貴族の末っ子は家を追い出されたので冒険者になることにしました

六天舞夜

プロローグ

 崩れた天井、穴の空いた床、幽霊が今にも出そうな古びた西洋館に一組の男女がいた。


 1人は黒髪の少年で薄汚れた服に堅そうな木靴を履いている。


 もう1人は黒いマントを羽織った金色のツインテールの女子。


 2人とも裕福には見えないが、この館に住んでいるというわけではなさそうだ。


 「こんなところに本当にターゲットがいるのかな?」

 「いるでしょ。指名手配犯が潜むにはお誂え向きだわ」


 ターゲット、指名手配犯。


 2人はこの館に潜む指名手配犯を目当てにやって来ている様だ。


 2人は兵士というわけではないが依頼を受ける何かしらの職に就いているのであろう。


 首からぶら下げているエンブレムが入った鋳銅の首飾りがそれを示している。


 「は〜冒険者になったらドラゴン討伐とか、異国の蛮族の平定とかそうゆう仕事をやれると思ってたのに・・街の指名手配犯の拿捕だなんて」

 「これだからボンボンは・・世の中そんなに甘くないってことよ」

 「ベルちゃ〜ん。ボンボンって言わないでよ〜今は貧乏人なんだから」

 「ケンの場合は好きで貧乏人やってるようなものでしょ」


 ケンと呼ばれたのが少年でベルと呼ばれたのが少女である。

 

 2人は冒険者として街の指名手配犯を拿捕しに来ていた。


 「トホホ・・それはそうですけど」

 「あ〜いちいちへこまないでよ!」

 「ごめん」

 「はいはい。じゃあ仕事するから少し静かにしててよね」

 「はいよ」


 ベルは仕事をすると言うと立ち止まって右手の人差し指を天井に向けて突き立てた。


 そして静かに目を閉じて瞑想を始めるとポゥとベルの身体から黄色い光が発せられる。


 「ベルちゃんの索敵が肝腎だからね。頼むよ」

 「静かにしてってば・・」


 ケンの話を遮り集中はさらに深くなる。


 そしてベルの集中が到達点に達したとき呪文は詠唱された。


 「生命反響オーラ・ロケーション


 ベルの指先を中心としてうっすら黄色に輝く魔力の輪環が館の中に照射された。


 その輪環は生命エネルギーに当たると反射してベルにその生体の位置を知らせる。


 すると、輪環に何者かが触れたのかベルは何ものかを察知した。


 「いたわよ。あの二階の部屋の中」

 「了解」

 「ケン。ちなみに2人いるわ」

 「協力犯がいたってこと?」

 「そうゆうことね。ケン、2人相手でも大丈夫?」

 「ま、2人なら問題ないでしょう」

 

 ケンは硬い木靴のつま先をトントンと床に打ち付ける。


 戦う前のウォーミングアップ、ルーティンのようなものだろうか。


 軽く身体を伸ばして準備運動をする。


 「よし!ベルちゃん行ってくるね」

 「支援魔法をかけるから。頼んだわよ前衛」

 「うん!」


 ベルは両の掌をケンに向ける。


 先程同様に集中状態に入るとベルの身体が光り出す。


 「英雄の加護ヒロイック・プロテクト


 ベルが呪文を詠唱すると次はケンの身体が光り出す。


 「ハハ!軽い軽い」

 

 ベルの魔法をかけられたケンは重そうな木靴の重さを感じさせないように軽く跳躍してみせた。


 その跳躍はゆうに2メートルを超えた。


 ベルがケンにかけたのは身体強化の魔法。


 筋力を一時的に強化して瞬発力、持久力を跳ね上げる魔法で前衛を務めるものには必須とも言える。


 「早く行きなさいよ!疲れるんだから」

 「へいへい」


 ベルに急かされたケンは渋い返事をしたあとにグッとその場でしゃがみ込み脚に力を貯めた。


 次の瞬間、縮められたバネが解放されるようにケンは脚の力を解放して二階へと飛び上がった。


 その飛び上がりの軌道は跳躍のようにフワリと上がるというよりは発射されたように直線を描いた。


 それほどに身体強化されたケンの脚力は強いのだ。


 「げほっ!埃も舞うし床の板が反動で散らばるし気を付けてよケン!」


 ケンの脚力によって床に散らばっていた様々なものがベルへと降り掛かった。


 マントで口と目を覆いベルは咳ばらいをして怒っている。


 ケンは後ろを振り返りベルにゴメンと手を合わせると、指名手配犯が潜んでいる部屋の扉の前へと移動した。


 「おそらく気づいてるよな。音も立てたし」

 

