12

 連中は武具屋でもピエッチェたちのことを訊いていた。

「剣をいだのは二人だけだが、ありゃあ、二人とも相当の使い手だね――うーーん、あんたの方が腕は上か。でも、女と子どもを連れてる分、不利だ。しかも向こうは二人だしね。封印の岩に行くようなことを言ってたから、さっさとグリュンパに戻って逃げた方がいいかもしれないよ。封印の岩はまた見に来ればいいさ」


 念のためピエッチェの剣も研いで貰い、模造刀を二振ふたふり買い入れた。


「こりゃあ、いい剣だ。こんな上物、初めて見たよ。もっとも、お客さんならこれくらいの剣を持たなきゃってことなんだろうね」

ピエッチェの剣を手に親爺が感心する。デレドケの武具屋・ローシェッタ国元騎士シャーレジアに譲り受けた剣だ。


「ヤツらはどんな剣を持ってた?」

「うん? まぁ、研いだ剣は悪くはなかった。だがあれは何人も人を斬った剣だ。ここんところ戦なんかない。どこで誰を斬ったんだか?――ほかのヤツらのは見るからになまくらで、剣と呼ぶのも遠慮したくなるような代物しろものさ」

武具屋の親爺はイヤそうな顔で言った。


 土産物店で迷いに迷ってカッチーが買ったのはジェンガテク湖の湖面を彷彿させる碧色の髪飾りだ。

「俺、アクセサリーなんか買うの初めてです」

含羞むカッチーにマデルが微笑む。グリュンパの宿の女将おかみは髪を結い上げていたと、カッチーはちゃんと覚えていた。


「きっと喜んでくれるよ」

「そうでしょうか? そうだと嬉しいです――あ、でも、何かお菓子も買おうかな」


 店員に

「贈物ですか?」

と訊かれたカッチーが、小さな声で『母に』と答えた。


「だって恋人へのお土産って思われても、ねぇ?」

店を出てからカッチーが頬を赤くして言い訳する。


「恋人がいても奇怪おかしくない年ごろだよね」

とマデルが言えば、

「コゲゼリテに思う相手が居たってことはなかったのか?」

とピエッチェが心配する。


「いません、そんな相手。みんな兄弟同然ですから」

コゲゼリテでの暮らしを知らないマデルが

「兄弟みたいだったのが、いつの間にか特別な存在になるってこともあるもんだよ」

と、いつになく優しい声で呟くように言った。


 宿では主人あるじが待ちかねていたようだ。

「夕食をどうするか聞き忘れちゃってたよ」

かまどで自分たちで焼いて食べるか、料理を本館から運ぶかをたずねてくる。それはクルテの『火を使うのは怖い』の一声で、料理を運んで貰うことに決まった。


 受付でティーセットと果物の盛り合わせを貰ってコテージに戻り、とりあえず一服した。


「ヤツらが封印の岩に回ったなら、やはり向こうに行くのはよそう」

と言うピエッチェに、

「ミテスク村でわたしたちを探し回って情報を集めているはず」

クルテが答えた。目は皿の上、ブドウを睨みつけている。


「ミテスク村にわたしたちは行っていない。だから当然、目撃者はいない。来なかったと判断した連中はすぐクサッティヤ村に移動して、そこで同じことをする――クサッティヤでは昨日は見たが今日は見ていないって証言が取れる。だからヤツらはそこでわたしたちを待つか、グリュンパに向かいシスール周回道の始点で待ち伏せする。つまり、明日、ミテスク村にヤツらはいない」


 カップを配りながらマデルがクスクス笑う。

「クルテは封印の岩を見に行きたいみたいね」


「今は封印の岩よりブドウ」

「食いたければ見てないで食え」

ブドウから目を離さないクルテにピエッチェが呆れる。するとクルテがピエッチェを見上げた。

「四で割り切れる数じゃない」

そこかよっ!?


