それでも、とピエッチェが続ける。

「いくら見た目が判ったって、名前すら判っていない。どこを探せばいいのか見当もつかない。ではどうするか? 父親を見つけ出し、そこから先に進むしかない。ローシェッタの有力貴族で三十三歳の息子がいても奇怪おかしくない年齢で金髪で碧眼……マデル、絞れるか?」


 判った、とマデルが頷く。

「上流貴族なら熟知してる。リストアップするよ。三十三歳の息子……五十歳以上でいいのかな?」

「当時すでに妻帯していたってのも条件に加えるか?」

「八十過ぎのジイさんも三十年ほど前は五十代。対象に入るね」

「あ、死んでる可能性もあるな……」


 考え込むピエッチェに、

「死んでたら共犯にも協力者にもなれない。考えなくていい」

とクルテ、だがピエッチェが

「ソイツの遺志を継いだ息子とか娘とか、家臣とかは? あるいはそんな立場の人物を少年が脅迫する可能性だってある」

とクルテを見る。


「そっか、それはあるかもしれない――でもマデル、判る範囲でいい。知り合いに助けを求めるのはやめて」

「そうだね。敵に動きを知られたくないよね。死んだ人に関してはここ十年くらいしか判らないかも」

「それでいい。何人くらい居そう?」

「ざっと思いついただけだと六人かな? あ、もう一人思いだした……ほかに居たっけかなぁ。コテージ滞在中にじっくり思い出すってことでいい?」

「あぁ、よろしく頼む、助かるよ」


「ねぇ、ピエッチェ。このコテージの中も探ってみよう。何もないかもしれないけど、あれば儲けモン」

とクルテ、

「十八年間、いろんな客が利用してるんだからないと思った方がいいぞ」

とピエッチェは言うが、

「判ってるけど、ないと思って探したって見付からない。あると思って、普通は見ないところを探すといい」

とクルテは探る気でいる。


「ここに住んでいた少年は魔法使いになっただろうから、隠すとしたら魔法を使う可能性もあるよ」

と言ったのはマデル、

「魔法の痕跡を探すと早いかも」

それには『そうだね』とクルテも頷いた。魔法が使えないピエッチェとカッチーはの外の気分だ。


「ピエッチェは魔法の修業はしなかったの?」

マデルが訊いた。


「必要ないって言われたんでしてないんだ。今、思うとしておけばよかった」

「魔力の適性は調べた? 騎士なんだから、まず適性を調べてそれに応じて修行させられそうだけど?」


 魔法の適性はあった。が、魔法は魔法使いに任せておけばいいと教育係が言った。それよりも統治者としての勉強に時間をくように……が、それは言えない。

「まったくダメだった。魔力ゼロって言われた。情けないよな」


「魔力ゼロ? 奇怪おかしいな。ピエッチェからは結構強い魔力を感じるんだけど?」

「わたしと一緒にいることが多いからじゃない?」

横からクルテ、

「魔法なんか使えなくても、それ以上のものをピエッチェは持ってるからいい」

と笑む。『はい、そうですか』とマデルが苦笑した。これはクルテの作戦勝ちだ。


「今夜話せるのはこれくらいかな?」

とクルテ、

「明日は人形工房に行く。そのあとコテージの捜索。明後日ここを発つとして、いったんグリュンパに戻って……明日はお土産も買いに行かなきゃだね」

と、カッチーに微笑む。


「お土産はやっぱり食べ物がいいんでしょうか?」

「人形工房に何かあるかもしれないよ」

これはマデル、

「やっぱりカッチーは食い物なんだな」

とピエッチェが笑った。


「帰りは来るときと逆のルートを行くんじゃなくて、せっかくだから封印の岩まで足を延ばそう」

と提案したのはクルテだ。観光に来たわけじゃないとピエッチェは言ったがマデルとカッチーが賛成し、クルテがニンマリと笑んだ。


 三つある寝室はすべて同じ広さに同じ造り、ドアの正面には小さな窓があり二台のベッドが横並びに手前と奥、反対側の壁の一部には作り付けのクローゼット、それを避けて小さなテーブルと椅子が二脚置いてあった。居間から一番手前の寝室をカッチー、次はマデル、バスルームに近い方をピエッチェとクルテが使うことにした。


「老いぼれ馬、横たわってる。馬って立って寝るよ?」

クルテが窓の外を見て呟いた。『どれどれ?』とピエッチェもクルテの後ろから窓の外を覗き込む。すぐそこに馬と水を入れたバケツが見えた。建物の並びにはウッドデッキも見えている。


「疲れさせちまったかな? まぁ、明日は一日休ませとこう――アイツにも名前を付けてやらなきゃな」

「なんて名前にする?」

「カッチーに付けて貰おうと思ってる」

ピエッチェが窓を離れ、椅子に腰かけた。


「カッチーに付けさせたらオイボとかにしそう」

「今と大して変わらないな。まぁ、それでもいいさ」

「それにしても執拗しつこいな」

「執拗い?」

「駅馬車で乗り合わせた三人組、ここまで追ってきた。今、宿の受付にいる」

「なにっ?」

驚いたピエッチェが、再びクルテの後ろから窓の外を見る。


「見えやしない。ヤツらがわたしたちのことを考えたのが飛び込んできた。宿の主人あるじして背の高い男、やたら色っぽい女、成人手前くらいの少年、男の服を着た女、そんな四人連れがコテージに泊まってないかって訊いてた」

