第2話 腹パンを真似してみた
海波は押し黙って脳をフル回転させて状況を整理していたが、二人の発言に「白波海波」の心、感情が出てきてかなりイラっと来てしまい、怒りで衝動的に思わず前世での「ゼフ」の力を試してしまった。
突発気味だったが、彼の想像通りに上手くいったので安心をする。
(よし、『物質を粉に変える能力』は使えるのか……俺の『ギフト』を持ち越せて良かった……それにしてもこの頭の痛さは……)
「は、離せよ……」
釜背修太をつかんでいた腕は、海波が意識せず、気が付かない間にきつく後手に回して完全に動けない状態にしていた。前世での訓練を魂が覚えていたようで、自動的に相手の動きを封じてしまって、無意識の内に「制圧」していたようだった。
海波は前世の盗賊時代の濃密な記憶と、現在の記憶とのギャップがありすぎて、ものすごい情報の処理でしばらく頭がぼーっとしてしまう。彼が気が付かない内に、腕を拘束された釜背修太の顔は地面へと押し付けられる形になり、さらに海波が体重をかけて上にのしかかる形になって普通の人間では身動きできない状態になる。
「離して……離してください……腕が……ちぎれる……顔が……イタヒ……はなひて」
「え? しゅ、シュー君大丈夫?」
「ちょっと、てめぇ、海波! いい加減離せよ! こんにゃろ!」
しばらく粉になったスマホを見ていた二人だったが、冗談でなく本気で痛がる釜背修太を見て慌てだす。
リーダー格である召田宗麻が躊躇なく海波の顔面に蹴りを入れてくるが、海波は何食わぬ顔で紙一重でよけ、蹴りの勢いを利用して片手で足を払いあげる。
すると召田宗麻が、キックの勢いをそのままに、軸足まで浮いてきれいに空中で一回転し、背中から盛大に転んでしまう。
「あだっ!! いって……」
「ちょっと、ソーマ君! 大丈夫? ……あ」
間空提子が召田宗麻に近づき心配そうにするが、奇妙な海波の視線に気が付き、思わず後ずさりをする。
海波は間空提子を凝視している様だったが、焦点があっておらず、どこを見るでもなく現状を整理していた。
(ああ、そうか……僕……俺は頭を打って……前世の記憶を取り戻し……いや、同化した?転生したのか? ……「白波海波」としての意識や感情が少ない気がする……変な感覚だ……)
「てんめぇ! もう頭にきた! ばらまいてやる!」
召田宗麻がズボンのポケットからスマホを取り出すと……またしてもスマホが粉の様になってさらさらと流れ落ちて行ってしまう。まるで砂で型を取ったスマホが風で崩れていく様だった。
「……げ? なにこれ……俺のまで……」
「ソーマ君のも? 溶けちゃった……私のと一緒……どうなってんの?」
間空提子がさらに後ずさりをしながら海波のことを見る。が、海波の視線が彷徨っているのを見て、今現在、何が起きているかを全く理解できていなかった。
海波が視線を地面に落とした後、召田宗麻の事を見つめる。
「……ああ、やっと頭がすっきりしてきた……ああ、続けよう。「格闘ごっこ」を」
「え?」
「てんめ! ふざけんなよ? 三対一で勝てると思って……ゴフッ!!」
召田宗麻がしゃべり始めた瞬間に海波が目にもとまらぬ速さで召田宗麻に近づき腹にパンチをお見舞いする。召田宗麻の体がくの字に折れた後、あまりの痛みでうずくまってしまう。
「あ、あぐ、ぐげぇ……うーん、うーん……」
「あ、わたし用事が……ゴフッ!!」
海波は、異変を感じ逃げようとする間空提子に同じように腹パンをお見舞いする。はたから見てもそこまで加減しているようには見えなかった。間空提子はあまりの痛さに地面に駄々をこねる幼子のように左右に転がり始める。
「グッ……あ、あ……ぐ……」
「加減が難しいな。……男女平等……って言うんだっけ、この世界では……あちらの世界ではなかったな……あれ? 僕、どうなってんだ?」
「ちょっ、おまえ、なに女に手出してんだよ! ゴフッ!!!」
海波は自分の行動におかしさを感じていて、常識まで混乱している感じだった。
海波の事を殴って右手を痛めていた豪利竜太が突っかかって来るので反射的に腹パンチを出してしまう。彼も他の人間と同様に、くの字に折れた後にあまりの痛みでうずくまってしまう。
それを見ていた海波は自分の手を握ったり開いたりして、自分の体の状態を確認していた。
それと共に激しい頭痛が始まり、頭の中で「自分の声」が聞こえる。
(……駄目だ! 暴力は駄目だ! 殴っちゃいけない世界なんだ!)