「おまえが多く食べていいから」

「ホントに? それじゃ、ピエッチェにはブルーベリー、マデルには苺を多め。カッチーはいつもたくさん食べるから追加しなくていい」


「えぇっ! 俺だけないんですか?」

ケラケラ笑うカッチー、クルテが困って、

「じゃあ、ブドウを一つ上げる。四で割ると余りは三、わたしが二つ、カッチーが一つ」

と言えば、

「冗談ですってば! ブドウの余り三つはクルテさんが食べてください」

と笑いが止められないままカッチーが慌てた。

「冗談? 冗談って難しい……それってわたしだけ?」

情けない顔で答えるクルテだ。


 それにしても知り合った頃からするとかなり違うとピエッチェが思う。食事なんかしなくてもいいと言っていたのに空腹を訴えるし、睡眠も不要のはずなのにすぐ眠いと言い出す。もっとも、ずっと人間の姿でいるのだから腹も減れば眠くもなるのだと思えば、それもそうかと思えなくもない。


 このまま人間で居続けられないんだろうか? そうしてくれと頼めば、『ピエッチェがそう望むのなら』と言いそうな気がしないでもない。だけど……


「なによ、クルテ。眠くなっちゃったの?」

マデルの声にクルテを見ると、食べながらウトウトしている。


「うん、なんだか眠い。でも、お腹もすいてる」

「食べるか寝るかどっちかにしなさい。ホント、あんたって時どき小さな子どもみたいになるよね」

「子どもって言われるのはイヤ。食べたら少し眠る……あ、でもダメ。手掛かりを探すんだった」

大事なことを思い出して目が覚めたのか、急にクルテがシャキッとする。


「それと、カッチー。老いぼれ馬の名を考えて」

「えっ? 俺ですか?」

驚いたカッチーがクルテを見、ピエッチェを見る。クルテは言うべきことは言ったとばかり最後のブドウを口に入れてニンマリしている。代わりにピエッチェが答えた。

「良い名を考えてやれ。名前だけじゃなく世話もカッチーに任せたい。どうすればいいのかは俺が教える」


 カッチーが思わず息を飲む。

「はい! 頑張ります! 大事にお世話させてもらいます!」


「まぁ、そう意気込むな。肩の力を抜け」

ピエッチェが苦笑する。

「おまえが緊張してると馬も緊張する。まずは仲良くなることからだ」


 果物を食べ終えたクルテがカップの茶を飲み干して立ち上がった。

「さて、宝探し……じゃなくて探し? なんでもいいか。始めるよ」

マデルが、

「お宝が見つかるといいね」

と笑った。


 視点が変われば見つけられる物も変わってくるだろうと言う事で、全員ですべての部屋を探索することにした。カッチーはベッドや家具を動かして探し、ピエッチェは暖炉の中を覗き、マデルはチェストの引き出しを引っ張り出して中を調べた。


