第73話 ゼフの教え子

§  §  §


ここではない世界。

邪神軍との戦いの最前線の街は喧騒に包まれていた。


ゼファイトスは焦っていた。

あともう少しで悪徳貴族のドロスカルを討ち取れる。まさにその時だった。

長剣の剣士がものすごい速度で突っ込んできて彼を剣戟の嵐に飲み込んでいく。

強い剣戟を繰り出してくる剣士に対してではなく、助かった表情をしていたドロスカルに強い怒りと焦燥を感じていた。


「邪魔をするなっ!!」

「えっ? ぐはっ!!!」


凄まじい強さの剣士を意表を突く腹パンチで吹き飛ばす。ゼファイトスは吹き飛んでいく彼を確認することなくドロスカルに突撃するが、すぐさま犬族の重戦士がブロックをしに来る。

魔術が込められた盾を感知し、盾の上から強力な魔力を籠った一撃で彼をよろめかせた後に重心のずれた身体に対して魔力の籠った強い蹴りで吹き飛ばして突撃を続ける。


「なんとっ!!」

「早いっ!!」


耳長族の狩人が魔力を込めた弓矢で彼の進行方向に撃つが、射線が見えるかの如く避けて突進していく。その間に猫族のレンジャーが彼の進行方向に立ちふさがる。


「邪魔だっ!!」

「邪魔しないよっ~にゃー」


ゼファイトスはただ立ちふさがって猫のポーズをするだけの猫族のレンジャーに一瞬虚を突かれる。そのすきに竜族の武僧が両手に付けた手甲で、岩をも砕く勢いで彼を打ち付けてくる。


「せやっ!!」

「このっ!!!」


ゼファイトスは大幅に迂回し、地を蹴りドロスカルへと双剣を放とうとする。が、彼の体はドロスカルの目の前に展開されていた魔法の鎖によって絡めとられてしまう。


「がっ!! くそっ! グッ!! うおおおおおおお!!!」


叫び、もがいて外そうとするが、魔法の鎖以外にも「何か」の糸状のものが体に巻き付き始め、彼はまったく身動きをすることが出来なくなってしまう。


「すごい……一人の力でここまでやるなんて……」


魔人族の魔術師が捕縛のための追加の魔力を鎖に込めながら驚きの声を上げる。

その後ろから神々しさをまとった女性が前に進み出てくる。


「そこまでです。ゼファイトス」

「ぐっ!! 女神よ!! なぜ止めるのです!」


「怒りに満ち溢れ、我を失っては復讐の心を生み、永遠に戦いを続けることになります」

「だが! 奴は! 奴は仲間を! スラムに住む人間を無慈悲に……虫けらのように殺し……」


神々しさをまとった女性は手に力をこめると、ゼファイトスの体を包み込んでいく。

ゼファイトスの体に巡っていた怒りや疲れが一気に抜けていった。


「……ああ……これが神の御力か……」

「ゼファイトス。あなたのやり方ではあなたの本当に守りたいものが守れないでしょう。私と共に来なさい……あなたの守りたいものの未来を変えたいのなら……」


ゼファイトスはうなだれ、現状では手を出せない事を知った。

彼の目の端ではドロスカルも拘束され、どこかへと歩かされていた。

彼等の将来は民衆の手に委ねられることとなった。


§  §  §


凄まじい斬撃の応酬だった。

海波と最終兵器君こと羽雪優斗うゆきゆうとは剣で踊っているかのようだった。

最初こそは相手を打ちのめそうと言う武骨な直線的な動きだったが、段々と緩やかに舞う様に相手の呼吸に合わせて相手の攻撃をきれいに迎撃していく感じになっていた。


(……この感じ……君の記憶にある……)

(ああ……レヴィだ……)

(どうして……そんなに悲しいの?)

