第4話




「お母さん。あたしのモニタリング、もうやめてほしいんだけど」


 あたしは、お母さんに不満を言った。不満を言うことは、今更、別に不思議なことじゃない。


「ダメよ。貴方のモニタリングは必要なのよ」

「なんか、ずっと見られてるのは“嫌”だと思う。監視みたいだよ」

「監視なんかじゃないわ。貴方の緊急事態時に速やかに対応する為に必要だって、最初に説明したじゃない」


 確かに聞いたし、一度は必要性を理解した。でも今のあたしは、素直で良い子のヒューマノイドじゃない。


「でもさ。あたしだけじゃなくて、みんなのことも見えてるんでしょ。それって、プライバシー侵害にならないの?」

「それは大丈夫よ。総務省の方から学校に説明してくれているし、生徒のプライバシーは必ず守ると誓約書も交わしてるから問題ないわ」

「お母さん、由利さんのこと嫌いでしょ。行政官とか政府の偉い人のこと、あんまり信用してないんじゃなかったっけ」

「少しくらい信用してないと、一緒に仕事なんてできないわよ」

「とにかく、あたしは大丈夫だよ。お母さん心配し過ぎ」

「心配は二の次。一番は周りに気を配る為よ。今の貴方だったら、それくらいわかるでしょ」


 周りで作業していた研究チームの人みんなが、いつもと違うあたしとお母さんのやり取りが気になって、視線を集めていた。ニューラルネットワーク担当チームは、リアルタイムで通常時のモジュールの働きと比較したり、過去のメンテナンスでの見落としを確認したりして、あたしの異変の原因を見つけようとしていた。


「あと。お母さんのファッションセンス、ダサ過ぎ」

「急にそれ言うの!? 何の脈絡もない不意打ち攻撃はやめて!」

「あたしが着てる服がダサいって、カナンちゃんに言われて初めて知ったよ。てことはだよ? 赤ちゃんの時からお母さんが選んだ服着てる訳だから、あたしは生まれつきダサいってことじゃん!」

「ダ……ダサいじゃなくて、せめて個性的って言って!」


 お母さんは結構動揺した。


「あたし自体が既に個性的だよ。なんでAlに選んでもらわないの。お母さんは、あたしがダサいって言われて何とも思わないの?」

「そ、そんなこと……」

「コウカちゃん。博士を困らせないで」


 あたしとお母さんのいざこざを止めようと窺っていたアルヴィンが、隙きを狙って間に入ってきた。服がダサいって言われたお母さんを見てて、居た堪れなくなったのかもしれない。


「モニタリングは、きみに必要なことなんだ。嫌だし納得できないかもしれないけど、コウカちゃんが安全に普通に生きられるようにする為の準備で、服のセンス以外は全部きみの為なんだ。ファッションのことは、これから勉強しても間に合うから」

「そ、そうよ。そこは、貴方次第だわ」


 動揺を必死に隠しながら、お母さんは言う。


「私たちは、貴方の将来のことを考えているのよ。今までそんなこと言わなかったのに、なんで聞き分けてくれないの。我儘言わないでちょうだい」

「我儘なんかじゃないよ。言ってるんだよ」


 あたしには反発する理由があることを言うと、お母さんは溜め息をついた。そして、それまでと表情を変えて、真剣な大人の顔付きになって言った。


「コウカ。私たちがどれだけ真剣に貴方のことを考えてるか、わかってないでしょ」

「国の為なんでしょ」

「あんまり同意したくないけど、それもあるわ。でも一番は、コウカと一緒に円満な社会を作ることよ。シビリロジー技術を全ての人に使ってもらう為に、貴方を必要としてるの。だから貴方には、立派なヒューマノイドになってほしい。その為には、嫌なこともしてもらう必要があるの」

「そうなの?」

「確かにお偉方はいけ好かないし、一緒に仕事するのは面倒だと思うわ。でも、気持ちは一致してるから仕事を引き受けた。そしてシビリロジー技術者の誇りを持って、この国の未来の為に仕事をしてる。

 それにね、貴方を造ることを諦めたおばあちゃんたちの代わりに私が成し遂げようと、強く心に決めてるの。だから私は、私のプライドをもって、貴方を社会に認められるヒューマノイドにする」


 それは、子供に言い聞かせるような言い方じゃなくて、自分の誇りとプライドをあたしに証明するような言い方だった。

 あたしだって、お母さんたちのことを何も知らない訳じゃない。研究所内のイントラネットで保存された日報のアーカイブを覗き見た時、亞記おばあちゃんの前からもの凄く苦労してきたことがよくわかった。だからお母さんが、今でもおばあちゃんたちの願いを叶えようとしてることくらい、機械のあたしにだってわかる。

