第2話
二年生になると、クラス替えがあった。ミヤちゃんともまた一緒のクラスになって、お互いによかったねって“喜んだ”。
あたしはミヤちゃんと話しながら、初めて一緒のクラスになった同級生の顔を、席順と照合しながら一人ひとりの名前と顔を覚えていた。その作業中、一人の子に話しかけられた。
「初めましてコウカちゃん! あ。コウカちゃんて呼んでいい?」
新しいクラスで一番最初に話しかけてきたのは、
「可愛いよねコウカちゃんて! て言うかヒューマノイドなんでしょ? 入学したての頃、私もみんなに混じってコウカちゃんを見に来てたんだよ! 本当にヒューマノイド? 全然そんな風に見えないよね! 普通に人間みたい! 凄いね!」
今日も明るくて元気で、興奮してるからしゃべるスピードが早い。自分の“好き”なものを話す人って、こんな感じだ。オタクのミヤちゃんが時々そうだから慣れてるんだけど、そのミヤちゃんがちょっと引いてる。
「大国さん。テンション高いね……」
「あっ! ごめんねミヤちゃん! コウカちゃんと話せるのが嬉しくて! て言うか、私のことはカナンでいいよ! コウカちゃんも私のこと名前で呼んで! 私コウカちゃんと友達になりたいの!」
「わかったから、一度落ち着いて。カナンちゃん」
一年間溜めていた思いを一気に吐き出してすっきりしたカナンちゃんは、太陽みたいな笑顔で「宜しくね!」と言った。勢いに引いてたミヤちゃんも、苦手って訳じゃないみたい。こうして中学二年生は、新たな友達の獲得で始まった。
仲良くなったあたしたちは、カナンちゃんの誘いで三人でよく遊ぶようになった。それまで、殆どインドアな遊びをしてたあたしたちは、アクティブなカナンちゃんに最初は連れ回される感じだった。だけど、ミヤちゃんは“楽しそう”にしてて、あたしも新しく吸収するものがあって、三人でいるのが“楽しく”なっていった。
これまで、これが“楽しい”とかこれが“嬉しい”んだって学習してきたけど、その時その時の状況を共有すれば同じ感情を抱けて仲良くなれるんだとわかった。何人でも誰とでも、殆ど条件は変わらないんだと思う。
でも、あたしは分析して感情を理解しただけで、本当に抱くことはできてない。人間の“心”という精神面は、さすがのお母さんにも再現は難しい。でもまぁ、そのおかげで排他的な思想の人間からの罵詈雑言にも耐えられるんだけどね。
「コウカちゃんて、私服のセンスがダサいよね」
他の人がいる休日のカフェテラスでカナンちゃんに急にこんなことを言われても、小さな傷の一つも付かない。自覚がなかった所為もあるけど。
「そう?」
「うん。ダサいよ。本当は、初めて遊んだ時から言いたかったんだけどね。ミヤちゃんもダサいと思わない?」
「え? わ、私はそんなこと……」
同意を求められたミヤちゃんが、困って目を逸らした。多分、ミヤちゃんもずっと思ってたんじゃないかな。優しいから、あたしを傷付けないようにしてたんだ。
「自分で選んでるの?」
「ううん。お母さんが選んでくれてる」
「お母さんなんだ! そうだよね! Alが選んでくれてたら、そんなダサくならないよね!」
(お母さんモニタリングしてると思うけど、ショック受けてないかな……)
カナンちゃんは遠回しにお母さんを貶したけど、悪気はないと思う。ただ素直なだけなんだ。素直な発言は時には他人を傷付けることもあるけど、その天真爛漫さのおかげか、彼女を嫌ってる人に会ったことはない。
「よしっ。わかった!」
カナンちゃんは急に立ち上がった。
「コウカちゃんのファッションを改造しよう!」
「えっ。遊園地は?」
「予定変更! 遊園地より、ダサいファッションを変える方が大事! 行くよ!」
アクティブなカナンちゃんは、あたしたちの意見を聞かずにどんどん行ってしまった。いつもこんな感じだから、あたしとミヤちゃんは「しょうがないね」とアイコンタクトをして、取り敢えず付いて行った。
その道すがら、カナンちゃんはあたしたちの後方で飛ぶ黒い小型ドローンを気にかけた。
「ねえ。あのドローン、さっきから私たちのこと付けてない?」
「ああ、あれ? 多分、メディア関係のドローンだよ。あたしずっと隠し撮りされてるから」
「嘘!? 怖くない? てか、気持ち悪い! てか、ちょー迷惑!」
カナンちゃんはドローンに向かってクレームを言った。
「あたしはもう慣れたけど、二人は嫌だよね。ごめんね」
「ううん。なんか、コウカちゃんも大変なんだね」
「プライバシー保護はちゃんとしてるみたいだし、私もあんまり気にならなくなったから、大丈夫だよ」
「私も、顔撮られても全然大丈夫だよ!」
「ありがとう。ミヤちゃん。カナンちゃん」
小型ドローンは多分、朝から付けて来てた。いつものことだからあたしもそんなに気にしてなかったけど、見たことないモデルだったのは少しだけ気になった。だから高画質写真を撮って、お母さんに送っておいた。
あたしたちが来たのは、諌薙市で最も広大な敷地を誇るイサナギファンモール。あたしが誕生した年に完成した、アミューズメント複合施設だ。
地下五階から地上十三階まであって、巨大ショッピングモールや映画館、水族館、美術館、それから、仮想世界を体感できるゲーム施設や、ヒューマノイド博物館がある。飲食店も充実してて、中庭や広々としたガーデンもあるから、休憩しながら一日中ここで遊べる。
