第64話 母親の思い

§  §  §


瑠衣と紅華は蓮輝の家に近いコンビニの前でカフェラテを飲みながら、海波の事、今後の事の相談を続けていた。

突然の外出要請のせいでコンビニの中のカップラーメンやお菓子など、保存できそうな食べ物は残らず売り切れている感じになっていた。


「……やっぱり、前世での思い……それを女神様がくみ取ってくれて転生する場所と時間が決まったのかも……」

「うーん、それだとすると、海波と美来みくさんの生まれた時期がずれているのおかしいんじゃないかな?」

「死んだ時期……結構違うから……」

「……そうなの……」


「ゼフは……ラケシス様の事をよく話してくれた……本当に彼女の事を好きだったんだな……って」

「……瑠衣ちゃんは……ルイーゼとしてはどうだったの?」

「どうって?」

「あ……その、好きだったとか、恋愛と言うか……尊敬しているのは知ってるんだけど……」

「好きに決まってるよ。だけど年齢が離れてたし……相手がいないからチャンスはあるかとは思ってたような……でもゼフは私の事を子供扱いするし……って子供だったからな……」


「幼い時の片思いってやつかぁ……初恋ね。……んで、どうするの? ルイーゼだって……話をする?」

「……問題が片付くまでしないよ。ゼフと海君の性格が入り混じってる感じがするから……多分、知らせたら海君に迷いが生じて……良くない事が起きそう」


「……パニックになるね。確実に」

「だよね。恥ずかしがり屋だし……」

「たまに中学時代の海波が混ざるよね……」

「うん。私もそう思ってる……今は……どう考えてもラケシス様の事……で頭いっぱいだよね……」

「……そうだね……」


「よし……決めた。私は海君の事を応援するよ。どう転がっても海君の事を守るよ」

「……瑠衣ちゃん……はぁ……そんな顔をしながら言う事じゃないよ……」


紅華は優しく泣きそうな顔の瑠衣の体を優しく抱きしめていた。


二人が抱擁している中、重石要おもいしかなめ伴戸志姫ともどしきが変装を解いた状態で普通に歩いて近づいてくる。


「な、な、なにやってるの?」

「……こんにちは? えっと……」


「お、志姫しきちゃんと要。これは……ちょっと作戦会議?」

「さ、作戦会議って……抱きあうのか……」

「お二人は……そう言う……」


盛大に勘違いをする二人に紅華は真っ向から勢いよく否定する。


「違うから! 失恋系の話だったんだって!」

「!!?」


抱きしめていた瑠衣が「失恋」のワードに反応し目からボロボロと涙が湧き出てくる。

紅華はおろおろとしながら瑠衣を強く抱きしめる。


「あ、ああ……違う。違うのよ。まだチャンスが……あんたらが余計な事を言うから!」


「い、い、今の僕のせい?」

「紅華ちゃんの自爆ね……」



§  §  §


蓮輝と礼音はコーヒーを飲みながらホワイトボードの前で議論をしていた。

人が出払って丁度二人だけになっていたので、気を使う必要がなく、本音をぶつけ合っていた。


「蓮輝、海波に気を使いすぎ。多分一番怪しいのは海波ママ」

「……だよね……」

「海波ママが邪神の巫女とかだったら……この街詰んでると思う」

「それだと、リストアップされた人間の半分が敵側になっちゃうよ……」


蓮輝は色違いのマーカーで名前のところに点を打っていく。確かに彼女が邪神の信徒だとすると、半数くらいの人間が異界の門を開くために動いていると予測できる状態になっていた。


「多いね」

「自衛隊特殊対策課がまるごと敵になるから……僕らじゃ手に負えなくなるね」

「海波は理解してくれると思うんだけど……」


「この情報を海波君に伝えても……気が滅入っている感じだったし……前世で将来を約束した人と、現実の母親を疑われたら……心が病んじゃうよね……」

「当事者じゃないからわからないね……」

「そうだね、僕にできるのは……ちょっとでもいい方向に海波君を導ければいいんだ」

「……本当に海波の事好きだね」

「うん。折角なら女性のまま生まれ変わってれば……」

「!! え! TSなの?? 本気!!?」

「ちょ、な、なに、突然テンションが……」


真面目な話だったはずが、蓮輝の何気ない発言に礼音が暴走を始めていた。


§  §  §



海波は縮圧元次しゅくあつげんじとのガチの殴り合いでズタボロになった服を着替えるために一旦自宅の方に行くことにした。体をかなり激しく動かした後だったからか、精神状態がかなり良い方へと回復をしているようだった。

帰り道では、普段沢山の人が行きかう道のはずだったが、人も自動車も少なく、遠くの方で不要不急の外出は控える様にとのアナウンスが流れているのを聞く。


(なんか本当に厳戒態勢なんだね……)

(戦時下の様だな。ただ、道に兵士はいないが……)


(あれ? なんだろ? 家の近くの自動車に……変な感覚が)

(中に魔力の気配が強い人間がいるな……何かを待っているのか?)