(何を言っているんだ? 君は……この感情は君の「怒り」だろ?)
今の海波には、頭の中の「もう一人の自分の声」。「白波海波」の声は現実味のない理想論、机上の空論、戯言くらいにしか感じ取れなかった。
「っつ……安心しろ、おまえらがやってきたように、「顔は綺麗なまま」にしてやる。しばらくこの遊びに付き合ってもらおうか、色々試したいしな……」
腕を決められて腕を痛めていた釜背修太は「やばさ」を感じて慌てて逃げようと、自分のバッグを取りに戻ろうとするが、いつの間にか海波が目の前に立っていた。
「ちょ、どうやって……」
「あ、そうだ、おまえらに貸していた総額……50万円だっけか? 返してもらわなきゃ……」
「……も、もうあるわけ無いだろ……ゴフッ!!!」
海波は体のコントロールを確かめるかのように丁寧に急所をはずして腹にパンチをお見舞いする。かなり手加減している様だが、喰らった相手は悶絶するようにのたうち回る。
(弱すぎる……一般人を殴ってるみたいだ)
(ゼフ! 君のいたとんでもない世界の人達と一緒にしないでくれ!)
(そうか……魔力が無かったな。この世界……それにしても……)
海波があたりを見回しながら、たった一発殴っただけでなかなか起きてこない「この世界の人間」たちを見て内心あきれてしまう。
(あちらの世界の力はこちらでは「チート」だな……チート……ずるではないか……死ぬような努力をしたんだ……さて、止めを刺すか……)
(……殺しちゃダメだ!!!)
(……そうか……殺しては……駄目だったんだな……殺さない……テストをしないと……)
(暴力はだめなんだ……)
(君が受けていたのは暴力ではなかったのか?)
(……)
(わかってもらえたようだな)
それからしばらく不良グループは前世の力を試す海波の「実験台」となり、彼らから受けた「格闘ごっこ」を真似る形でやりすぎない威力にしながら、前世のパワーのコントロールの練習台にしていた。彼ら彼女達は生きたサンドバッグとなっていた。
途中やりすぎて失神してしまったり、気絶してしまったりで召田宗麻だけが最後まで意識を残していた。
「……もう……ユルジテクダザイ……オガネはガエします……」
「そうだな……手元に金は無いんだろ? まぁ、大体感覚はつかんだ。飽きたから寝てろ」
海波が最後まで意識を保っていた召田宗麻の言葉に何も感じなかった。彼の身体を片手で持ち上げて腹パンで気絶させると、盗賊時代の癖で思わず体をまさぐってしまう。
(さてと……戦利品っと……)
(……盗んじゃダメだ……)
先ほどの様に、海波の頭に自分のものでない「自分の声」が響いた気がした。
(?! ……そうだった……面倒だな……)
海波は心の声でふと我に返り、恐る恐る静かになった校舎裏を見回す。
(……犯罪……これは犯罪になってしまうな……憲兵が……警察がくるか?)
(証拠を消さないと! ……ほんとにどうするんの!)
(……そうか証拠隠滅……)
(スマホを消してもオンラインストレージに画像が残ってるかもしれない!)
(この仲間にも画像が、データが共有されているのか? ……面倒だ。やはりとどめを刺すか?)
