英雄譚を見つめるモノ

栗堂

最期の、、、

轟音が鳴り響き、重い甲冑を着た兵士がまとめて吹き飛ばされ舞い上がる。

それを成すのは数人の精鋭達、数百の兵士と対するにはあまりにも少な過ぎる者達。

しかし、兵士達を圧倒するのは彼らであった。

振るう剣は一振りで大地を削りながら複数の兵士を斬り飛ばす斬撃となり、唱える呪文は矢をつがえた弓兵を撃ち据える雷雨となる。

一騎当千の戦いは英雄譚の如く、彼らの後方に位置し、その一部始終を見届けた兵士達は熱狂を伴った歓声を上げて讃えた、新たな英雄達の誕生を。



自分に降り掛かるのは土塊と味方の血肉だった。

赤茶色の色彩に視界は彩られる。

空は鈍色であり、鎧が反射する光りは一瞬であり、混乱する叫びが意識を揺さぶり、視界は色彩を失ったかのように思考を停止させる。

宙を舞い大地に叩きつけられた身体は身につけた甲冑を持ち上げる事もできず、わずかに動く視界は絶望に彩られた世界だけを映し出していた。


何故?


ほんの少し前までの心配事は家族を食べさせる事だけであった。

畑を耕し、天候による作物の成長と収穫に対する税の徴収から、次の収穫までの生活だけを考えるだけでよかったはずだった。

自分の手にあるマメは農具による物で、武具が馴染むようなものではなかったはずだ。

それが今、戦場で馴れない甲冑を着込み、その重さで動けなくなり、土にまみれている。口から入った土は苦く、作物が育たない腐った死の臭いが感じられた。


これが戦争なのだろうか?


名誉と誇り、栄立の耀かしい未来が語られ、半ば無理矢理参加させられた軍隊は数合わせのはずだった。

自分と同じく戦う術を知らない農民出身が多く、甲冑の纏い方と、槍の突き方だけを教えられ戦列に立たされていた。

自分で歩けるだけで案山子よりもマシだとは訓練を担当したベテラン兵士の言い分だ、彼は自分たちが戦場では役立たない事を知っていて、農民ばかりのニワカ兵士たちに「邪魔だけはするな、命令通りに歩いて立っているだけでいい」とまで言い切っていた。

目的地まで歩き、軍を率いる司令官が敵軍に対しての降伏勧告を並んで聞いた後、敵国を統治する正規の兵士たちと別れて帰ってくる。たったそれだけのために集められたのが自分たちであったはずだ。


わからない。


何故こんなことになっているのだろう?


訓練のための槍を持たされたときから思っていた事は敵国との戦争で勝って得られる栄誉や報奨などではなかった。

ただ、ただ、家族の元に帰りたかった。

自分が育てた畑の土で作物を作りたかった。

それを食べる家族の顔が見たかった。

訓練を受けた兵舎で出た食事よりも貧相な食事であったけれど、家族で食べる食事は比べられないほどに美味かった。


あの食事が食べたい。


数合わせの貧相な鎧は無駄に重く冷たくて、倒れた大地へと身体の熱が奪われていくようだ。

家族で住んでいた粗末な家は隙間風が多く、冬になると家族が一塊になって寝るほどに寒かった。

しかし、家族のぬくもりは暖かく、日々を生き抜く活力でもあった。


今の自分にはそんな熱も失われていっている。


家族の顔を思い浮かべて胸の内から必死に温もりをかき集めようとする。しかし、わずかな熱も伝わることなく腕を上げることすら叶わない。


ああ、家に帰りたい、家族に会いたい。


敵に対する怒声や、助けを呼ぶ声、周りに響く戦いの音が何を示すのか理解できなくなると、徐々に聞こえなくなってきた。

わずかに動かせた視界もぼやけ暗くなってくる。


何もわからなくなる、徐々に、徐々に、、、


ああ、なにが、、、












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英雄譚を見つめるモノ 栗堂 @marondoh

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