 お母さんを困らせてることも、ちゃんとわかってる。でも、あたしが何度も困らせるようなことを言うのは、ちゃんとした理由があるんだ。


 あたしとの言い合いを切り上げたあと、お母さんはデスクの椅子に腰かけて天井を仰いで、大きく溜め息をついた。


「もおっ! 最近のあの子、本当に変! 反発だけじゃなくて、私を避けてるような感じだし。と言うか、無視されてるんじゃないかって思う時もあるし。私、酷いことも何もしてないわよね? あの子、一体どうしちゃったの?」

「本当に、ちょっと前のコウカちゃんとは別人ですよね」

「ニューラルネットワークは、やっぱり何も問題ないのよね?」

「はい。さっきも、小野さんたちがリアルタイムでチェックしていましたが、全て正常です。ウイルス検知もないので、外部からの影響という訳でもないかと」

「外部からの影響……」


 そのワードに引っかかったお母さんはあることを思い出し、椅子から立ち上がった。


「ねえ。コウカがおかしくなったのって、五日くらい前が最初だったかしら」

「確かそうです」

「その日の記録を見せて」


 お母さんに言われたアルヴィンは、五日前の記録を検索した。モニターに保存した映像のチャプターが表示され、お母さんは水泳の授業の映像を指定した。最初の方を早送りして、あたしとカナンちゃんが会話しているところから再生して、その場面の会話を注意深く聞き取った。


「……恐らくこれね」

「思春期の話をしてましたよね。ということは、また真似をしたってことか」

「話にあった、思春期ごっこね。これまで何度か人間の真似をしてたけど、今度は思春期か……そこまで真似するとは思わなかったわ」

「なんでまた、真似しようなんて思ったんでしょう。より人間らしくなろうと、分析しようとしたんでしょうか」

「そうでしょうね」


 お母さんは腕を組んで考えた。多分、あたしが思春期を真似した理由の検討が、何となく付いてるんだと思う。


「博士。因みに、対策は?」

「しない。このまま様子を見るわ」

「研究に支障は出ないでしょうか」

「これも研究の一つよ。ちょっと予想外の展開だけど、あの子が自分なりに考えて自発的にやっていることなら、無理にやめさせる必要はないわ」


 お母さんはあたしが考えてることを察して、思春期の継続を許してくれた。さすが、あたしの開発者で理解者だ。迷惑かけるのはちょっと申し訳ないけど、我儘に付き合ってくれるのは本当に感謝しかない。


「全くの想定外の行動をしたことは、不安じゃないんですか? 思春期になるヒューマノイドなんて、前例がないですし」

「前例がないなら、データを残しておく必要があるでしょ。それに、人間なら大体が通る通過点よ。私もあったし、貴方もあったでしょ?」

「ありましたよ。ささやかな反抗でしたけど。博士の思春期は激しそうですね」

「ちょいちょい研究に口出ししてたから、母親から邪魔者扱いされてバチバチだったわよ。それで喧嘩を繰り返した挙げ句あの人、『私より天才なんて生意気なのよ!』って言ったのよ。だから私は、『私が天才なんじゃなくてあんたが自分の限界を決めてんのよ!』って言ってやったわ」

「大人と対等に喧嘩できるなんて、さすがですね」

(恐ろしい子供だな)


 聞いたアルヴィンは、二人のお母さんが喧嘩する様子を想像した。喧嘩をするほど仲が良いとは言うけど、仲が良過ぎる喧嘩はきっとアルヴィンには手に負えない。


「だけど私に反して、あいつは思春期なんて来てなかったわね」

「あいつ? 誰ですか?」

「弟」

「ああ。双子の弟さんがいらっしゃるんでしたっけ」

「あいつは私と正反対で、いつも澄ました顔して冷静で。それがなんか気に食わなかったわ」

(だから似てる由利さんのことも嫌いなんじゃ……)

「そう言えば、お仕事は何を?」

「さあ? 私が研究所を継ぐ時に、世界を旅するって言って出て行って、殆ど連絡よこさないから。最後に連絡があったのは、五年前かしら。日本にはいるみたいだけど、何してるかは知らないわ」


 お母さんは、研究の為にあたしの思春期を許してくれたけど、親の立場で経験したことがないからその大変さを知らない。勿論あたしも、知らなくてやってる。

 だけど、すぐにやめるつもりはない。あたしとお母さんのいざこざは、まだまだ続くのだった。



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