絶叫マシーンからは叫び声が響き、シューティングゲームを満喫した人々は笑っていた。
高校三年生の夏休みに、ミヤちゃんとカナンちゃんの受験の息抜きで来た時以来だ。久し振りのとても賑やかな場所に、あたしの感覚は研ぎ澄まされそうだった。
「何から乗りましょうか。
「お化け屋敷が好きです。前触れもなく驚かされるので、予想できないところが」
「僕は、お化け屋敷はちょっと苦手で……」
「じゃあ。柊さんが好きなものにしましょう」
「いいんですか? それじゃあ、ジェットコースターに乗りましょう」
柊さんは絶叫マシーンが一番好きみたいだった。乗ったあとの爽快感が堪らなくて連続で乗れると、楽しそうに話した。
あたしたちはスタンダードのタイプと、仮想宇宙空間を飛び回る屋内タイプと、遊園地の目玉になっている連続三回転が売りのジェットコースターに乗った。遊園地に着いたばかりの時はどこか緊張していた様子の柊さんだけど、大好きなアトラクションを堪能すると緊張も解れたみたいだった。
「凄いな躑躅森さん。三半規管、大丈夫なんですか」
「大丈夫です。バランス感覚には自身があるので」
「羨ましいなあ。僕は、ジェットコースターの中でも回転するやつが一番好きで、本当は何回も続けて乗りたいんだけど三半規管が弱くて……三半規管を機械にしたら、何回も何十回も乗れますかね」
「そんなに乗りたいんですか」
「乗りたいです! 僕は、ヨボヨボのおじいさんになっても乗りたいんです!」
「本当に、絶叫マシーンが好きなんですね」
あたしは、くすりと笑った。好きなものを語る柊さんは、子供のようでおかしかった。
柊さんのお昼ご飯に付き合って少し休んだあとには、
「え。じゃあ、本当はわざわざHMDを装着したり、ARグラスを着ける必要がないんですか」
「そうなんです。周りに人がいれば合わせて着けますけど、基本的には自分でネットワークを繋いで見ちゃいます」
「へえ! 凄く便利なんですね。躑躅森さんは本当に凄いなぁ」
「できるのは、あたしだけじゃないですから。カドルタイプもINDタイプも同じことができるし……」
「あ。危ない」
話している途中で、柊さんは急にあたしの腕を引いた。走って来た小さい子と、危うく衝突するところだった。あたしとしたことが、周囲に気を配るのを忘れていた。
「すみません」
「あっ! 僕こそ、すみません。急に腕を」
柊さんはぱっと手を離すと、あたしの腕を掴んだ自分の手を見つめた。
「……人間と、あまり変わらないんですね。触った感覚も、体温も、本当に人間みたいだ」
あたしの身体は他のヒューマノイドとは別格の造りだから、想像していたのとは違う意外な感覚が不思議だったみたいだ。柊さんは自分の腕を触ったりして、感覚の違いを確かめていた。
その頃の研究所では、お母さんが研究室のモニターに齧りついていた。遊園地に出かける前、絶対にモニタリングしないでと言っておいたんだけれど、簡単に約束を破られていたことは全く知らなかった。
「あっ。博士。人のデートを覗き見るなんて、趣味が悪いですよ。見ないでって言われてたじゃないですか」
別件の研究をしていて久し振りに研究室に顔を出していたアルヴィンが、忠告した。
「だって気になるじゃない。コウカが初めて人間の男性とデートしてるのよ? 気にならない親が何処にいるの」
「親気分どころか、宣言しましたね」
「もしかしたら、これがコウカの転機になるかもしれないと思ったら、どうしても気になって」
「『知りたい感情がこの世界で生きていく上で一番大切な感情でも、知らずに生きていくしかない』って言ってたのは、何処の誰でしたっけ」
アルヴィンは、雑用ロボットが持って来てくれたコーヒーをお母さんに手渡した。マグカップを受け取ったお母さんは、決まりが悪そうに言い訳をする。
「あの時は、こんな機会が巡って来るなんて想像もしてなかったのよ。でも、あの子がずっと分析してるのも知っていたし、どうにかしてあげたいとは思ってたけど、なんて教えたらいいのかわからなくて」
「博士、ずっと独身ですもんね」
アルヴィンは、お母さんのプライドをチクッと刺した。黙っていられないお母さんは、負けじと言い返す。
「独身で彼氏なしの何が悪いのよ。しかも、恋人がいたことない体で言わないでくれる。て言うか、あんたも独身でしょ」
「独身ですけど、オレは恋人いますから」
「うっそ……」
さらっと事実を告白されて、お母さんの仕返しは失敗した。自分と一緒で研究一筋で、結婚なんていつでもよくて恋人なんか影もないと思っていたお母さんは、聞いた事実にショックを受けた。もしかしたら、52年生きてきて最大の衝撃かもしれない。
「抜け駆けなんて酷いじゃない!」
「いつ黙って恋人を作らないという約束をしたんですか。もう40代なんですから、当たり前じゃないですか。結婚の約束もしましたよ」
「アルヴィンは仲間だと思ってたのに」
お母さんはアルヴィンに恨みがましい視線を向けた。「やれやれ」と心の中で呟いたアルヴィンは鼻からふうっと息を漏らして、お母さんと一緒にモニターに目をやった。
「博士ももう50代なのに、研究ばかりしてていいんですか」
「私だって結婚したいわよ。だけど今は、この子の大事な時じゃない。それなのに私が色恋に現を抜かすなんて……」
「わかりますけど、距離感おかしくなってませんか。昔からですけど、開発者目線だったり至近距離になったり、博士がコウカと取る距離はバラバラです。親の代わりを続けるのはもうやめて、一定の距離感を保って下さいよ」
長年の研究パートナーとして付き合ってきたアルヴィンは、お母さんの研究への力の入れ方に疑念を抱き忠告した。忠告されたお母さんは、急に冷めた目をしてモニターから視線を外した。
「私が本気で親代わりをしてると思ってるの?私は、コウカの将来の為に手助けをしているだけよ」
「オレには、本気で親代わりをしてるようにしか見えません。我が子のようにコウカへ愛情を注いでいたら、緊急時に冷静でいられませんよ。ですから博士は、責任者として……」
「バカ言わないでちょうだい。親は親でも、私は創造者よ……それはわかってるつもり」
(わかってるつもりって……)
取り繕うつもりが、心根の強い素直さに負けて繕いきれなかったお母さんに、アルヴィンはまた鼻から息を漏らした。
アルヴィンは、お母さんを心配していた。開発した製品に愛情を注ぐことは、色恋に現を抜かすよりはましだと思っているけれど、示しを付ける為にも開発責任者の体裁は守ってほしいと思っていた。
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