(ああ……あの騎士団の……寛治の気持ちがわかってしまうな……)

(……彼が未来を託した人間だったんだね……)

(ああ……全てを救ってくれると信じていた……)


羽雪優斗うゆきゆうとは海波の転生前の人間にはとっくに気が付いたようで、途中から楽しんで剣を振るっているかのように見えた。

海波は逆に、彼が剣を振るうたびに悲しみに包まれていった。

強烈な二人の剣戟が交錯すると、あまりの威力で二人の距離が離れてしまう。


その場で唯一のギャラリーになっていた女性研究員は思わず感想が口に出てしまう。

「すごい……まるで神の戦い……」


羽雪優斗うゆきゆうとは暫く静止した後、海波の表情に一瞬驚くが、気を引き締めて剣を構えなおす。

「……行きます!!」


§  §  §


ここではない世界。


邪神軍との戦いの最前線の街は兵士や騎士、魔術師が集まり、まるで王都の祭りの様な賑わいになっていた。


そんな中、街の裏手の広場で稽古をしている人間の集団がいた。


「いいぞっ! 力任せ感が無くなってきた。良い動きだ!」

「ぜりゃ!!!」


長剣の剣士の本気の斬撃をゼファイトスがいなしながら、動きを導くように立ち位置を変える。

「くそっ!!」


長剣の剣士が不意を打たれたのを挽回しようと魔力強めで剣を振るうと綺麗に受け流されて彼の腹にゼファイトスの剣のグリップが突き刺さる。


「ぐほっ!!」

「無理に挽回しようとするな。立ち位置を常に変えろ」

「は、はいっ!……ってちょっと待って。マジでキツイ……」


ゼファイトスは脇に控えていた女神の巫女に視線を送る。

「次だ……治療を」

「はい。頑張ってくださいねレヴィ」


長剣の剣士は治療されながらも、続けて海波と稽古をする兄弟たちを真剣なまなざしで見ていた。

その隣に魔人族の魔術師が魔法陣の魔導書を抱えながら座る。


「がんばってるね」

「ああ、みんな本気だからな……」

「……うん。みんなの事……信じてるんだろうね」

「……そうだな」


魔人族の魔術師は稽古をしている長剣の剣士の兄弟たちを眩しそうに見ていた。


§  §  §


羽雪優斗うゆきゆうとの強烈な斬撃が続く。海波との立ち位置を測り、最適な足運びで最高の威力の剣戟を彼に打ち込んでいた。


(すごい!! 流れる様に!!)

(素晴らしい!! 力任せのレヴィがこんなにも美しい足運びを!!)


海波が感動しながら剣をいなそうとするが、最適な場所と高威力の連撃で体を持っていかれ、体勢が崩れ始めていた。


(なんと言う連撃だ!! 防ぎきれない!!)

(なに喜んでるの!! 死んじゃうよ!!)



§  §  §


ここではない世界。


ゼファイトスは女神の騎士レヴァヴリィと軽い打ち稽古をしていた。

本気で打ち合わない、型を確認するようだったが速度が早すぎて高速で演舞している感じでギャラリーが出来るほどだった。

稽古を終えると、ゼファイトスは剣を鞘に納め、移動の準備を開始する。


「行くんですか……一人で……」

「ああ……最後の確認は終わった。教えることはもうない。後はお前たち次第だ」


女神の騎士レヴァヴリィはこれからの作戦で抜けれない自分に歯がゆい思いをしていた。

「この作戦……終わったら俺たちも参加できるんで……せめて騎士達を……」


「彼らを連れては……おそらく間に合わない……街が……俺の守りたいものが無くなる。時間が無い。俺は行く」


「師匠。駄目です! もっと仲間を頼らなければ! 一人でやれることなんて……そんな事を続けてたら死んでしまいますよ!」


「……あとは任せた。レヴィ。お前たちならもう。大丈夫だ」


それが前世での彼らの最後の会話になった。


§  §  §


海波は終わる事のないほどの連撃をぎりぎりでかわし、受け止め続けていた。

羽雪優斗うゆきゆうとの最後の一撃を両手の二刀でいなし、剣から手を放して拳に雷の力をまとわせる。そのまま彼の腹にカウンターを入れる。

羽雪優斗うゆきゆうとはよけきれずに直撃を受ける。あまりの威力に反対側の壁まで足を滑らせながら吹き飛んでいく。

予測はしていた様で腹に魔力を込めたのか、腹パンで沈む他の人間と比べるとかなり平気なように見えた。


「……っっぅう!! 効きますね」


海波は足元の剣を足でけり上げ、手に持ちかえる。


「……レヴィ……なんだな?」

「久しぶりですね。師匠」


海波は全く違う顔のはずなのに、羽雪優斗うゆきゆうとに弟子のレヴィの表情と同じように見えていた。

(同じ表情……だね)

