第7話
あたしのシンビオシス・テストの前期課程が終わったあと、いつものように由利さんが総括を聞きに来た。一応お客さんなんだからお茶出しなよって言ったのに、お母さんはやっぱり出してない。
「現在の年齢は15歳。身長は156.0センチ。予定通り、マイクロマシンの投与は終了しました。ニューラルネットワークは、12歳時より活動量が増幅していることが確認され、幼少期と比べるとおよそ五倍になっています。これは、複雑な物事を理解する為の分析を日々頻繁に繰り返していたことが要因であり、獲得した知識が増えたことによる情報処理能力の向上とも言えます」
「動力源はその後どうですか」
「
「現在、更なる改良型を開発中と伺いましたが、そちらの方の進捗はいかがですか」
「外部構造を、更に耐用しうるものに変更しました。現在は最終調整に入り、来月には使用中のものと交換する予定です」
「本人はそれで納得されましたか?」
「はい。原因を聞かれてもはぐらかさなければならなかったので、これでひとまず不満もなくなるかと。ですがまた、何度か設計データにアクセスした形跡がありました」
「見られる心配はないのでは」
「そうですが、何度もアクセスしているということは、彼女は知りたがっているんだと思います。こちらから教えなければ、自身で考え始めるでしょう。まだその心配はないと思いますが」
「今は隠し通して下さい。全てがうまくいけば、有用なエネルギーだと世間に公表できます。その段階になったら本人にも打ち明けて構いません。他に、何か気になることはありましたか」
今度は、お母さんに代わってアルヴィンが答える。
「身長が止まるのが納得していなくて、マイクロマシンの投与継続を繰り返し要求しています。今は博士と関係が若干ぎくしゃくしていて、あまり関係を拗らせて今後の成長過程で性格に影響が出ては困るので、できれば継続を許可頂きたいのですが」
「しかし。身体の成長は、人間の平均値に留める予定でしたよね。それに、材料の強化炭素繊維の供給は、既に終わっている筈ですが」
「実は。素材を提供していただいた会社から、新たに開発中の複合材料を研究にどうかとサンプルを頂きまして。それを使用して、既に製造を開始しています」
「私たちも大量製造するつもりはないので、人間の平均身長を大幅に超えることはありません。なので、もう暫く投与を続けてもいいでしょうか」
お母さんが言うと、由利さんはわからない程度に溜め息をついた。
「製造を始める前に報告してほしかったのですが……それなら問題ないでしょう。お二人の信頼関係が崩れては、計画にまで綻びが出てしまう恐れもありますし」
「
それまで仕事の顔をしていたお母さんは、由利さんを見て急にニヤニヤし出した。横のアルヴィンもちょっとニヤついてる。二人の微笑を目にした由利さんは、不審者を見るような目付きをした。
「何ですか」
「別にぃ〜。この前まで、あの子のことを製造番号で呼称してたのに、急に人間扱いしたな〜って思ってぇ〜」
「人間扱いはしていません。どうでもいいでしょう、そんなことは」
由利さんは仏頂面に直って、老眼鏡をくいっと上げた。なんか、動揺してるように見えなくもない。
「そう言えば。以前メールで、思春期の真似を始めたと報告がありましたが。まだ続いているのですか?」
「それが継続中なので、マイクロマシンの投与も続けようと思ったんです」
「何故、思春期を真似しているのかは、察しが付いているのですか」
「ええ。恐らく、感情を理解したいのかもしれません」
「感情の理解ですか。しかし、それは無理だと説明されていますよね?」
「しました。でも人間と密接になるにつれて、彼女の中で不協和音が生じ始めたのかもしれない」
「表情の表現ができていても、それに見合った感情表現情報が不足していると、彼女が考えたと?」
お母さんは空中ディスプレイに、別のグラフを表示した。
「中学生になってから、ニューラルネットワークの活動が増幅したと言いましたよね。そのタイミングが、友達が増えて遊ぶ時間も倍増した中学二年生の夏頃から。何かを頻りに分析し続けている形跡があるんです」
「密接な交友が増えたことで感情表現情報の不足に気付き、それを補おうとしている。しかし彼女は、自分が何を知りたいのか理解しているのでしょうか」
「恐らく、そこまで理解していないでしょう。だからニューラルネットワークの活動量が増幅したんです」
「なるほど。ですが、いい兆候です。我々が目指すのは、人間により近い人間と見間違える程のヒューマノイド。彼女自身が、自分の責務をよく理解しているということです」
「まあ、そうですね。あの子が今よりも成長するなら、私も喜ばしいです」
ひと通りの報告が終わって、空中ディスプレイが閉じられ、部屋の明かりが点いた。帰り支度をする由利さんに、お母さんがいつものタメ口で話しかけた。
「そうだ。前に報告書に書いた、ジャカロからのメールのことだけど。総務省からちょっと注意してくれないかしら」
「メールは、今のところ三通ですよね。業務妨害になっていないのでしたら、まだ様子見でいいでしょう」
「危機対策Alに聞いたの?」
「勿論、聞きました。様子見がAlの答えです」
ジャカロはAlを邪魔な存在だとしている団体だけど、その一方で、支援者から募った資金で、現代社会から取り残されたAl孤立者やAl孤立国の支援もしてる。
Alによって苦境に立たされた人たちが、なんでそんなことをするんだろう。自分たちと同じ境遇の人を見過ごせないんだろうって専門家は言ってるし、ジャカロも支援が自分たちの使命だと明言してる。
でも、あたしを認めない意志を示しているのも事実だから、実態の真実はわからない。支援活動は善意なのか、それとも裏があるのかも。そんな善とも悪とも判断が付けづらい団体だから、危機管理Alも様子見にしたんだと思う。