異変を無視して家のドアの前にたどり着くと、中に人の気配がするのに気が付く。


(母さん……昼なのに家に?)

(考えてみると、不自然なレベルで魔力の反応が小さいな……)


ドアの向こうで何か作業をしていた母親の浪音は海波に気が付いた様で、ゆっくりとドアの前に移動をしていた。


(気が付かれたみたいだね)

(……気配を消しているはずなのだが……)

(この格好で入るの?)

(……それしかあるまい……)


海波がドアを開けて部屋に入ると、挨拶をしようとしていた浪音が驚いた後に両手の肩にかけていたバッグを放り投げて海波に近づく。


「ちょっと、海波……どうしたの? 服がボロボロじゃない……怪我が……喧嘩したの?」

「……ちょっと派手にやりあった……」

「ちょっと待っててね……」


波音がウェットティッシュで泥汚れを取りながら、海波にわからない様に魔力を流して治癒魔術を使っていた。


(……たまに母さんが怪我をしたときにしてくれた……治癒魔術だったのか……)

(前世の記憶……魔力に目覚めていない状態だったら気が付かないだろうな……)

(まるで瑠衣やラケシスの様な手際だな……)


「……大きなけがは……無いみたいね……大丈夫……なの…………ああ、あなたも……目覚めたのね……服がこんなにボロボロなのに……怪我をしてないなんて……」


海波も服のボロボロ加減に比べると肉体へのダメージがほとんど無いのは、現代の常識で考えると非常におかしい状態な事に気が付いた。


(どうしよう……)

(バレたな)


「……」

「困ったわ……どうすれば……」


浪音は海波の体を確認して大丈夫なのを確認して安心するも、息子が魔力に目覚めている事に狼狽えている感じだった。用意していたバッグに目をやって、口に手を当ててどうするか考えているみたいだが挙動不審な動作になっていた。


「海波。母さん暫く……帰ってこれないの。泊りがけの仕事を……」


一旦バッグに手をかけるが、首を振った後に海波に向き直る。


「違うわ……そうじゃない……えっと、その、力に目覚めたとしても……使わないでいて……」

「……なんで?」

「え? そ、そうよね……力があったら使うわよね……あれ? 家に侵入したのは……もしかしてこの子? ……」


浪音は三十秒ほど考えた後にスマホを開きスケジュールなどを見た後に何やら調べ始める。


「……いつから目覚めたの?」

「……2週間前くらいかな?」

「そ、そう、随分最近ね……だとすると能力で遊んでいる時ね……」


(……やはり転生者を把握してる感じだな)

(そうだね、知らなかったら病院とか、救急車とか呼んで……中二病って言われそうだものね……)


浪音が本気で悩み考えている最中、ドアの方からノックの音が聞こえる・


コンコン。 


「白波さん。お時間が……お早めにお願いします」

「え? あ、そうだったわ。荷物を取りに来ただけだった……」


浪音が荷物を両脇に抱えた後、海波の手を両手で大事そうに握りしめる。


「あと少しなの、あと少しでしょう陽花里ひかりの手掛かりが……帰ってこられるはずだから……絶対に……ショッピングモール跡……「爆心地」に近づかないで。あそこが……戦場になるかもしれないから……」


(……父さんと……陽花里ひかりが??)


「え? それってどう言う事??」


ドアの外から若干慌てた感じの声が響く。


「主任! 駄目です。まだ情報を漏らしては駄目です!」


「ああ……そうだったわね……終わったら……終わったら全部話せるから……何か危険を感じたら……この街から離れるのよ? わかったわね。財布は机の上に置いてあるから……」


波音は慌てて靴を履いてドアを開けて外に出る。迎えに来ていた男性は海波を一瞥すると彼女を守るかのように一緒についていった。


(……なにがなんだか……)

(戦場……だと?)

(魔獣が大量に出てくるのかな?)

(……用意された装備……軍隊……その可能性が高いな……)

(家族を信じろ……か……)

(……正直何を信じればいいかわからなくなってきているのだが……)

(ちゃんと話をしてほしいね……)


(目付け役がいるのだ……話せない可能が高いな)

(……このアパートって……前に住んでいた場所よりも「爆心地」から遠いよね……)

(……こうなる事がわかってた可能性もあるな)

(……だよね)


海波は悩みながら部屋に入り、ズタボロになった服を脱ぎ捨てて運動をしやすい服を着ると、スペアの着替えをビニール袋に入れて蓮輝のアジトの方へと向かった。

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