ピエッチェが持ち帰ったプラムはジャムにされるらしい。サルナシは数が足りたものの、プラムは全員に行き渡たるには少なすぎた。手持ちの干した果実と併せてジャムにして明日の朝食に出すと、夕飯の席でババロフのカミさんが言った。すると小さな子どもたちが一斉に歓声を上げた。


「ジャムなんか滅多に作れないんだよ。砂糖は高価だからね……の砂糖を使わなきゃなんないけど、明日、薪を売りに街に行くってことだから、また買って来て貰うさね」

ババロフのカミさんが泣き笑いのような表情で呟いた。


 砂糖は村の産物にない。金を出して買わなければならないのだ。どうしても必要な時のために買っておいたのだろう。明日は砂糖の代わりに別の物が省かれる。複雑な心境のピエッチェだ。


「村に行くなら俺も連れてってよ」

 そう言ったのは、子どもたちの中では一番年上に見える少年だった。ババロフが、

「連れて行くのは良いけどよ。村から通いの仕事なんか、見つからないぞ?」

と宥めるように言った。


「でもババロフ、住み込みの仕事って食事が出る分、給金が安い。俺の食いに多すぎるがくだ」

「部屋代も入ってるんだ――カッチー、街まで片道一時間半は歩かなきゃなんねぇ。それが毎日だぞ? 仕事は日の出から日没まで。それが毎日だ。通いじゃ勤まらねぇって誰でも思うさ」

「それくらいへっちゃらだし、根性で乗り越える!」

「俺はカッチーを良く知ってるからその言葉を信用するけど、知らない相手はできるモンかと思う。根性なんて目に見えないものは証明するのが難しいんだ」

「それじゃ、どうしたらいいんだよ……少しでも村の役に立ちたいのに」


 モップを返しにピエッチェが食堂に行った時は、誰もいなかった。だからクルテに言われた文字を教える話はまだしていない。おあつらえ向きの話題だが、どう切り出せばいいかピエッチェが迷う。


 するとクルテがババロフとカッチーの会話に割り込んだ。

「カッチーは、どんな仕事がしたいの?」

急に聞かれて驚くカッチー、正直者と見える。それに、聞かれればすぐに答えなければいけないと思い込んでるようだ。


「えっ? いや、俺ができる仕事は荷役とか、そんな力仕事しかないよ」

「そんなことはないと思うよ? ねぇ、得意なことは?」

「え? そんなこと、考えたことないや」

するとババロフがガハハと笑う。


「こいつは金の計算だけは早いぞ。さっき、聞いてただろう? どっちの給金のほうが得かなんてあっと言う間に答えを出す」

「数字は読めるんだね? 文字は?」

「数字は金に直結するからな――文字が読めるヤツなんか、この村じゃ、今や俺とカミさんくらいだ」

「だったらさ……」

クルテがカッチーを見る。


「読み書きを覚えるといいよ。すると就ける仕事に幅が出る。しかも力仕事よりもずっといい給金が貰える」

「おいおい、ヘンな入れ知恵するなよ。それに、文字を教えるなんて面倒なこと、俺はしたかないぞ。一日に何度もコイツの頭を殴りたくなるに決まってる」

慌てるババロフ、当の本人は目を輝かせてクルテを見ている。


「本当に稼げる?」

「金が欲しいんだ?」

「みんなにもっと旨いもんを食わせてやりたい」

「そうか……それに使い捨てにされるような仕事じゃなく、年季奉公って手もある」

「年季奉公?」

「何年も住み込みで働くってことだよ。店に必要な人材に育てる意味もある。その場合、その年数に応じて給金が前払いされることが多い。まとまった金が入る」


「おい、クルテ、子どもに変なことを教えるなって」

「黙っててババロフ! ね、クルテ、それってどれくらい貰えるの?」

だがババロフは黙らない。

「年季奉公なんて人身売買と同じだ。使えるって思えば法外な金を積んではくれる。読み書きができればそうなる可能性が高い。でもそれは、ソイツの人生の値段だ。一生こき使われて、他の仕事にゃ就けなくなる。嫁を貰うにしても店の許可がいる。だけど大抵許されない。それに……村には二度と帰ってこれなくなるんだぞ?」

「どうせ俺は十七になったらこの村を出て行くって思ってるんだろう? だったら同じじゃないか!」


 言い返すカッチーにババロフが口をパクパクさせる。

「だが、だけど、それでも、俺はおまえには幸せになって欲しい。おまえだけじゃない、子どもらみんなが幸せになって欲しい。幸せになるべきなんだ」


 聞いていたピエッチェが溜息を吐く。

「まぁ、二人とも落ち着けよ。クルテが言った働き方は読み書きができての話だ。計算が早いなら商人なんかいいんじゃないかと思ったんだろう」

これにクルテが飛びついた。

「ねぇ、ピエッチェ。ピエッチェがカッチーの読み書きを教えてあげたら? ババロフはそう言うの苦手なんだって。ピエッチェならカッチーの頭をぶん殴ったりしないでも教えられるだろう?」


「そうだよ、そうしなよ」

しゃしゃり出てきたのはババロフのカミさんだ。これでババロフの口は封じられた。


「どうせだったらカッチーだけじゃなくほかの子たちもまとめて面倒見てよ……がくってもんはあったほうがいい――わたしらがいなくなったら、この村に文字の読めるモンがいなくなる。小狡こずるい役人や商人にされちまう」


最後のほうは独り言だった。

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