第5話
あたしは仕事を真面目に続けた。加賀美さん以外のスタッフさんとも、一緒に仕事をしていくうちに打ち解けあって仲良くなった。店長が言ってた通り、あたしとの間に線を引かれることはなくて、一人の仲間として認めてくれた。
お客さんにも、本当のことはバレていない。でも何処から嗅ぎ付けたのか、目敏くてしつこいメディアのドローンだけは、お店の外からあたしの働く姿を捉えていた。だけどそれは最初のうちだけで、特に面白いものが撮れなかったからなのか、ある日から姿を見なくなった。かと思ったら、通勤時と帰宅時はちゃっかり付いて来た。ただ仕事に行って帰ってるだけだから、面白味はないだろうけど。
そんなある日。夜シフトのスタッフが一人急用で入れなくなった。その日は土曜日で忙しいから、誰か変わりに出られないかと店長が相談してきたけど、シフトは固定されてるからみんなその日は予定を入れてしまっていて、困っていた。だから、あたしが立候補した。一応お母さんとも相談して、その日だけ夜のシフトに入った。
平日昼間のお昼の時間もなかなか忙しいけど、土曜日の夜はその倍は忙しかった。家族とか複数人で来るお客さんが多くて、一気に注文が入り、その分運ぶ料理も増える。配膳ロボットは安全の為に一定の速度でしか運べないし、飲み物が床に溢れても素早く対応できないから、人手が必要なのが十全に理解できた。
閉店時間の三十分前までお客さんは来続けて、営業時間を二十分延長してようやく閉店できた。閉店後の清掃はロボットがやってくれるし、レジ精算もAlがやってくれるから、あたしたちがやることはほぼなくて、業務終了の十分後には退勤できた。
「今日はありがとう、藤森さん」
「いいえ店長。お力になれてよかったです」
「二人共、気を付けて帰ってね。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
お店の従業員専用口から出て、通りに出たところで先輩のスタッフさんと別れた。時刻は夜の10時を過ぎていた。土曜日だけど、中心街からは少し離れてる立地のお店の周りは、少し人通りが少ない。
あたしは、最寄りの駅でトラムに乗って帰った。帰宅のピークもだいぶ前に過ぎて、その上、研究所エリア方面へ向かう人は殆どいないから、所々座席が空いていた。
明るい街のネオンが過ぎ去って行くと、建物の明かりが所々灯っているくらいで、正面の窓の外にはひっそりと下弦の月が昇っていた。
駅に着いて外に出ると、中心街に比べて静謐な夜だった。研究所など企業の施設が集中するエリアだから、夜が更けてくると人通りはなくなる。
あたしは、誰とも擦れ違わない街灯の灯る道を歩いた。時々吹く風が木々を揺らして葉が擦れる音と、自分の足音しかしない。
すると後ろから、車の静かなエンジン音が聞こえてきた。そのままあたしを追い越すと思った黒いワンボックスカーは、あたしの真横で急停車して、二人の男性が降りて来た。
「なに……っ!?」
男たちは強い力であたしを拘束して、強引に車に押し込んだ。
車内は街灯の明かりが心許なく差し込んでいるだけで、すぐには顔が判別できなかった。人数を数えると、あたしを押し込んだ二人と、運転手、助手席にいる人物の四人だけのようだった。
このパターンだと誘拐かと思ったけれど、車は発車する様子がない。
「お前、
助手席の人物がしゃべった。若い男のようだった。
(バレてる!?)
「お前の主の躑躅森博士に伝言だ。新型ヒューマノイドの運用をやめろ。早急に政府と話し合い、一ヶ月以内に運用中止を公表しろ。さもなくば、強硬手段に出る」
(まさか、ジャカロ……!?)