「それで?」

「宿の主人はわたしたちのことを思い浮かべたけど、男たちを見て教えないほうがいいと判断した。でも、宿泊までは断れなかった」

「ってことは?」


「男たちはコテージに泊まりたがったが、満室だからって本館に通した――男たちはわたしたちがコテージに泊まることを知っている。この辺りでコテージのある宿はここだけ、いるはずだと見込んでる」

「グリュンパの女将の言うとおりだな。たちの悪いのに目を付けられた」


「工房に行く時は男たちの動きに留意してここを出よう。四人一緒に行動する」

「ヤツら、俺たちがこのコテージにいるって気づくかな?」

「老いぼれ馬がいるからこのコテージではないと考えそうだ。わたしたちが荷馬車を持っていることは知らないはず。でも、他のコテージには客がいないんだからすぐバレる。宿に難癖なんくせつけなきゃいいけど」


「宿がコテージエリアに入るなって言いそうだぞ?」

「湖の方から回られたら宿も何も言えない――さっき貰ったパンフレットの地図に、各コテージの位置も書いてあった」


 クルテが窓のブラインドを閉め、椅子に座ると、

「明後日、宿を出る前に決着つけちゃう?」

ニヤリとする。


「決着って何をする気だ?」

ピエッチェも椅子に戻って腕を組む。場合によっては止める気だ。


「そうだね、命を奪うのは気が進まない。森に迷い込ませて二・三日閉じ込めてしまおうか?」

「それは決着とは言えないな。自分の行いを反省する要素がない」

「じゃあ、魔法を見せつけてビビらせよう」

「どんな魔法を使う?」


「魔物に襲われる幻影を見させて命乞いさせる。助ける代わりに悪さしないと誓わせて、たがえれば何処どこに居ようと魔物に襲わせるぞと脅しをかける。魔物の姿は見えなくても、おまえたちにいているって」

「そんなことができるのか?」

「魔物がりついてるってのはハッタリでいい。森に誘い込めば幻影を見せるのは簡単……でも、マデルとカッチーに見せたくないな」


「どうやってヤツらを森に誘い込む?」

「そうだね、ピエッチェとわたしの姿を見せれば必ず追ってくる」

「俺たちじゃなく、マデルとカッチーが狙われたら拙いぞ?」

「ヤツらがいるのを見計らって宿の本館の前を通ればついてくる。もし来なければ少し煽ればいい」


「いつやる?」

「明日の夜――マデルたちには工房へ行った報告を人魚にするからと言って出る。ヤツらもこの宿に泊まっているからコテージから出るなって付け加える」

「ふむ……」

クルテを見詰めていたピエッチェが目を閉じる。


「ピエッチェ?」

クルテの問い掛けに、目を開けて組んでいた腕を解く。

「ダメだ。おまえをおとりになんかできない。俺が一人で行く」


「それはダメ。ピエッチェを一人でなんか行かせられない。わたしの魔法を疑う?」

「あぁ、疑ってる。怯えて動けなくなるのが目に見えてる。レムシャン一人が相手でも危なかったんだ」

「だけど今度はピエッチェも一緒だ」

「怖い思いをおまえにさせたくない。二度とさせない。無理するのもダメだ」

「だからってピエッチェ一人でどうする? ヤツら、ピエッチェになんかついて行かない。コテージに来る」


 クルテの言うとおりだ。ピエッチェが一人で出かけたのを見れば、これ幸いとばかりコテージに向かうだろう。だからと言ってクルテを囮に使う? 追ってくる目的の一番はクルテだと思った。馬車の中で突き付けられた切っ先、その恐怖が復讐心へと変わった。恥を掻かされたままでおくものか、そんなところだ。それと同時にピエッチェをやり込め、マデルとクルテを玩具にする気だ。


 そんなヤツらの欲望が生み出した妄想をクルテに感じ取らせたくない。クルテを見ればヤツらは想像をたくましくするだろう。幾らピエッチェでもヤツラの目までは防げない。いざとなれば姿を消せるクルテだったとしても、辛い思いしないわけじゃない。それに本音を言えば、クルテを見られることすらイヤだ。


「判った。俺も行かない。ヤツらのことは放っておく」

「何を言ってる? こっちから罠を掛けなきゃ、向こうから仕掛けてくる」

「その時は対処するさ。ヤツらは魔物でも魔法使いでもない。俺とおまえ、それにマデルも居るんだ、どうとでもなる。それにカッチーに経験を積ませたい」


「カッチー?」

「そうだよ――カッチーはデレドケでゴロツキどもとやり合った時はマデルと一緒に巻き込まれないようにしていただけだ。今度のヤツらはカッチーのことも狙う。マデルの弟だと思ってるからな。カッチーを捕まえれば人質にできる」


「それが判っててなんで?」

「カッチーには自分の身は自分で守れと言う。だけど、剣は模造刀に替えておいたほうがいいな。謝って命を奪ったら大変だ」


「ダメ! カッチーが怪我をしたらどうする?」

声を荒げて反対するクルテにピエッチェが笑う。

「いつまでもカッチーを子ども扱いしたいのか? どんなに鍛錬したって実戦を経験しなければ強くなれない。おまえもマデルもカッチーも、三人まとめて俺が守る。心配するな」


「随分な自信だな」

クルテの厭味を久しぶりに訊いたと思った。

「俺の素性を知っているおまえが、俺の剣の腕を疑うのか?」

ピエッチェが涼しい顔で言った。そんなピエッチェをクルテがじっと見つめる。そしてフッと笑った。


「わたしは――自分はカテロヘブのものだといつも言っているうちに、いつの間にかカテロヘブは自分のものだと思い違いをしてしまっていた。マデルとカッチーを守ると聞いて、初めての感情を味わった。これは嫉妬ってヤツだな、多分」

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