夢物語
@rabbit090
第1話
振り向いたら小さな羽だった。
私は今日も、ひたすらに走り続ける。
夢に降る、大きな星。
忘れるつもりなどない、いつもよりもしっかり、それは俄かに過ぐ。
なんか、違うんじゃない?
何が?
だって、あんたさ、もうすぐいなくなるんでしょ?
ああ、そうだけど。
なら、もっと明るくしなよ、いつも通りしけていたんじゃ、楽しくないじゃない。
…なんだよ、悪かったな。
別に、悪くなんかないけど、でもさ、私はずっと、忘れるつもりなんかないから。
そうだ、言った通りだった。
私はずっと、忘れていない。
けど、正確には忘れることができないのだ。
「お茶でも飲もう。」
「いいんじゃない?」
「…はあ。」
「何でため息なんてついてんの?」
「馬鹿ね、分かるでしょ?あんた、何でいるのよ。もう、消えてよ、馬鹿、馬鹿。」
私は立ち上がりながら出来る限りの罵声を彼に、浴びせた。
彼が死ぬ瞬間、その時を、私は目を閉じず見た。
とても、悔しかった。
弟は、まだいる。
実体はないのに、声が聞こえるの。
ねえ、どうして?
「どうして?」
別に、害があるわけじゃないし、私はそれを、心の中の弟に尋ねる。
「理由なんかいらないよ。いいじゃん、僕、死んでないんでしょ?」
「死んでるわよ!だって、あんたどこにいるの?見えないじゃない。」
「…怒んなって。」
弟は昔から、こういう奴だった。
私も母も父も、せっかちで、いつも怒っていて、でも弟はそれとは違っていて、皆が皆を傷つけるようなぎすぎすとした空気の中、いつもそれを中和しようと努力していた。
いて欲しい、本当は。
一度はそう思ったけれど、でも本当にそうなのだろうか。
私はまだ、弟にいて欲しい、と思っているのだろうか。
「ねえ、何であんたは病気になんてなったの?まったく、お母さんもお父さんも、あんたがいなくなって離婚しちゃったし、私は、ずっとこうやって宙ぶらりん。別に、あんたのせいにするわけじゃないけど、でもさ。」
「そうだよ、僕のせいじゃないよ。てか、中学生で死んだ俺の気持ちになれよ、その方がずっと可哀想だろ?」
「そりゃそうよ。」
「…分かってんじゃん。」
弟は、そうだ、私は弟と話しているはずなのに、どこか大人びていて、様子が違う。
でも、この子は
私がずっと、面倒を見てきた弟。
可愛い奴だった、と思う。顔も良かったし、人望もあったし、何よりいい奴だった。
でもそういう事じゃないんだ、そういう利用しがいがあるみたいな観点で、私は弟を大事に思っているわけじゃない。
「ねえ、俊。お姉ちゃんさ。」
「何だよ、しょんぼりしてんな。」
「うん、そうだけど。じゃなくて、お姉ちゃんも、もうすぐ死ぬんだって。」
「………。」
「ねえ。」
「………。」
俊はこの問いには答えない。
絶対に、反応を示さない。
でも、事実なの。
遺伝性の病気だった。それが、私にも起こって、すでにり患していることが分かっている。
でも、俊より急性ではなくて、しばらくのっそりと、生き続けることになっている。
そう、だけど、死ぬって分かってから父と母は辟易して、(というか疲労がピークに達して)離婚が決まって、私は経済的な事情から父と一緒に暮らすことになって、それで、もうすぐ死ぬ。
ぐうたらしたけど、もうすぐ。
そして、その頃。
俊が私の元に現れた。
「俊君。」
私は幼い頃、彼を呼んでいたその呼び方で、呟く。
「俊君、お姉ちゃんさ。死ぬんだって、お姉ちゃん、俊君が死ぬとき、死んだとき、見てたから、怖くて。でももうすぐだから、来てくれたの?」
「………。」
けど、俊は何も答えない。
答えなんかない、だから、怖い。
嫌だな、私。
死にたくなんかない、死ぬつもりなんか、ない。
夢物語 @rabbit090
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