あたしは暗いフロントガラスに薄ら映る姿に気付いて、両眼カメラでその顔をスキャンし、人物認識機能で輪郭や髪型などの特徴を浮き彫りにしていった。もしもジャカロだったら、一人でもその顔を覚えておくべきだと判断した。
人物の顔は、ものの数秒で立体化された。すると、システムが自動でメモリ内の記録を検索し始め、目鼻立ちの特徴から一人の人物をピックアップした。その結果に驚いたあたしは、確認せずにはいられなかった。
「もしかして、西銘くん?小学三年生の時まで一緒だった、西銘遼平くんだよね!?」
「しゃべるな!」
あたしが言い当てると、助手席から舌打ちをする音がした。隣の剛腕の男があたしの口を塞いだけど、喉にあるマイクで声を出すあたしには関係なかった。
「なんで西銘くんがこんなことしてるの? まさか、西銘くんはジャカロの人なの? なんで運用をやめろなんて言うの!?」
「口を塞いでもしゃべりやがる!」
「バカ。こいつは機械だぞ!」
「西銘くんなんで!? 小学生の時からずっと、あたしのことが嫌いなの!?」
「静かにしろ!」
両側の男たちはとにかく大人しくさせようと、あたしの頭を力一杯押さえ付けた。ところが西銘くんは、奮闘する彼らにやめるよう指示して、両側の二人は素直に言うことを聞いた。
西銘くんは座席の間から身を乗り出して、あたしと対面した。10年振りの再会だったけど、あたしを見る目は何も変わっていなかった。
「よお」
西銘くんは無表情で短い挨拶をすると、あたしに向かって右手を出した。あたしは握手を求められたんだと思って、同じく右手を出した。そしたら西銘くんはあたしの腕を引っ張って、肘と手首を掴むと、肘を逆方向に曲がるように力を入れた。
メキメキッと
「!?」
「リアルタイムで見てるか、躑躅森博士。これまで送ったメッセージを無視したから、俺たちはこういうかたちで意志を伝えなきゃならなくなった。こちらの要求を飲まなければ、次はこの程度じゃすまない。偉い人たちと、ちゃんと話し合って下さい」
西銘くんがあたしの両目を見つめてメッセージを送り終えると、合図を受けた二人の男はまたあたしを掴み、ゴミでも投げ捨てるように車の外に放り出された。
「待って西銘くん!」
突如振るわれた暴力の意味すらわからず、一方的な排斥発言を受けたあたしを置いて、車は静かに走り去って行った。
何がなんだかわからなかった……いや。本当は、ニューラルネットワークが正常に分析をしているから、状況も暴力の理由もわかる。それでも、分析する傍らで「なんで」がいっぱいになっていった。
呆けてしまったあたしは棒立ちになっていたことに気付いて、破損した右腕をぶら下げたまま、ひとまず
「コウカ!大丈夫!?」
「お母さん……」
モニタリングしていたお母さんが、心配して駆け付けてくれた。
お母さんは、あたしの折れた腕を持ち上げた。右腕の関節部分は完全に破損していて、特殊樹脂を突き破って
「なんて酷いこと……ごめんね。私が守ってあげないといけないのに。夜に一人で歩かせるべきじゃなかった。まさかジャカロがこっちまで来るなんて……」
「大丈夫。お母さんは何も悪くないよ。悪いのは多分、あたしだから」
「コウカ……」
「西銘くん、まだあたしのこと嫌いみたい。生まれて19年経って、人間に馴染めて認められたと思ってたよ。とんだ思い違いだったね。あたしの周りの人が優しくていい人ばかりだったから、勘違いしてた。ああいう人がいること忘れちゃいけないのに、忘れてた」
ここまであたしは、あたしに友好的な人に囲まれて過ごして来た。西銘くんみたいな人に遭遇しても、優しい人たちがあたしを庇ってくれた。それは素敵なことだけど、あたしの視界が狭まってしまっていたことで、見えないところが見えづらくなっていたことに気付かされた。
「あたしは今まで、すごく恵まれてたんだね」
「そうかもしれないわね……でも、こんなことで挫折はできないわ。貴方の役目はこれからなんだから」
お母さんは包み込むようにあたしの肩を抱いて、支えてくれた。
「わかってる。あたしの仕事は、あたしの意義なんだもんね」
「そうね」
「それなら、どうしたらいいのかな。どうしたら受け入れてもらえるかな。あたしは、人間と同じように成長するくらいしか取り柄はないし、特別な機能も備わってない。そんなあたしは、どうしたら人間とAlの役に立てるのかな?」
あたしが子供みたいな疑問を口にすると、お母さんは優しい口調でこう言った。
「話すこと」
「話す……?」
「擦れ違ったり争ったりする時は、話し合うの。誰か一人を咎めたり、一方的に仲間外れにするんじゃなくて、お互いに理解を深める為に話すの。人間はずっとそうして来たわ」
「知ってる。でも人間は、争いを繰り返してる。それって、話し合いは無駄だってことじゃないの?」
「無駄なことなんかじゃないわ。そこに意味を見出していなかったら、人類はとっくに滅んでいるもの」
確かにそうかもしれない。命を奪い合う手段しか選択していなかったら、こんな発展した未来は来なかっただろう。それを納得した上で、あたしは改めて聞いた。
「話すことは、本当に意味があるの?」
「寧ろ、意味しかないと私は思うわ。話すから相手の胸の内を知る。話さなければ相手のことがわからないままで、何も解決しないのよ」
お母さんのアドバイスは、妙に腑に落ちた。人類史を学んできたからこその意見だと思うけど、特別な能力を持っていないあたしにはぴったりの方法だったからだ。丸腰で、人間並みに話すことしかできないから、それがあたしにとっての有意な方法だと思った。
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