不幸の檻 re

みあ

第1話


 ――まだねない――ええ〜もう寝る時間だよ。明日は海行くんでしょ――やだ、ねない――もう、しょうがないなぁ……寝る前に、寝物語でもしてあげようか?――――ねももがあり?――寝る前にお話してあげようってこと――ほんと?なんのおはなし?――昔話だよ――ももたろう?まっちうりのしょうじょ?かぐやひめ?みにくいあひるのこ?――どれでもないよ。お伽話みたいな、昔話だよ。昔々ね…………









 学校からそのままバイトへ行ったので、帰りが11時近くになってしまった。母はもう仕事に行っただろうか、最近変な男に絡まれて、行くのを渋っていたから今日も家にいるだろうかと考えたながら歩いた。

 ただいま、と言っても返事がない。靴はあるので、寝ているのだと思い、靴を脱いで目の前のドアを開ける。入り口の側の電気をつけると、急な明るさに目が眩んだ。

 と、いつも通りの日常はここまでだった。次の瞬間に目に入ったのは、宙に浮いた足だった。そのまま視線を上げて行くと、天井からコードが掛けてあり、それを辿って行くと首を一周して根元で結ばれていた。その輪が、その身体を天井から全て支えていた。根本から折れた首は、髪で覆われていて顔は見えない。

 、自身の母であったと認識できた瞬間、足の力が抜けて崩れ落ちた。ドアに当たった背中や、思い切り落ちたために足を変に捻ったとか、そんなことは全くわからなかった。それは後で知った。上手く息ができなくて、咳をするように息をした。でも足元に真っ白の封筒があった。涙が出なかった。何が起こっているのか、しばらく分からなかった。分かりたくもなかった。

 気がつくと、結構な時間が経っていて、時計を見ると0時49分を指していた。どうすればいいのか分からない。警察に通報しないといけない。電話のコードがまさに、別の用途で使われているので、電話をするなら外に出ないといけない。しかしここから動くのも気が引けた。ほんの数時間前まで、疲れたとか、眠いとかお腹空いたとか思っていたのに、今は何も全く感じない。多分、電話のコードを使ったのはわざとだ。でも、理由が分からない。きっと、私の知らないことは沢山あるんだろう。そうでなきゃ、こんな死に方しないし、そもそもこんな暮らしはしていない。


 なんとなく、考えていたら頭が冷えてきたのでまずは動こうと思った。


———ガチャンッ


これは、ドアの音だ。よく考えたら鍵をしていなかった。私はまだ、床に座っている。後ろを向いてはいけないだろうか。でも、どうせなら、見た方がいい。


「………な……死んでる……?……あ、あ〜こんばんは、ご愁傷様。警察には連絡した? 」


その男の声に振り返る。母に付き纏っていた男ではない。若い、二十代半ばだろうか。気まずそうに声をかけてきた。


「………………ね、あなた、どうして母を殺しに来たの? 」


彼の表情が強張った。予想外とでも言うように。逃げられたら嫌なので立ち上がる。


「な、んで……まあ、不法侵入して何もするつもりはないって言うのも無理があるか」

「あなた、血の臭いがする。ここに来る前に誰か殺しでもした? 」


そう聞くと後ずさったので、一歩前に出て右手で彼の左腕を掴む。しかし、彼の着ている服や顔には血のようなものは一切見当たらない。


どうしてそう思ったのか、と聞かれても分からない。ただ、なんとなく。根拠とか証拠とかそんなことはどうでもよくて、ただその事実だけが重要だった。


「……どうして、僕が人殺しならどうして逃げないの?こんなに近づいたら、殺してくれと言ってるようなものでしょ」


矛盾したような行動に冷ややかな視線が向けられる。私も大概おかしいが、彼のありようもまた奇妙だった。矛盾に矛盾を重ねたような状況に笑いがこみ上げる。


「………ふっ、ふふっ。あはは、そう、その通り。ねぇお兄さん、私を殺してくれない? 」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る