第22話

 美沙を送った後、智之は自宅に戻った。

 何の話をされるのだろうか。良い話ではないだろう。

 美沙が言っていたように、親の介護の話か、金の話か。

 パパ活の写真についてではないはずだ。実家に帰ってすぐ送り主が発覚した、なんてことはないだろうから。

 それか、迅の身に何かあったか。

 事故ではない何かが起きたか。いじめか万引きか。小学校一年生が万引きはしないか。

 それに、迅のことであれば前置きとして「迅のことで話したいことがる」と付け加えていただろうから、迅のことではない。

 可能性が高いのは親のことだ。

 扉を開けたくない。

 ただいま、と言ったところで不機嫌なおかえりなさいが待っているだろう。

 不機嫌かどうかはまだ分からないが、暗い雰囲気を醸し出している姿が想像できる。

 扉の前でため息を吐き、躊躇いながらも玄関へ入る。


「ただいま」


 声が小さくなったが、おかえりの言葉はなかった。

 もう夜遅い。迅は寝ているだろう。

 リビングの明かりがついているので、琴音はまだ寝ていない。

 風呂も夕飯も済ませていないから、話があるなら早めに切り上げてほしい。

 明るい部屋へ入ると、テレビをつけたまま琴音がソファに座っていた。

 寝ているのかと思ったが、コップを口元へ持って行く動作をしているので起きている。

 ただいまと言った声が小さかったから聞こえなかったのか。

 再度、ただいまと言うも無視される。

 何なのだ。

 帰ってこいとメールを入れたのは琴音だ。

 それなのに話をするどころか、無視をする。

 自分から切り出した方がいいのか。迷ったが、ソファに腰掛けている琴音の横に立ち、「急用か?」と声をかけた。

 すると、ゆっくり琴音が智之を視界に入れた。

 眉を吊り上げ、目を吊り上げ、どう見ても怒っている表情だった。

 今度は何だ。何に怒っているのだ。

 態度には出さず、琴音からの言葉を待つ。


「どういうことなの」


 大きくはないが、強い声だった。


「何の話だ」

「とぼけないでよ」


 智之に会話の主導権はあげたくないので、声を被せる。


「そうかなと思っていたけど、やっぱりそうだったのね」


 わなわなと拳を震わせて、智之を睨みつける。

 何の話か見えてこない。


「私が知らないとでも思ったの!?あんた浮気してるでしょ!」


 頭が真っ白になった。

 浮気、浮気、浮気。

 まさかそんな単語が飛び出てくるとは思っていなかったので、言葉に詰まる。


「どれだけ私を馬鹿にすれば気が済むの!?」


 胸倉を掴まれ、智之は動揺した。

 浮気だと。何の浮気だ。誰の話だ。美沙か。それともパパ活の話を蒸し返しているのか。

 美沙であってほしくない。

 認めることも否定もできず、口から出たのは「迅が起きるだろ」だった。


「迅なら実家に置いて来たわ!こんな話、聞かせられないでしょう!」


 何を言おう。

 その前に、その浮気の話は美沙なのか。

 どうして知ったのか。何故このタイミングなのか。

 まさかあの帽子の女が漏らしたのか。

 証拠でもあるのか。

 色んなことが頭の中を巡る。

 琴音は掴んだ胸倉を放し、携帯を操作して智之の前に出す。


「これ、あんたでしょう!隣の女は誰なの!?」


 そう言って見せられた写真は、まさに今日美沙とミラクルランドで遊んだ時のものだった。写っている男女はキャラクターの被り物で顔が隠れているが、知る人が見れば智之だと分かる。

 きっと何枚も撮った中で、一番顔が見えるものを選んだのだろう。

 逃げられない決定的な証拠だった。

 女と楽しそうに手を繋ぎ、ミラクルランドを歩いている智之。

 どこからどう見てもデートだ。

 ただ友達と遊んだ、と言い訳できるようなものではない。

 一瞬で口内が渇き、水で潤したくなる。


「説明してもらえるかしら?」


 すべて吐くまで寝かせない、と琴音の目が訴えている。

 智之はどうにか逃げられないかと頭を回転させる。

 友達とは言えない。

 妹でもない。

 妹みたいな存在。

 職場の人。

 知人の娘。

 どれも、何故手を握っているのか。何故遊園地にいるのか。その説明ができない。

 パパ活と言おうか。でも、そんな履歴は携帯にない。嘘だとすぐにバレてしまう。

 ならば、何だ。何と言えばいいのだ。

 一瞬の間に何通りも考えたが、どれも騙せる確率は低い。

 智之は一度、パパ活の件で琴音の信頼を失っている。

 上手く騙されてはくれないだろう。

 智之は観念したように両目を瞑り、その場に座り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る