(……ぐっ……)


「あ……師匠……泣かないでください……」

「すまない。分っていても……心はどうすることもできないものだな……何故おまえまでこちらに……負けたのだな……『不死の魔王』に……」


羽雪優斗うゆきゆうとは暫く、海波がなんの事を言っているか理解できなかった。が、彼が転生してきた経緯と、何故ここにいるかを説明するには彼の脳筋寄りの頭では処理しきれないようだった。

「……え? あ、違いますよ。えっと……ちょっと、どう説明すれば……俺は……」


ズドーーン。


彼が説明しようと困っていると、突然二人の間にかなりの重量のある人間型の機械が高速で着地する。砂埃が舞う中、紅華と瑠衣、寛治が部屋に到着する。


「海君!! 大丈夫!!!?」

「海波!! え?? 凄い女神の力!?」

「なにがどうなってやがる??」


紅華が海波の前に立ち、盾を構えながら状況を確認する。

羽雪優斗うゆきゆうとは剣を下ろし、安心した表情になる。


「……良かった。また一人で暴走しているのかと思ってました。仲間、ちゃんといるんですね」

「……え?」

「知り合い? 海波?」


「ああ、こちらの世界の名前は知らないが、レヴィ、レヴァヴリィだ」

「え? 女神の騎士様!?」

「あのイケメン騎士ね! 転生してもイケメンじゃない!」

「女神の騎士……懐かしいな。とんでもない強さだった記憶が……」


羽雪優斗うゆきゆうとは彼女たちの反応に驚きを隠せなかった。

「……え? 君達もあの戦いに?」


寛治も警戒を解き、剣を下ろしながらも悲しそうな表情をする。

「……久しぶりだな……って、ちょっと待ってくれ……やっぱり負けたのか……お前がいるってことは別動隊は……」

「あ、そうか……あたし達……」

「囮作戦は失敗になっちゃったんだね……」


紅華と瑠衣も残念そうな、何とも言えない表情になる。

羽雪優斗うゆきゆうとはその場の人間の振る舞いに疑問を抱くが理解しきれていなかった。

「え、あの……なんか変な雰囲気なんだけど……なんで?」


魔道機械人形が周囲を警戒しながら助言をする。

「レヴィ。彼等ハ転生後ノ、アチラノ世界ノ情報ヲ知リマセン」

「ああ、そう言う事……」

「転生後ノ時間ノズレハアリマスガ。遡ル事ハデキマセン」

「そっか……それじゃ悲しい気分になるのはあたりまえか……んと、どこから説明を……ってかこの魔力の感じ……覚えがあるな……」


羽雪優斗うゆきゆうとが記憶を探る中、そこにいた者全員が扉の方向を見る。

何か禍々しい巨大な力が突然爆発したかのように感じられた。


(……この感じはなんだ? 邪神の神官の魔術の様な感覚が……)

(間空さんに感じた力じゃない?)


「なんかすごい力が……」

「やばいぞ!」


紅華が慌てて事情が分かりそうな門番に質問をする。

「ねぇ、これって『魔王』じゃないの??」


羽雪優斗うゆきゆうとが険しい表情になりながら否定をする。

「……違う。『魔王』はこんなもんじゃない……」

「レヴィ。『魔王』ノ波動ヲ感知。異界ノ門ガ開ク前ニ止メル事ヲ推奨シマス」


「今だったら出てくる前に止められると言う事か」

「そうですね」


寛治が武器を構えなおし、気合が入った様に見える。


美来みくはこの中なんだよな? この扉は開くのか? なんか嫌な予感がするんだが」

「……扉があくかは……知らないですね……」


(確かに……変な魔術の痕跡が見えるな……)

(石の扉なのにこの大きさなの? 動くの??)


女性研究員が申し訳なさそうに会話に入ってくる。


「あの……その扉……封印がされていて開かないんですけど……」


「「「えっ?」」」



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