 静まりかえった空間で一人呟いて確認をする。


 「気づかれているなら小細工なしだ。勢いでいって制圧しよう」


 小細工なし。


 ゆっくり扉を開けて部屋の中を確認するでもなく、扉を蹴破って正面突破。


 ケンは勢いに乗じて制圧をするつもりだ。


 すぐさま腰をグッと落として力を蓄える。


 「いくぞ・・」


 ケンは思い切り床を蹴り前方へ飛び出した。


 そのまま跳び蹴りで扉を壊しての入室。


 扉の破壊音が部屋に鳴り響く。


 「おっ!本当に2人いる。さすがだなベルちゃんの索敵」


 部屋の中に突入すると、2人の男がナイフをかまえていた。


 髭を生やしたスキンヘッドの男と長髪を後ろで結った骨張った顔の男。


 この部屋に誰かが来ることに少し怯えている様子だったが、ケンの顔を見るや丸まっていた背中を伸ばしてフッと笑みを浮かべた。


 「冒険者か?兵士じゃなさそうだ」

 「ハハハ・・ ガキだ。1人みたいだし殺して逃げよう」


 男たちはケンが少年であること、1人出来たことに安堵をしている。


 「おいおい・・オッサンたち。オレを子供だからってなめるなよ」


 自分を見て笑う男たちがケンは不快に感じていた。


 「冒険者のクソガキよぉー!テメーこそ大人をなめんなよ。子供だからって優しくしてもらえると思うなよ」

 「そうだぞオレたちは街で3人殺しているんだ。今更ガキ1人殺すのに躊躇しねぇよ」


 ケンにナイフを向けて殺すと凄む男たち。


 この男たちは街で商人を殺して金品を奪った罪で指名手配されている。


 殺すという言葉に嘘はないだろう。


 しかし、その脅しはケンを動じさせるどころか火に油を注いだ。


 「ふん!口で言っても分からないなら。力ずくで分からせてやるよ」


 男たちに対して怒りをあらわにするケン。


 手を顔の前に構えると腰を落としてジリジリと男たちに近づく。


 「自分から近づいてきやかって!死ねやアホが」

 

 男の1人が凄まじい気迫でナイフを両手に持って突進してきた。


 まさに猪突猛進。


 この勢いで刺されば間違いなく臓物までナイフの刃が届くであろう。


 それでもケンは気迫に怯むことなくソっと前の脚を前に出した。


 ケンの足底が男の出足の膝関節を捉える。


 すると男は何かに躓いたように大きくバランスを崩して空中で半回転。


 男の身体はケンの横を飛び越えてドンと背中を床に叩きつけた。


 「ぐあっ!いってぇ」


 男は膝を抱えて床の上を転がりながら悲鳴を上げている。


 「今のがオレの得意技で挫蹴エントロス・シャッセだ。膝関節がイかれてるだろうから立つなよ」


 相手の出足の膝関節を足底でタイミングよくストッピングすることで相手の体重が膝関節に負荷となって襲い掛かる。


 タイミングが極まればバランスを崩して転倒もするという蹴り技の挫蹴エントロス・シャッセ


 ケンが最も得意とする技である。


 「お!おい何をしたんだ!?」

 「そしてこれが必殺技・・」

 「ひっ!!待て盗んだ金を分けてやるから帰れ」


 ケンは腰を落として力を貯める。


 もう一人の男はケンにやられることを予想して恐怖を感じたのだろう。


 男は助かりたい一心からケンに分前を渡すと交渉したがケンは聞く耳を持ってはいなかった。


 そしてケンは壁へと跳躍。


 壁を蹴りピョンと天井へと蹴り上がる。


 「くらえ!雷蹴エクレール・シャッセ!!」


 ケンは天井を目一杯の力で蹴り相手へと直滑降した。


 それも視界を一瞬で横切るような速度で。


 ケンは直滑降をしながら相手の顔面目掛けて蹴りを繰り出し、それは見事に相手の顔面を捉える。


 その直後にドゴッーー!!という轟音を鳴らしケンの蹴りは男ごと床を貫いた。


 蹴り抜いた床には大きな穴が空き、ケンと男は一階へと落下した。


 「あちゃーやりすぎた。生きてるかな?」


 指名手配犯とはいえ殺してしまっては目覚めは悪いので一応生存の心配はした。


 ケンが男を観察すると脳震盪でのびてはいるが痙攣しているので死んではいないようである。


 ホッと一安心すると、轟音を聞きつけてベルがケンのもとに駆け寄って来た。


 「うひゃーまた派手にやったわね」


 開口一番、有り様に驚くベル。


 「あ、ベルちゃん!終わったよ」


 ケンもベルに気づき大きく手を振る。


 「おつかれさん。相変わらず凄まじい蹴りをしてるわね」

 「ありがとう。でもまだ納得はしてないんだ」

 「そう?ボンボンにしては十分に凄いとは思うわよ」

 「いや、まだまだだよ。これではドラゴンに通用するか分からないしね」


 この一言にベルは一瞬だけ口を開けてポカンと固まってしまった。


 ドラゴンの硬い鱗に蹴りでダメージを与えようなんて誰が聞いても笑うだろう。


 「ケン。それ本気で言ってるの?」


 ベルもそう言って笑った。


 それに対してケンは揺らぎのない目で本気だよと答えた。


 このあとケンとベルは指名手配犯を介抱し街へと連行した。


 そして冒険者商会で報酬をもらい2人で酒場で今回の出来事を酒の肴に飲み交わしたのだった。

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