 クルテはボーっと眺めているようだったが、時どき壁を叩いて音を聞いている。

「壁に仕掛けがありそう?」

マデルの問いに、

「コテージの建物の中に魔法の痕跡を感じない。ってことは、建物内部に隠しているなら物理的」

と天井を見た。


「天井裏も見るつもり?」

「天井裏よりも屋根の上が気になる」

「屋根の上だと雨や風に堪えられないんじゃない?」

「そうなのかな? うん、そうだね。それに修繕でもされたら見付かってしまう」

どうやら屋根に上るのは避けられそうだと二人の話を聞いていたピエッチェがホッとする。


 玄関、二つの居間、ダイニング、三つの寝室にバスルームと見て回ったが、何も見付けられないまま時間は過ぎていく。

「何もなさそうだな」

ピエッチェの呟きに、

「まだ、庭を探してない」

クルテがサラッと言った。


「庭?」

「建物の外壁、ウッドデッキの下、あるいは土中」

「庭を掘り返すのは勘弁して欲しいわ」

マデルが悲鳴を上げる。


「どこと判っているならともかく、あてもないのに掘り返せないぞ」

ピエッチェもマデルに同意すると、クルテが少し拗ねたような顔をした。が、すぐ思い直したようだ。


「もし、大事なものを隠すとしたら、ピエッチェならどこに隠す?」

とクルテがピエッチェを見た。

「俺か……俺だったら、そうだな」

ピエッチェが少し考え込んでからフッと笑った。


「九つの時、母がとうとう身罷みまかった。辛くて悲しくて、でも俺はわんわん泣く姉を慰めるのに必死で泣けなかった。父はそんな俺を忍耐強いと褒めた。だから余計に泣けなくて、あとでこっそり隠れて泣いた。庭の奥の誰も行かないような場所に洞のある大きな木があって、そこで泣いたんだ。それを思い出して、自分のことだが可愛いもんだったなと笑っちまった」


 いつだったか黒い小鳥が隠れていたあの木の洞だ。そこでならどんなに声を出して泣いても、近くを通りかからない限り聞こえないだろうと思った。


「クルテ、森を探そうなんて言わないでよね?」

マデルが恐々こわごわとクルテを見る。ぽかんとピエッチェを見ていたクルテが

「隠れる場所じゃなくて隠す場所を訊いたのに何を言いだす?」

少し怒ったように言った。

「ピエッチェがこんなに間抜けだとは知らなかった――マデル、心配しなくていい。森はそれこそ広すぎて探せっこない。探索は終了。ここには何もないのが判っただけだった。もう寝る」


 クルテはそのまま寝室に引っ込んでしまい、残された三人が唖然とする。

「そんなに間抜けなことを言ったか?」

納得いかないピエッチェ、マデルとカッチーが顔を見交わして吹き出した。


「気にすることないよ、ピエッチェ。クルテは眠かっただけ。で、ご機嫌斜めなんじゃないかな?」

「ホント、クルテさんってユニークです。食べるとすぐ眠くなるし、今のも小さい子が眠くって愚図ってるのと一緒ですよね」

「あれで『子どもだなんて言うな』って言われてもねぇ」

面白がって二人が笑えば余計になんだか腹が立ってくる。かと言って、二人に文句を言うのは八つ当たりだ。

「まぁ、いい。少し外を見てみるよ。暗くなってから外壁やウッドデッキの下を見るって言い出されたら厄介だ」


 外に出ると薄暗くなり始めていた。カッチーとマデルも来て、ウッドデッキの下を覗き込む。ピエッチェに気付いた老いぼれ馬が、立ち上がって近寄ってきた。

「おや、この子、割と頭はいいみたいだ」

マデルが微笑む。


「俺にも懐いてくれるかな?」

不安そうなカッチー、馬の首を撫でてやりながらピエッチェが、

「世話をしてくれるのが誰かが判るんだろうね。すぐカッチーを大好きになる」

と言えば、

「そうなのかな? きっとそうだね」

とカッチーがクルテの真似をする。と、すぐそこの窓がガラッと開いた。


「三人と一匹は仲良し。わたしは一人」

クルテだ。それだけ言うと窓を閉めてしまった。


「なんだ、あれ? 一匹って馬のこと、だよな?」

「でしょうね――ピエッチェ、行ってやったら? クルテ、寂しくなっちゃったみたいだよ?」

「馬より世話の焼けるヤツだな……どうせもうすぐ夕食が運ばれてくる。その前に風呂の焚き場も見て来よう」


 風呂焚き場でも何も見付けられなかった。マデルが外周や庭にも魔法の痕跡はないと保証し、室内に戻る。いくらも経たないうちに宿の主人あるじが食事を運んで来た。


 メニューは鶏のソテーに焼き野菜、芋のポタージュ、ガーリックトーストだった。

「フルーツの盛り合わせはサービスだから。それと言われてないけど、オレンジジュースを持ってきた。不要なら持ってくけど……お嬢さんは?」

「疲れたらしくって寝てる。ジュースは貰っておくよ。代金は?」


 金額を聞いて寝室に行くと、クルテはベッドに腰かけていた。

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