(4-4)
◆◆
家に帰って部屋にこもり、机の上に置いてあった砂時計を握りしめながらベッドに仰向けに寝転ぶ。
腕をまっすぐに伸ばして、天井を背景に横向きにした砂時計を何度も左右に揺らしてみる。
らせん状の管に砂が流れこむけど、横向きにした渦の底にたまって砂が止まる。
胴体を回転させ、渋滞した砂が移動していくのをじっと眺めながら、私はカズ君のことを考えていた。
登山合宿のことも、図書館で勉強したことも、花火大会の失敗も全部覚えてる。
この記憶は全部本物なのに、どうしてカズ君だけいなくなったんだろう。
考えないようにしていたけど、嫌な予感が頭の中に浮かんでくる。
もしかして……死んじゃったからなの?
でも、それはそれで理屈に合わない。
カズ君も一緒に事故に巻き込まれたはずだけど、だからと言って、存在自体が消えてしまうはずがない。
結局思考はぐるぐると同じところを回るばかりで、伸ばしていた腕が疲れただけだった。
横になったまま砂時計を額に置いて目を閉じる。
三分たったかなと思って見てみると、砂はまだ半分も落ちていない。
もう一度目を閉じる。
……。
気がつくとそこは教室だった。
――夢?
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
机に伏していた私が顔を上げると、ほんの少し白いもやがかかっているように見えるけど、いつもの見慣れた風景だった。
隣の席にカズ君がいる。
え、どういうこと?
元に戻ったってこと?
だけど、何かがおかしい。
弾けるように体を向けた私に怪訝な視線を向けただけで、カズ君は立ち上がると梨奈のところへ行ってしまった。
当たり前のように梨奈の肩に手を置き、楽しそうに話をしている。
私が見たこともないリラックスした笑顔だ。
どうして?
梨奈も大げさに手を振ったりしながら声を上げて笑い転げている。
どういうことなの?
立ち上がろうとしたとき、私は自分が中学の時の制服を着ていることに気づいた。
また新しいいびつな世界に紛れ込んでしまったらしい。
夢……なんだよね?
夢なら覚めてよ。
ふつう、夢だって気づいたら、目が覚めるじゃない。
なのに、目の前の風景は揺らぐことなく続いている。
休み時間が終わってまたみんなが席に着く。
私の隣の席に戻ってきたカズ君はこちらを見ずに教科書やノートを用意している。
「あ、あのね……」
声をかけてもこっちを見てくれない。
「ねえ、カズ君」
名を呼ぶとようやく面倒くさそうに顔を向けてくれたものの、英語の先生が来て授業が始まってしまった。
さっそく課題チェックが行われた。
いつものように生徒をランダムに指名して文法事項や日本語訳を答えさせていく。
勉強の内容はまったく理解できない。
そもそも私の机の上には教科書もノートもプリントも何もない。
鼻の頭に気持ちの悪い汗がにじむ。
「じゃ、次、上志津」
「は、はい」
指名されて思わず立ち上がったけど、もちろん答えどころか、何の問題なのかすら分からない。
「どうした、やってきてないのか」
「すみません」
「座れ」
恥ずかしさと悔しさで体が熱くなるけど、まわりを見回してみてもみんな授業に集中していて、誰も私のことなど気にしてもいない。
一人だけ制服が違うことにも気づいてないようだ。
高校なのに中学の時みたいに私の存在が無視されていた。
授業が終わると、みんなが教室移動で一斉にどこかへ行ってしまう。
ねえ、待ってよ。
だけど、私は自分の席から動けない。
立ち上がれるのに、足が踏み出せない。
――違う。
狭いガラスの容器に閉じ込められているんだ。
私はそこから外へは出られない。
カズ君が梨奈と仲良く肩を寄せ合いながら教室を出ていく。
ねえ、待って。
私はここだよ。
お願いだから、私をおいていかないで。
拳に血がにじむまで必死にガラスを叩いたけど、音もしないし、割れもしない。
いつの間にか机の上に私のスマホが出ていた。
――壊れたはずなのに。
画面も割れていないし、バッテリーもフル充電だ。
私は震える指でカズ君にメッセージを送った。
《つらいよ》
《苦しいよ》
《さびしいよ》
助けて、カズ君。
だけど、既読はつくのに、いくら待っても返信がない。
届いているのに、返事がないのはなぜ?
どこへも行けない私は机に座って、小さなガラス容器の中から窓の外の空を眺めているしかなかった。
空は青くただまぶしいだけ。
返事の来ないスマホを鞄にしまおうとしたら、薄紫色のレターセットが入っていた。
君に手紙を書いて下駄箱に入れても、もう届かないのかな。
大好きな君へ。
そちらの世界にいる君へ。
この気持ちだけでいいから届いてよ。
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