「何でもAlに聞くんじゃないわよ。Alばかりに頼ってると、思考力衰えるわよ。仕事に対する責任感とプライドはないの?」
「Alを頼ることはありますが、自分でやるべき仕事は自分で果たしています。思考力の衰えも感じていません。とにかく。実害がない現時点では、警察は動かせません。諦めて下さい」
「はいはい。じゃあ諦めるわ。ご苦労様でした。とっとと帰ってちょうだい」
お母さんに背中を押されて、由利さんは会議室を出て行った。心做しか仏頂面に眉間を寄せて、受け入れる学校が決まったらまた報告する約束をして帰って行った。
「国のお偉方は、絶対Alとズブズブよね。賄賂を渡されたか、特別な契約でも交わしたのかしら」
「契約ってなんなんですか……」
「尽くしてもらう代わりに、自分たちの身体をあげるとか」
「映画みたいな話ですね」
お母さんのタブレット端末に、事務員からショートメッセージが届いた。海外の出版社から取材の依頼が来たみたいで、返信待ちにしてあるということだった。
会議室を後にした二人は、続きを話しながら廊下を歩いた。
「不可能な話じゃないわよ。人間とAlの合体」
「そしたら、人間はもっと賢くなって、社会は更に豊かになるんでしょうか」
「どうなのかしらね。もしもそんな未来が来たとしたら、命はどう扱われると思う?」
「命ですか?」
「今や細胞を若返らせる薬があって、肉体の老化は望めば抑えられる。更に、AIが働きを制御する機械の心臓に入れ替えれば、実質、不老不死が可能になる。もしも筋肉が衰えたって、私の両足のように機械化すればインターフェースで動かすこともできる。
そうまでして長生きしたいと思う人も世の中にはいるかもしれないけど、肉体を技術で維持し続けるその行為を行った場合、命の価値はどうなるのかしら」
「そうですね……」
お母さんに問いかけられたアルヴィンは考えた。でも考え始めてすぐに、疑問に突き当たった。
「そもそも、命の価値とは何なんでしょう。寿命があるから価値があるのか。広い宇宙を探しても、オレたちのような生命体がいないからなのか。それとも、不可視で在り処が曖昧なところに価値を見出しているのか……」
上階に向かうエレベーターが来た。アルヴィンはエレベーターに乗ってからも、独り言みたいに所見を述べ続ける。
「日本人は遥か昔から、物にも神様が宿ると信じてきましたよね。そこには信仰心と一緒に、物を大切にするという教えがありますよね。そしてそれは、物にも命が宿るという考え方でもある。それを踏まえると、命というものだけに価値があるのではなくて、命が宿っている器ごと価値のあるもの、ということにならないでしょうか」
「器ごとね……」
「でもこれ、日本文化を元にした考えだから、世界共通ではないですよね」
「いいんじゃない。私は共感できるわ」
研究室がある階に到着して、アルヴィンが先に降りた。お母さんは、更に上の階の所長室に向かった。タブレット端末で海外から来たメールの内容を確認すると、専門誌のインタビューの依頼だった。一通どころか、国内外から十通も同じようなメールが来ていた。
所長室に戻り、それぞれの依頼ごとに返信したお母さんは、一人になった空間で考えごとを始めた。その眼差しは真っ直ぐに何かを見つめていて、深く物事を読んでいるようだった。
ヌアーチュア・プラティカブル・モデルヒューマノイド、
中学校を卒業したあたしは、高校生になる。シンビオシス・テストも、いよいよ大詰めを迎える。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
雪解けが進んでいた頃。ある人物が亡くなった。
恐らく、殆どの人が名前を知らない人物だ。しかしその者の葬儀には、家族の息子と孫の他にも、多くの人が喪服を着て見送りに来ていた。その人たちは皆、亡くなった者を惜しんで手を合わせた。
火葬が終わり、骨だけになった故人が、息子に抱かれて家に帰って来た。現代にはあまり似つかわしくない純和風の平屋の家の中は、静まり返っていた。
骨壷を居間の座卓に置き、父親と息子は座布団に腰を下ろし、お手伝いさんが淹れたお茶を飲んで、ひと息着いた。疲れた様子はあっても、不思議と悲しんだ跡はなかった。
「事故で死ぬなんて、呆気なかったな」
「そうだね。まだやることはあるのに、死ぬには早過ぎるよ。でもこれで、父さんの思い通りにできる」
「ああ。待ちくたびれるところだったが、ようやく私の番が来た。お前は私に付いて来てくれるか?」
「勿論だよ。オレは、正しい父さんに付いて行く」
父親は、自分の味方を貫いてくれる息子の頭を撫でた。誇らしげに。嬉しそうに。
「これからは、私を代表と呼びなさい。後継者のお前には期待しているよ」
「はい」
息子もまた父親に期待されていることを誇らしく思い、その背中を信じていた。
「そうだ。この前新しく入った者を、お前の世話係にする。今度紹介するから、勉強を教えてもらいなさい」
「わかりました」
庭に一本だけある桜の木が、蕾を膨らませていた。けれど二人の眼差しは、季節の移り変わりではなく、まだ先にある移ろいを見透していた。
この日、これまでのこの二人の歩みに
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中学生編まで読んで頂き、ありがとうございます。
次は高校生編です。中学生では思春期のまねごとをしたコウカですが、高校生ではどんな日々を送るのでしょう。
この最後に出てきた親子も気になりますよね。
どうぞ続きをお楽しみ下さい。
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