(3-4)
◇
人生の答え合わせは突然やってくる。
未来を先に知ることはできないからこそ答えを知りたいと願うものだけど、それが自分に都合の悪い結果なら、知りたくなかったと後悔することになる。
答え合わせというのは、つねに期待外れなものだ。
八月中旬のお盆休み中は高校の図書館が閉まるし、上志津さんも家族で出かける用事があるということだったので、僕らは一週間会わずに過ごすことになった。
思えば、入学以来ゴールデンウィークをのぞいて、平日のほとんどを毎日のように会っていたのが信じられない。
最初の一ヶ月は単なる同級生としての立場だったから、付き合い始めてからとでは全然重みが違うけど、人生なんてきっかけ一つで簡単に変わるんだ。
そのきっかけだって、気がついていないだけで、自分のまわりにいっぱい転がっているものなんだろう。
それに手を伸ばして拾い上げるかどうか。
ほんの少しの勇気があれば変われるんだ。
そんなお盆休み中、僕は久しぶりに地元の街を歩いていた。
城下町の土産物店に観光の若い女性三人組がいてにぎやかだった。
「ねえ、これ良くない?」
「あ、ホントだ。和風でオシャレ」
「センスいいじゃん。意外と安いし」
なんだろうと離れたところから見てみたら、バレッタという髪留めのことだった。
そういえば、上志津さんも食事の時とかに長い髪を留めるのに使ってたな。
ふだんは前に垂らしている髪を後ろでまとめるんだけど、脇を上げて留める瞬間、クラスの男子連中が一斉に息をのむのが分かる。
カレシとしてはすごく複雑な気分だけど、文句を言う資格はない。
僕もつい見てしまうからだ。
中学までは、そういった女子の仕草なんて気にしたことはなかった。
女子の噂で盛り上がる連中に同調することはできなかったし、そもそも何がそんなに興奮するのかも正直なところよく分かっていなかった。
中には女子にちょっかいを出して嫌われているやつもいたけど、どうしてそんなことをするのか不思議でならなかった。
あれは自分でもどうしようもない衝動に駆られていたんだろうな。
好かれたいと思う対象を攻撃してしまうほどの激しさを、今の僕は笑うことができないし、ああいうことをすると嫌われるという反面教師としてありがたく参考にさせてもらうしかない。
頭と体と心の成長は人によってバラバラなんだろう。
僕はあまり男女の違いに関心を持っていなかったわけだけど、高校に入って上志津さんと出会った瞬間、スイッチが切り替わったみたいに何かが変わったんだ。
それまで見えていなかったものが見えるようになって、今では気になってしかたがない。
だから、今頃になってようやく自分も思春期真っ盛りの男子だったことを自覚して、むしろ安心というか、これでいいんだと奇妙な自信を持つようになっていた。
遅れてきた中学生男子みたいな自分を笑いつつ、道を踏み外さないように気をつけようと戒めたりもする。
今はまだ手探りだ。
でも、少しずつ前に進んでいることは間違いない。
土産物を物色していた女性グループがいなくなったので、僕はお店の奥に入ってバレッタを見てみた。
素材はプラスチックだけど、鼈甲色や漆風の艶のある黒地に花模様が散らされたり、金銀の粉で模様が描かれていたりと、値段が手頃なわりになかなか手が込んでいる。
紅葉や桔梗など、秋の絵柄でも組み合わせが何種類もあって選ぶのに迷ってしまう。
そんなバレッタに見入っていると、彼女の顔が重なる。
驚いた表情、喜ぶ笑顔、つけたときの後ろ姿、そんな想像をするだけで楽しい。
不意に、花火大会の浴衣で見た上げ髪を思い出して顔が熱くなる。
あの花飾りが僕のプレゼントしたバレッタに置き換わったら……。
迷うのがこんなに楽しいなんて。
よし、これにしよう。
やや濃い色の鼈甲地に紅葉が舞う金の流水文様が施された琴の形だ。
季節感は前倒しだけど、絶対に彼女の髪に似合うと僕は確信していた。
ショッピングモールで探す計画は映画を見に行く約束になったから、その前にサプライズだ。
きっとうまくいく。
僕らはもっと前に進めるはずなんだから。
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