6
思い出せれば人間になって一緒に居られる……女神の娘が消えてしまうと聞いて、クルテのそんな言葉を連想したピエッチェだ。
人間になれなくても、何かになってカテロヘブのそばに居る、クルテはそう言ったけど、何かって具体的になんなのかは聞いてない。まさか霧? いや待て、それは女神の娘の話で、伝説か作り話で、でもクルテの母親は森の女神で――
「クルテさんが霧になるわけないじゃないですか! 自分からは思いを告げられないってところが一緒って言っただけです」
マデルに詰め寄られたカッチーが弁解する。
「女神の娘像に見た目も似てるけど、そもそもクルテさんは人間ですから。霧になんかなりません」
ごめん、カッチー。クルテは人間じゃないんだ。それじゃあ女神の娘かというと厳密には違うものだし、今では魔物に変わってる。そうだ、魔物なんだから霧にはならない――そこまで考えてピエッチェが失笑した。俺は、クルテが俺に思いを寄せていると想定している……
「ピエッチェさん、なにか
「思い出し笑いだ。カッチーを笑ったわけじゃないよ」
するとマデルが
「いったい何を思い出したの?」
とピエッチェを覗き込む。
一瞬、自分が魔物だと、クルテがマデルに教えたんじゃないかと思った。ピエッチェが思い出せば人間になれる……だからマデルは、何を思い出したのかを気にしたんじゃないか? でも、そう考えるのは少々
「俺と姉貴は子どもの頃はよく似ていたんだ」
話しの流れから、思い出しても不自然でない笑い話を記憶の中から引きだしてピエッチェが言った。
「姉貴がいるって前に言ったよな――で、姉貴ったら、そっくりな姉弟って言われて火が付いたように怒り出したことがある」
うっすら笑むピエッチェに、マデルも微笑む。カッチーは、
「ピエッチェさん、お姉さんに嫌われてたんですか?」
と空気が読めていない。
「そんなことない……弟はいずれ大きくなって強い男になる。今のまま可愛いわけじゃないって言ったんだ」
「ピエッチェ、小さなころは可愛かったって?」
「子どもなんて、みんな可愛いもんだろ? でさ、それを思い出して、姉貴、自分はずっと可愛いままでいるつもりだったんだなって思ったら、なんか
「ピエッチェのお姉さんなら、美人でしょうね」
「どうだかな? そう言ってくれる人もいないわけじゃないけど、自分の姉貴が美人かどうかなんて考えたこともないからなぁ」
マデルを誤魔化せたことにホッとしたピエッチェが、
「それにしても、自分から言えないんじゃ女神の娘の恋は成就することがないってことか?」
とカッチーに話を戻す。
「それがね、思う相手から真剣な愛を告げて貰うことができれば、思いを伝えても霧になることはなくなるんです。で、結ばれれば人間になれるんです」
「なんだか、王宮まで王子さまを追っていった女神の娘の話とも似てるわね」
「あ、俺もそれ、思いました。王子さまを好きになり、人間になりたがった女神の娘の話ですよね――人間の男は惑わされやすいから、娘から愛を告げるのを女神が禁じて、だけど真実の愛で王子さまと結ばれれば人間になれる……うーーん、どの話も発祥は同じに思えてきました」
「長い年月の中で、いろいろと脚色されたってこと? きっと今では、オリジナルがどうだったのかなんて誰にも判らないんでしょうね」
クルテならオリジナルを知っているかもしれない……マデルとカッチーの話を聞きながらピエッチェが思う。同時に嫌な気分がした。女神の娘の伝説をクルテは利用しているんじゃないか? 俺に聞かせた話は、伝説からヒントを得た物なんじゃないのか?