そして一番目を引くのが、とても高い電波塔イサナギタワー。完成はファンモールと同時期で、その高さは700メートル。テレビやインターネットの中継基地となっている。避雷針の役割も果たしていて、落雷があれば地下の装置に蓄電されるし、昔の東京スカイツリーみたいに雲を採取して、気象の研究にも役立てられている。
あたしたちはショッピングモール内にある、女子中高学生に人気のファッションブランドのお店に来た。土曜日だから、友達同士で買い物に来た同年代の女の子たちが、大きな鏡の前でお互いの洋服を選んだりして賑わっていた。
「どんなのがいいかなぁ。コウカちゃんはどんなのが着たい?」
「あたし“好み”がないから、よくわかんないんだよね。みんなが着てる洋服を見て統計取って、流行りの傾向を探るのはできるんだけど」
「それめちゃくちゃヒューマノイドっぽいー!」
オシャレな店内には、色んなデザインの洋服がワンサイズだけ展示されてる。カナンちゃんはミヤちゃんと相談しながら、あたしに似合いそうな洋服を幾つか選んで、お店のアプリでバーコードを次々と読み込んだ。
「いったんこれで試着しよ!」
カナンちゃんに手を引かれて、次は大きな鏡の前に立った。
「じゃあ。まずはこれ」
カナンちゃんがアプリで読み込んだ服を選ぶと、鏡に映るあたしの服が一瞬で花柄のワンピースに変わった。
お店のアプリと店舗のAlが連動していて、バーコードを読み込んだ服を、その人に合うサイズで擬似試着をさせてくれるシステムだ。鏡の前に人間が立つと、Alが身長や体重を測定して体型を割り出して、ぴったりなサイズを選んでくれるのだ。勿論、色も選べる。
「次はこれ。トップスはどれがいいかな?」
組み合わせに困っても、Alがその人に似合うものをオススメしてくれる。だからどんなに個性的な服を選んでも、Alがどうにかしてくれる。
何着か試着して、あたしは、カナンちゃんとミヤちゃんが選んでくれた服とAlが選んだ組み合わせのものを二通り買って、二人も気に入った服を買った。購入したものは、早ければ今日の夕方には自宅に配達してくれる。
そのあとは、予定してた遊園地の代わりに、施設内にある水族館に寄って、帰ることにした。
「楽しかったー!」
「あたしも“楽しかった”。ね、ミヤちゃん」
「うん。カナンちゃんといるの楽しいよね」
「本当に? 嬉しい! あ、コウカちゃん。今度遊ぶ時、今日買った服着てきてね!」
「わかった。約束する」
「私は、来週のデートに着て行くんだぁ」
カナンちゃんは“楽しみ”にしてるデートを想像して、“嬉しそう”にスキップする。
「そう言えば、カナンちゃんには年上の彼氏がいるんだよね。いいなぁ。毎日が楽しくて充実してそうだよね」
「楽しいよ! ミヤちゃんも作りなよ。気になる人いないの?」
「ええ……」
ミヤちゃんは困って視線を外しながら、ちょっとだけ頬が赤くなった。人間が顔を赤くする時は、発熱してる時か、恥ずかしいと思ったり照れてる時だ。今日のミヤちゃんは元気だから、きっと後者だ。
「どんな人が好み? 芸能人で言うと?」
カナンちゃんに迫られたミヤちゃんは、恥ずかしながら言った。
「……ふ、
「……誰?」
アイドル好きで、イケメン芸能人なら大抵知ってるカナンちゃんでも聞いたことがない名前みたいで、ちょっと首を傾げた。
「好きなキャラの声優さん。でも顔って言うか、素敵な声が好きなの。『バイオレンス・アイドル』っていうゲームのキャラクターのリョウガが好きなんだけど、そのリョウガの声優さんなの」
「『バイオレンス・アイドル』……」
「そう。いわゆるアイドル育成ゲームなんだけどね。アイドルたちが異種格闘技戦で戦って、勝ったら持ち歌を歌えるっていうやつで、今期アニメ化したの。でね、リョウガは主人公のキラのライバルなんだけど、ワルの風貌に似合わない繊細なラブソングがとっても素敵で。見た目と歌声が合わないところがなんかめちゃくちゃ惹かれて。ギャップ萌えってやつかな。気が付いたらリョウガと同じくらい福士くんも好きになってて……」
ミヤちゃんは早口で“好き”なものを語った。二次元のオタクじゃないカナンちゃんは声優さんは殆ど知らないから、最初はぽかんとしてて反応が薄かったけど。
「何それ! そのゲーム面白そう!」
何故か急にテンションが上がった。
「そういうのやったことないし、私もやってみようかな。アイドル好きだし」
「一度やってみて。試合とかライブはHMDで見られるから、自分の為に戦ったり歌ったりしてくれてる気分になれるんだよ。あ、でも。最終的には自分の推しをトップアイドルにするんだけど、いかに強い異種格闘技選手にできるかも重要だからね。勝たないと歌えないし、仕事のオファー来ないから」
「そっか。プロデューサーでありコーチなんだね」
(そのゲーム、アイドル育成するやつなんだよね……?)
話の内容はちょっと理解できなかったけど、二人がとても“楽しそう”に話しているのを、あたしは後ろから見ていた。
でも、急に思った。その場に一緒にいるあたしも“楽しい”筈なのに、笑顔を作っても、何かデータが不足してるような気がした。
状況と表情パターンの分析で“楽しい”場面なのは間違いないから、情報の不一致は起きていない筈。でも、何が原因でデータが足りないと思ったのかわからなかった。
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