(待ってくれ! 殺さないでくれ! 母さんが悲しむ!)
(……この世界では殺すのは犯罪……母さんが心配する……気が付かれなければいいのか?)
(そうだけど、難しいでしょ……ここまでやってしまっては……)
(……隠し通せない世界……か。殺しだけでなく暴力も見つかったらダメだったか……)
前世の「ゼフ」としての意識がかなり強くなってしまった海波は、この世界に住む人間なら考えつくことにたどり着くまで若干の時間を要していた。心の中の自分の声は慌てているのだが、表に出てきている性格が前世の「ゼフ」のものだったので落ち着いた印象だった。
「あ!」
あわてて海波は校舎の壁、窓から見える廊下などを確認する。
(やばかったな……思わずやってしまったが、監視カメラに映ってたらやばかった……)
(大丈夫だよ……こいつらカメラの無い場所に呼び出して「格闘ごっこ」をしてきたから)
(そうか……卑劣な奴らだ……)
(それにしても「白波海波」。君がやり返さなかったのはなぜだ? こいつらと比べても弱くはない体だと思うが?)
(母さんの裸の画像をネットにばらまくって……いったん広まると消せないんだ……あれ……)
(……ああ、そうだった、カメラ、画像か……恐喝……こいつら、あちらの世界のならず者達より質が悪いな……倒せば終わりじゃないのか……)
(……君もならず者じゃないか……)
彼のアナログな前世の世界ではこの案件はもう済んだことだった。が、この世界ではデータが、脅しに使われている画像がオンライン上に存在しているのを完全に消さないと駄目な事を思い出していた。
海波はとりあえず気を失っている不良生徒達から心の「白波海波」の声を無視して「戦利品」を回収し、財布のお金の残高を確認し、現金と身分証明書などを回収する。
(全部で現金が三千円か……本当に「白波海波」をカモってたのか)
(今時、現金はそんなに持ち歩かないよ。おそらく電子決済、スマホとか、交通系ICカードとかだけど、カメラがある場所での決済になるからバレるよ?)
(そうなると電子マネーは足が付くから使えない……このスマホも証拠になってしまうか…...)
(スマホも売れなくはないけど、本人確認とかあるから盗品の販売ルートを探す……犯罪だよ……)
(それにしてもつくずく面倒な世界だ……あ、この事を話されても問題か……口封じ……殺す方が楽なんだが……)
(だから殺すのは駄目だ!)
(……ぐっ……面倒だ……ああ、そうだ。あの手段でいいか……この事を話す気にならなければいいのだろう?)
(そうだけど……)
海波は気絶してる不良たちを無造作に引きずって並べて、彼のギフト『物質を粉に変える能力』を使って彼らの持ち物、衣服をすべて「粉」に変えてしまう。もちろん、パンツを残すなどの慈悲は、前世の記憶を取り戻した彼にはなかった。
(さてっと、写真を撮らないとな……おまえらがこの世界の脅しの手段を教えてくれて助かった……)
(ゼフ……君はなんてことをするんだ……)
(目には目を歯には歯をだったか……あちらの世界にはない「良い格言」だな……)
(それは日本の格言じゃないよ……)
海波は全員の裸の写真を撮り終えると、彼らの財布やバッグから抜き取った住所がわかるものに目を通しながら、スマホで最短距離を検索する。
(どうするつもり?)
(証拠隠滅だ……じゃ、行くか。 こいつらが起きる前に「白波海波」への「弱み」は全部片づけないとな……)
(ありがたいけど……それって不法侵入になるよ……)
(こいつらも犯罪を犯しているんだ、それくらい良いだろう? あと君から脅し取った50万近い金も回収できるとなお良い。こいつらの部屋にあるのか?)
(盗むつもりなの?)
(取り返すだけさ)
白波海波は、頭の中の自分の声と相談しつつ、監視カメラに映らない様に、この世の人間とは思えない跳躍力で校舎の壁を駆け上がってその場から姿を消した。
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