そもそもアイツは自分を
「ピエッチェ、どうかした?」
不意にマデルの声が耳に飛び込んでくる。黙り込んでしまったピエッチェを訝ったのだろう。
「故郷が恋しくなっちゃった?」
なぜ故郷? あぁ、姉の話をしたからか……
「新しい国王になって、ザジリレンに何か変化があったのかなと思ってね」
「あれ? まさかピエッチェ、知らないの?」
話しを合わせたピエッチェ、なのに驚くマデル、カッチーも不思議そうにピエッチェを見た。
「ザジリレン新国王は狩りの途中で行方不明になったって。姉上が国王代理を務めてるらしいわ」
「なんだそれ!?」
叫ぶように言ったピエッチェが
「あいたたた……」
急に頭を抱え込んだ。頭の中にクルテの『黙れ!』が鳴り響いていた。
「ピエッチェ、あんた、真っ青よ? また頭痛? やっぱり医師に診て貰った方がいいんじゃないの?」
心配するマデルに、
「いや、大丈夫だ。眠くなってたのに急に大声出したからだ」
苦しい言い訳をする。
「そうなのかしら? でも、まぁ、その様子じゃ、国王が行方不明になったって知らなかったみたいね」
「あぁ、初耳だ。王女殿下が国王代理だって言うのもな」
皮肉を込めたピエッチェ、皮肉はクルテに向けたものだ。そんなこととは知らないマデル、
「随分と不満そうだけど、ザジリレンには他には居ないじゃないの」
と呆れる。
「カテロヘブ王の生死がはっきりするまで次の国王は立てないってクリオテナ王女が決めたそうよ。夫君のグリアジート卿ネネシリスは、王位の空席に反対したらしいけどね」
「カテロヘブは錯乱して居なくなったんじゃないのか?」
「そんな噂もあるけど、クリオテナ王女は否定したって」
「ふぅん……ま、誰が王だろうが関心はないけどな」
「そんなこと言って、いずれ帰るつもりなんでしょ? そのためにフレヴァンスさまを見つけ出して、ローシェッタ国王の後ろ盾が欲しいっていたわよね。確かお姉さんの旦那さんに騙されたとかって。それってカテロヘブ王に仕えたいってことなんじゃないの?」
「誰を王さまにしろなんて、一介の騎士が言えることでもないし、正当な王に従うしかない。マデルだってそうだろう?」
そりゃそうなんだけど……納得したくなさそうなマデルだが、
「それはそうと、クルテ、ザジリレンでピエッチェが目的を果たしたら森に帰るようなことを言ってたのよ」
と、話しを変えた。
「森に帰る?」
「ピエッチェがザジリレンに戻って元の地位や身分を取り返したら、そばに居るわけにはいかなくなるって」
「身分違いってことか?」
「そう言うことみたい。ピエッチェってそんな大貴族なの? ねぇ、ピエッチェって名前は仮のものよね?」
「うん? まぁ、ローシェッタ国王に謁見が叶った時は本名を名乗るよ」
まさかこんな展開になるとは思わなかった。マデルはザジリレン王カテロヘブの失踪と、ピエッチェが家族のもとに帰れない話を関連付けて考えてしまわないか? 時期は完全に一致している。頭の中に
(だから黙れって言ったのに)
クルテのボヤキが聞こえた。
「俺も、真の名があるんですよ」
カッチーが嬉しそうに言った。
「あぁ、貴族の息子だもんな。御大層な真の名がありそうだよな」
話を逸らしたいピエッチェが、カッチーの話に乗っていく。
「なんて名なんだ?」
「それはピエッチェさんにも言えません。母ちゃんが誰にも言うなって」
「魔法使いならともかく、真の名は迂闊に明かさないのが常識よね――ピエッチェ、訊いたりして悪かったわ」
意図しなかった方向で、マデルの追及を逃れたピエッチェだ。が、危機が去ったわけでもない。
「クルテの話なんだけどね」
マデルが話を元に戻す。
「森に帰りたいってわけじゃないってのは判ってるよね?」
「それはどうだろう? 森の暮らしは楽しかったって、俺には言ったぞ?」
「それは、誰かと一緒に居る喜びを知る前の話でしょ?」
誰かって言うのは俺か? 俺と一緒に居るのは喜びなのか?
「森に帰るって言った時の、クルテの寂しそうな顔を見たらあんたも考えが変わるわよ」
「寂しさなんて一時的なものなんじゃ? アイツはほら、小鳥とも友達だし」
「ふぅん……で、あんたは寂しくないの? わたしは寂しいわ。そりゃあ、わたしはローシェッタに戻るけど、クルテが住んでる街がどこか判っているのと、森の中のどこかって言うんじゃ雲泥の差よ。どの森かが判ってたって、手紙を書くこともできないじゃないの」
「どこの森か言ってたか?」
「元のところってわたしには言った……ねぇ、ピエッチェ、クルテを引き留められるのはあんただけだと思うよ」
「俺にアイツが引き留められるのかな?」
「まったく、あんたって時々、どうしようもなく情けなくなるね」
マデルがウンザリと溜息をついた。
「まぁさ、わたしが話したいと思ったことは取り敢えず話せた。ピエッチェとカッチーは? 話しておきたいこと、ある? なければ、わたしは寝るわ」
「俺はピエッチェさんに着いてくだけですから。これと言って話すようなことはなんにもないです」
すぐに答えたカッチー、
「それじゃあ、二人は眠るといいよ」
話しがあるともないとも言わずピエッチェが促す。
「俺は少し本を読んでから寝ます――マデルさん、お休みなさい」
ガサゴソと荷物から本を出すカッチーに、マデルが少しだけ微笑んで横になった。
納まらないのはピエッチェだ。もちろんクルテに対してだが、マデルとカッチーに聞かれるわけにもいかず、頭の中でクルテに呼び掛ける。
(おい、おまえ、俺には嘘をついてないってのは大嘘だな?)
するとクルテがもぞもぞと動いた。が、起きだす様子はない。
(嘘なんか言ってない。ネネシリスの考えが『カテロヘブは錯乱、川に転落して死んだ。そしてクリオテナを王にする』ってものだったから、そのまま言っただけだ)
(俺の葬儀も済んで、姉の戴冠式も終わったって言ったよな?)
(ネネシリスの計画では、終わっているはずだった)
(む……しかし、おまえ、他にも嘘ばっかりだ)
(間違った情報を言ったこともあるかもしれない。だがそれは、何も騙そうとしたわけじゃない)
(俺を騙してないって言い切るのか?)
さっき感じた疑念を思い出していたピエッチェだ――
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