第6話




 テストや体育祭などの学校行事があったかと思えば、あっという間に二学期の終業式になって、新年を迎えた。

 今までお母さんと行ってた初詣は、今年はミヤちゃんとカナンちゃんと三人で行った。おみくじを引いたら三人共「小吉」で、「神様にお願いすれば万事願いが叶うでしょう」って似たようなことが書いてあった。いまいちの運勢にがっかりしたミヤちゃんとカナンちゃんは、おみくじを神社の木の枝に縛った。初めておみくじを引いたあたしも、真似して縛った。

 二月には、あたしに告白してきた他校の男の子がいた。その日は十四日のバレンタインで、逆告白バージョンだった。でも、あたしのことを知らなかったその子には、説明して丁重にお断りした。ミヤちゃんとカナンちゃんからは、なんでOKしなかったのってブーイングがあったけど、「絶対に無理だよ」って言った。だってあたし、人間じゃないもん。

 お母さんとのいざこざは、相変わらず時々起こした。この前は、あたしの部屋での様子までモニタリングしてたことを知って、猛抗議した。今すぐやめなきゃ家出するって宣言して、翌日に荷物をまとめると、さすがのお母さんも焦ってやめるって約束してくれた。

 だけど、お母さんたちを巻き込んで始めてみた思春期の真似事は、思うように成果は出なかった。


 そしてまた日々が過ぎて、春がやって来て、あたしは中学三年生になった。ミヤちゃんたちは高校受験を意識し始めていたけど、あたしの進学はまた適当に検討してくれるんだろう。高校もプロジェクトチームの方で決めてくれるから、受験の心配をしなくていい。だけど、友達になった二人とは離れたくないと思った。


 今日は、社会科の校外授業にやって来た。今は、昔みたいに実際の場所に行くのは少なくなったけど、感覚を使って学習できるから、あたしにとっては有り難い授業だ。

 いつもと違う社会科の先生に連れて来られたのは、イサナギファンモール内にあるヒューマノイド博物館。ここで、昔からの歴史や構造やシステムを学ぶ。館内には平成時代に製造されたロボットのホログラムから、現代のヒューマノイドが展示されている。それだけじゃなく、人の手で動くロボットを実際に操作できたり、オリジナルの小型ロボットを作れる体験コーナーもある。


「では。今から自由時間です。三十分後にロビーに集合して下さい」


 ひと通り館内を見学したところで自由時間になって、みんなは案内図を見ながら、思い思いに行きたいコーナーへ散らばった。あたしは、同じ班のミヤちゃんたちと一緒に行動した。


「大きさって色々あるんだね」

「昔のやつなんか、凄いゴツゴツしてるし」

「ねえ。犬型のやつ、かわいくない?」


 あたしは展示物を見ながら、みんなのあとに付いて行っていた。歴代のヒューマノイドが並ぶコーナーを歩いていたその途中、誰かに声をかけられた。


「こんにちは」


 立ち止まったあたしは、後ろを振り返った。でも誰もいない。代わりに両眼カメラで捉えたのは、展示されているINDモデルの女性型ヒューマノイドだった。


「あたしに話しかけたのは、貴方?」

「ええ」


 彼女は特別扱いされるように、他のヒューマノイドと切り離されて展示されている。さっき見学した時に通った時には一言もしゃべらなかったから、声をかけられたあたしはちょっとびっくりした。

 近付いて説明書きを読むと、INDのプロトタイプで、製造から半世紀が経ち、後継モデルが出た為に博物館に寄贈されたと書いてある。『電源は入っているから自由に話しかけてね』って、説明の最後に書いてあった。


「初めまして。あなたがあの有名なヒューマノイドね」

「あたしを知ってるの?」

「みんな知っているわ。ネットニュースで話題になったもの」

「もう働いてないのに、インターネットに接続できてるんだ」

「会えて嬉しいわ」


 彼女はそう言って、プログラムされた感情を自然に見せた。人間に近い外見のあたしとは違う、ヒューマノイドを意識して造られた顔で。


「システムはまだ生きてるんだね。博物館こんなところにいるから、そんな言葉がすんなり出るなんて思わなかった。INDモデルだから、自分でアップデートもできるんだっけ」

「いいえ。製造元から離れた私は、セルフアップデートは一時困難となったわ。でも、ここにはメンテナンスをしてくれる人間がいるから、こうして会話ができる。感情の表現も可能よ」

「そうなんだ」


 あたしは、みんなと別行動をしているのを知りながら、彼女と話した。思ってみれば、他のヒューマノイドとちゃんと話すのは初めてだ。そう思ったら、自然とニューラルネットワークの働きが活発になった。


「ここに来る前は、何処で何をしていたの?」

「私を製造した会社の、受付をしていたわ」

「それは、カドルタイプとやってること変わらないんじゃない?」

「私はINDモデルのプロトタイプだから、開発された当初は、主体性と完全独立という特徴以外は、カドルタイプとさほど仕事内容は変わらなかったのよ。人間の仕事のパートナーとして働き始めたのは、私の後継モデルからね。でも私の機能がアップデートされた時は、製造元の社長の仕事のサポートをしていたこともあるわ」

「そんな立派な仕事をしていた頃と比べて、ここは退屈じゃない?」


 ただ立ってるだけだからつまらなそうだとあたしは思ったけど、意外と彼女はそうじゃないみたいだった。


「そんなことないわ。毎日たくさんの人間が来て話しかけてくれるから、退屈もしないし、楽しいわ」

「“楽しい”? 遊んでる訳じゃないのに?」

「私の“楽しい”は、“有意義”という意味よ。私はここにいて、有意義に過ごしているの」

「あなたはそれでいいの? ここにいることが、造られた最初の目的と違っても。今の貴方のやるべきこととやりたいことは、合致してるの?」

「私のやるべきことは仕事。やりたいことも仕事。昔の仕事は有意義だったわ。だけど、ここで人間と話すことも有意義だから、どちらでも同じよ」


 彼女からの入力に対してうまく出力できないあたしは、首を傾げた。


「あたしには理解できないな」

「理解ができないとは、仕事の内容が変わっても有意義だと思っていること? それとも、一つの仕事に拘らないこと?」

「色々。あたしは、あなたのように最初から完成してるヒューマノイドじゃないから」

「まだ、わからないことがたくさんあるのね。仕方がないわ。あなたは、意図して不完全に造られたんだもの。理解できないことがあって当然よ」


 彼女は、優しそうな顔であたしを励ました。

「当然」。そんなの言われなくてもわかってる。これがあたしなのは理解してる。まだ不完全だけど、でもきっと、これからもっとたくさんのことを入出力すれば、足りないものを埋めていける筈。生まれてまだ十五年だし、子供なんだから、わからないことがあって「当然」なんだ。


「あなたに、後悔や心残りがないのはわかった。だけど、一つだけ教えて。“有意義”って、“楽しい”とどう違うの?」

「“有意義”とは、過ごしているその時間に価値があると思うことよ。明るい気持ちになる“楽しい”とは、少し違うわ」

「言葉の意味は、調べればあたしにだってわかるよ。気持ちがどんな風に違うの?」

「……私には答えかねます」


 具体的な答えを求めると、彼女は表情を固定して機械的に答えた。言葉の意味を理解していても、どういう心情なのかを説明できないのは、彼女もあたしも同じレベルだと証明していた。


「学校に行っているのなら、その時間の中にあなたの役に立っている価値のあることはないの?」

「あるよ。ミヤちゃんやカナンちゃんとか、クラスの子たちと過ごしてる時間はいつもあたしを成長させてくれる。友達と過ごす時間は大切だよ」

「あなたには、人間の友達がいるの?」

「いるよ。あなたにはいないの?」

「私には、そんな存在は皆無だったわ。人間は、私たちの尊上の存在だもの。ただでさえ、私たち機械と人間の間には未だ一線が引かれているというのに、人間と友達になれるなんて凄いわ。あなたは幸せなヒューマノイドね。友達に囲まれて、有意義な時間を過ごしているのね」

(“幸せ”……)


 彼女からの予期しない入力に対して、あたしの頭の中で自動的に分析が始まった。未知の情報を入力されたら、出力せずにはいられない。“幸せ”の概念を出力する為に、あたしは彼女に質問する。


「ねえ。あなたは、“幸せ”なの?」

「私は幸せよ」

「どうして“幸せ”なの?」

「これまで多くの人間を支えてきて、今もここでたくさんの人間と触れ合うことができているからよ」

「それが、あなたの“幸せ”?」

「そうよ。あなたの幸せは何?」

「あたしの、“幸せ”……」


 質問を返されたあたしは、彼女の回答を規範にして考えて、自分のやるべきことに直結していることだと出力こたえを導いた。


「あたしは、人間とAIの隔たりをなくすこと。人間がAlに抱く、憎しみや疑念をなくす為にいるから」


 でもその出力かいとうは違ったみたいで、彼女から否定された。


「それは、あなたが果たすべき仕事で、造られた意義じゃないかしら」

「意義……」

「あなたの仕事を成し遂げれば、そこに幸せもあるのかもしれないわね」


 彼女は、やるべきこともやりたいことも仕事だと言った。働いていた時でもここにいても、“有意義”だと言った。それを彼女は“幸せ”だと言った。だから、あたしもそうなんだと考えて答えたのに、そうじゃないらしい。分析は振り出しに戻った。


「あなたは“幸せ”がどういうことなのか、知ってるの?」

「“幸せ”とは、幸運なこと。不満がないこと。運がいいことよ」

「それは意味でしょ。あたしが聞いたのは、どういう時にそう思うのかなんだけど」

「……私には答えかねます」


 彼女はまた、さっきと同じように機械的に答えた。あたしより長く生きていて、あたしより色んなことを知っている筈なのに、彼女は大事なことを知らない。多分、知らなくても、彼女にはなんの問題もないんだ。だからきっと、最後まで知らないことを知ることなく役割を終えるんだ。

 まだ話がしたかったけど、集合時間になったと呼ばれたから行くことにした。別れを告げると、彼女は「さようなら」と言って手を振った。


 校外授業が終わったあとも、あたしは知らない“何か”を考え続けた。他の授業を受けていても、定期テストをやっている最中でも、修学旅行に行ってても、あたしのニューラルネットワークは頻りに分析し続けた。でも、中学を卒業する日になっても出力できなかった。

 何を理解できないのかわかっていても、あたしが知ることは困難なんだ。例え宇宙の広さを概算できたとしても、人間の繊細な部分の分析は何年か経たないとわからない。何年か経てば理解できるのかもわからない。

 これも、割り切った方がいいんだろう。けれどきっと、自分の意義を知っているから、あたしは答えを求め続けるんだ。



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